憲法改正の実現に向けて、いよいよ本格的に動きだした安倍晋三政権。

その第一歩として、自民党が積極的な姿勢を見せているのが、新たな人権のひとつとして憲法に「環境権」を加えることや巨大地震などの「緊急事態」に政府が対応するための「緊急事態条項」の新設だ。

憲法9条改正はおいといて、野党の合意が得やすい改憲を優先的に進めようとしていることから、“お試し改憲”とも呼ばれている――。(前編記事⇒ 「9条改正より怖い! 内閣独裁の布石となる“お試し改憲”推進中」

だが、『選挙』などのドキュメンタリー作品で知られる映画監督で、ツイッターなどで改憲問題にも鋭い突っ込みを入れている想田(そうだ)和弘氏は「護憲派も含め、他の政党や多くのメディアが比較的、合意の得やすいテーマだと信じている『緊急事態条項』こそ、9条改正以上に深刻で危険な問題だ」と警鐘を鳴らす。

「マスコミ各社の批判的な反応を見ると、どれも『お試し改憲は姑息だ』とか『自民党の狙う本丸は9条改正だ』という論調です。でも、『緊急事態条項』が『各党の理解を得やすいテーマ』だと思い込まされている時点で、彼らはまんまと自民党の論理に乗せられています。

実際、『緊急事態条項』というのは一時的にせよ政府の権限を強めて、憲法の効力を停止させるほどの権限を内閣に与えるもの。非常に危険なものだと僕は見ています」

しかし、まだ具体的な議論すら始まっていない「緊急事態条項」がなぜそこまで危険だといえるのか? 想田氏によれば、今から3年前に自民党が発表した「憲法改正草案」を読めば、その理由は明らかだという。

改正草案の第9章に新設された「緊急事態条項」によれば、首相が「緊急事態」を宣言した場合、内閣は国会の審議を経ずに法律と同等の効力を持つ政令を定めることができるとされているのだ。

また、「何人(なんぴと)も、法律の定めるところにより、当該宣言に係かかわる事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」という条文もあり、緊急時、政府は強制力を持った強い権限を行使できることになる。

首相の判断でどうにでも解釈できる

「ということは内閣が事実上、法律を作れるわけですから国会の立法府としての意味がなくなってしまう。しかも、何をもって『緊急事態』とするのか、その期限をどう決めるのかという基準も明確じゃない。首相の判断でどうにでも解釈できるのです。

例えば、仮に安倍政権下で大きな地震や台風が来て『緊急事態』が宣言されたら、その瞬間に安倍首相は事実上、立法権と行政権の両方を手にし、その指示には『何人も』従わなければならないということになる」(前出・想田氏)

ちなみに、改正草案では「緊急事態宣言」が想定される具体例として「外部からの武力攻撃」「内乱等による社会秩序の混乱」「地震等による大規模な自然災害その他」が挙げられている。自民党の考えている「緊急事態」は大規模な自然災害に限ったことではないのだ。それに「外部からの武力攻撃」というのは今、国会で審議されている集団的自衛権の行使を可能にする安保法制とも重なる話だ。

もちろん、これは改正草案の内容を前提にした話で、本当に“お試し改憲”のベースとなるかはわからない。自民党の船田氏も「(改憲に必要な)衆参両院の3分の2以上の合意を得るため大いなる妥協を続ける。草案は元の姿でなくなる」と語っている。

だが、船田氏がわざわざ「大いなる妥協」と語るように、自民党の「憲法改正」に対する「本音」や「理想」が表れているのがこの改正草案なのだ。

「緊急事態条項」の中身は、あくまで自民党改正草案の条文が原点になると考えるべきだし、想田氏が言うように「各党の合意が得やすい、9条改正の前段階のお試し改憲」と単純に捉えるのは、逆に危険なことだと思えてくる。

(取材・文/川喜田 研)

■週刊プレイボーイ23号「9条改正より怖い! 自民党が進める“お試し改憲”の中身」より