安倍政権は国民の命を守るための皆保険制度をアメリカの利益のために進んで破壊しようとしている、と堤未果氏が警鐘!

崩壊寸前の危機に瀕(ひん)したアメリカの医療制度の実態を、綿密な取材とともに描いた堤未果(つつみ・みか)氏の前作『沈みゆく大国アメリカ』(集英社新書)。

その「後編」ともいうべき本書『沈みゆく大国アメリカ〈逃げ切れ!日本の医療〉』の舞台は日本だ。近い将来、日本の医療制度が「アメリカ化」され、強欲資本主義の餌食になろうとしている…と警鐘を鳴らす一冊である。

アメリカで起きている問題がなぜ、われわれ日本人にとっても対岸の火事ではないのか? 日本の医療制度の何が危機に瀕(ひん)しているのか? 著者の堤氏に聞いた。

■保険でカバーできる薬が減っていき、薬代が高騰していく

―前作『沈みゆく大国アメリカ』が発売されたのが去年の11月ですが、当初から前・後編、2部構成にする予定だったのですか?

 いいえ、本当は1冊だったのですが、前作を書いている間に安倍政権による医療制度改革が加速し始めて、日本の変化が思った以上に速いペースで進んでいるという危機感から2冊に分けて緊急出版することになりました。

―具体的に日本の医療制度に関して今、どんな「変化」が進んでいるのでしょう?

 多くの動きが非常に速いスピードで同時進行しています。老人ホームや病院など、医療機関の建物や土地を対象にした投資信託「ヘルスケアリート」が日本で初めて株式上場したのが去年の11月。赤字病院の財政立て直しというメリットがある半面、医療・介護が【投資商品】になることのリスクが出てくるでしょう。

また、今まで医療法人の経営は医療従事者でなければできなかったのが、国家戦略特区内でなら医師以外でも病院経営のトップになれるように改革が進められています。非営利の原則を持つ医療法人の理事長に医師以外が就く副作用は米国の事例を見る限り、決して小さくありません。そうした負の面も含め、拙速な導入には懸念を感じます。

直近の動きでは、4月28日に「混合診療拡大」に道を開く、医療保険制度改革関連法案(*)が衆議院で可決しました。これは5月中旬に参議院で審議入りします。

(*)持続可能な医療保険制度等を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律案

混合診療により崩れていく「皆保険」の原則

―日本では保険診療と保険適用外の診療を併用する、いわゆる「混合診療」は一部の先進医療などを除いて原則禁止のはずですよね?

 その通りです。ところが今回の改革法案の中の「患者申出療養制度」というのが「混合診療」の範囲を拡大するものなのです。内容は過去に反対され続けてきたことと同じですが、国民から反対されないよう、別な「名前」で出してくるんですね。

現行制度では、保険診療との併用は指定された医療機関が申請した一部の「先進医療」しか認められていませんが、今度は患者側からの申請でできるようになります。しかしここには大きなリスクがあります。患者はまだ国内で治験も通してなければ使われてもいない未承認新薬の効果や危険性を医療機関から説明され、それを聞いて納得したとして署名しなければなりません。説明する側にも大した材料はないでしょう。でも申請者は患者自身ですから、何かあればその最終的な責任を負わされる危険性がある。驚くべきことに、この制度で害が起こった際の責任の所在は未定なのです。

―保険外なので費用は高いとはいえ、最先端の医療を早く受けられるのは、それが必要な患者にとってはいいことのような気もしますが?

 単純にそうとは言い切れません。政府が「患者のため」とうたっているこの制度に多くの患者団体が反対しているのは、彼らの願いが「安全性の担保された薬を保険適用で使えるようにしてほしい」からです。

例えば、この制度が適用される抗がん剤は月平均で自己負担100万円です。毎月100万円払い続けられる患者がどれだけいるでしょう? 結局、それを払える富裕層の保険適用部分を、払えない大半の国民が公的保険で支えることになる。払えない人たちの自己負担が増えることになるので、ますます皆保険制度は維持できなくなってゆくでしょう。

また、今の皆保険制度は治療のほぼ9割が保険適用ですから、保険証さえ持っていれば、ほとんどすべての医療サービスが受けられます。

ところが、この制度で自由診療で使える薬が拡大されると、薬を供給する側は手続きも時間も費用もかかり、厚生労働省の厳しい審査も通す必要がある保険適用薬より書類だけで済み、簡易なスピード審査で薬価を勝手に決められる「自由診療」のほうがはるかに効率がいいし利益が大きいので、そのうち自由診療の薬が増え、公的保険に入る薬は減ってゆくでしょう。

そうすると国民皆保険だけではカバーできないので、アフラックみたいな民間の医療保険に入らなきゃいけなくなる。保険証さえ持っていれば、とりあえず安心という「皆保険」の原則は崩れてゆくわけです。

実は世界から高い評価を受ける日本の制度

―なるほど…。

 もうひとつは安全性の問題です。患者側の署名とともに申請された新薬の「安全性・有効性審査」は、国の審査会による書類審査のみで判断されるようになります。所要期間は通常最低6ヵ月かかるところがたった6週間、2回目からはなんと2週間に短縮されてしまう。これには疑問を感じます。安全審査の簡易化と短縮は一体、誰のためなのか?

―つまりこれは、日本市場への参入拡大を目指す海外の製薬会社や医療保険業界にとっては大歓迎の改革だと?

 その通りです。結果的に日本の皆保険制度を脅かしかねない法改正なのに、この問題に関心を持っている記者は少ないと患者団体の方々が嘆いていました。そしてこんなに重要な法案が、マスコミが統一地方選挙ばかり取り上げている間にスッと衆議院で通ってしまった。国民の大半が知らされないままに、命に関わる制度がどんどん変えられている現状にジャーナリストとして大きな危機感を覚えます。

―私事で恐縮ですが、最近、急性の狭心症で倒れて緊急手術を受けまして…(汗)。日本の医療制度の素晴らしさ、皆保険制度のありがたみを実感する機会がありました。ただ、それ以前の自分がそうであったように、日本人自身が自分の国の皆保険制度や医療制度の本当の価値を理解していない気がします。

 日本国内で皆保険制度が語られる時、多くの場合、他国の医療保険制度との比較より、自己負担率が高くなっているとか、お医者さんが薬を出しすぎる、お年寄りが井戸端会議の場所にしてムダな薬をもらって年間500億円分の薬が捨てられていることなど内側の話が中心になっていますね。

―確かに。

 もちろん、どこの国でもそうした制度の問題点は当然あります。ですが、内側の細かい話だけでは大局が見えなくなってしまう。実は、日本は先進国の中でも低い医療費で質の高い医療を広く提供し、平均寿命が高いことでWHO(世界保健機関)をはじめ世界の国々から高い評価を受けているんです。

これほどレベルの高い医療をこんなに安く、それも保険証一枚あれば全国どこでも好きな病院に行けて、ほとんどその日のうちに治療が受けられる。これは本当にすごいことなんです。

どんなに集中治療室に長くいて、どんなに検査しても「高額療養費制度」のおかげで、所得によって自己負担額の上限が決められていて、例えば中流層なら8万円とか9万円とか払えば、後は全部国が払ってくれる。3年前に逝った私の父は死ぬ直前までこの制度に繰り返し感謝していました。

日本の医療を狙う巨大国際資本

―それは今回の入院と手術で実体験しました!

 もちろん細かい問題はありますし、財源をはじめ改善しなければならない部分は山ほどあります。でも同時に日本の皆保険は、国が責任を持って国民の命と健康を守るという憲法25条をベースにした共同体の社会保障制度として成功している、世界でも希有なモデルなのです。

世界中でこのモデルを導入した国が40ヵ国あることも、優れた制度として何度も表彰されていることもほとんどの日本人は知りません。安全な水や空気のように生まれた時から「皆保険制度」があるので、ありがたみがわからなくなっているんですね。

―そんな「日本の宝」である皆保険制度に守られた日本の医療を製薬業界や保険業界など巨大国際資本の医産複合体が狙っている。それがこの本の大きなテーマですね。

 日本の医療費は現在、年間約38兆円ほどですが、皆保険制度を骨抜きにして、先ほどお話ししたような民間の保険も買わざるを得ない状況、つまりアメリカと同じようにした場合、その市場規模は38兆円の2倍プラスアルファで100兆円規模になるといわれています。

それと、あまり知られていませんが、日本は薬の消費量も世界トップクラスです。その背景には診療報酬制度の問題があり、薬や検査を増やさないと収入にならないので薬漬け、検査漬けという問題が起こっている。ただ、これも「市場」としては大変魅力的で、保険適用外の混合診療が増えれば当然、ビジネスとして参入するチャンスも利益も膨らんでゆきますから。

そうやって皆保険制度が骨抜きにされてしまった時、一番損をするのは誰なのか? それはこの素晴らしい制度によって守られている自分たち日本人だということを私たちが気がつかなければなりません。

―あまり意識していないけれど、実は自分たちが「皆保険制度」というバリアに守られているのだということですね。ところがそのバリアを突き破ろうと外圧がかけられ、コトもあろうに日本政府がバリアを「岩盤規制」と称して、自らドリルで穴をあけようとしている…。

 そうなんです、「社会保障」である日本の皆保険制度・医療をアメリカのような「商品」に変えればそりゃあ儲かります。けれど、医療を商品にしたアメリカで何が起きているのかという影の部分を見ないまま拙速に【商品化】してしまうことで失うものの大きさも考えなければなりません。

日本の医療制度を守るためにできることは?

―その「皆保険制度」という宝を失わないために日本人は何をすべきでしょうか?

 私自身もそうだったのですが、まずは日本の医療制度について関心を持つことが大切です。それから、私の本でもマイケル・ムーア監督の映画『シッコ』でもいいので、諸外国の医療現場についての本や映画に触れるなどして他国の医療制度の現状を知ることも比較する上で役に立ちますね。

もうひとつは目の前のニュースを点ではなく、例えば、過去15年とか30年とかの流れの中で振り返ってみること。そうすると医療制度をめぐる日米関係の変化とか今、目の前にある法案の意味がより深く理解できるようになります。

そうやって関心の角度を変えるだけでニュースの見方が変わって、政治の見方が変わる。それが進むと自然と政局やスキャンダルよりも法改正とか制度のほうが面白くなってくるんです。

―ただ、他の問題と同様、医療制度の問題に関心が出てきても、今の政策に対して異論を訴える具体的な方法が選挙を含めて、ほとんどないという現実も…。

 必ずしもそんなことはありません。これは今回の本にも詳しく描きましたが、保険、特に国民健康保険に関しては、まず身近な市町村から働きかける手があります。

国民健康保険は本来、国がやるべきことなのに、国が財源の問題を市町村に転嫁している。でも、逆の見方をすると国民健康保険に関しては市町村の裁量部分が増えているわけです。地方議員は普段から身近な問題に取り組んでいますから国会議員よりも有権者との距離が近い。彼らに働きかけたり連携していくことで、できることは意外にたくさんありますよ。

今回の本には最終章で日本の医療制度を守るために私たちができることをいくつも描きました。そのうちのひとつとして、まずはそういう身近なところから政治に対して主体的に働きかけることが第一歩になると思います。

(取材・文/川喜田 研 撮影/五十嵐和博)

堤未果(つつみ・みか)東京都出身。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。2008年『ルポ 貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞を受賞。2011年『政府は必ず嘘をつく』で早稲田大学理事長賞を受賞。今回の本は昨年11月に発売され15万部を突破した『沈みゆく大国アメリカ』の続編