国際コラムニスト・加藤嘉一の本誌連載コラム「逆に教えて!」。今回は…。

* * *紛糾する安保法案の議論。多くの学者が違憲の可能性を指摘し、国民も説明不足を感じているようですが、それでも法案の成立を急ぐ理由はあるのでしょうか。

今国会では、政府が提出した安全保障関連法案が議論の目玉になっています。

集団的自衛権に関する議論というのは本来、目まぐるしく変化する国際情勢の中で、日本が他国並みの国際貢献を果たすために何が必要か、という視点が出発点だったはずです。ところが現状では法案の内容以前に、閣僚の強引な答弁や安倍首相自身のやじ問題など審議のプロセスに批判が集中しているように見えます。

ワシントン在住のある学者が、日本が安保法整備を進めることに大いに賛成しつつもこういう言い方をしていたのが印象的です。

「安倍首相はこの問題を前に進める“ライトパーソン”(ふさわしい人物)ではない」

日本の国会をウオッチしている中国の研究者は、やじ問題について次のように話していました。

「集団的自衛権の法案が抽象的なものになるのはやむを得ないし、すべてのシナリオを事前に作り、それを審議することは難しい。最終的な行使の判断は結局、国民に選ばれた首相の役割になる。ただ、国会答弁というのも、まさに首相の判断力が問われる場所だ。その“現場”でやじを飛ばすような人物が国家的な有事の際にどんな判断力を発揮できるのか?」

ぼく個人は集団的自衛権の行使や、そのための安保法の整備を必要だと考える立場ですが、今国会での審議のプロセスには大いに疑問を持っています。

この問題を考える際には「法治」「現実」「歴史」の3つの視点が不可欠だとぼくは考えます。

まずは「法治」について。日本が法治国家である以上、国会に呼ばれた憲法学者を含め、あれだけ多くの専門家が今回の法案を「違憲」と解釈するのであれば、もっと議論を重ねなければならない。専門家の意見を政治家が一方的に退けるべきではない。

アメリカの本音は?

続いて「現実」。今回の法案の必要性について、安倍首相は主に中東・ホルムズ海峡の機雷除去を例に挙げて説明しています。しかし、それを「現実的」なシミュレーションとして理解できる国民はどれだけいるでしょうか。

次回で詳しく触れる予定ですが、南シナ海では中国とアメリカの間で緊張が高まっています。ここで有事が発生すれば、リスクは東シナ海に波及する可能性も高い。今の時点で安全保障の議論をする以上、国民の前で地図を開き、ここを例に挙げて徹底的に説明することこそが「現実的」でしょう。

南シナ海有事の際、新法案はどう活用されるのか。それが日本の安全保障にどう寄与するのか。こういう可視化された議論のほうが説得力を持つように思います。

最後は「歴史」。第2次世界大戦で、日本国民は国家に裏切られた経験を持っています。だからこそ、“軍事”に関わる問題を進めるには、国家は国民に対して十分すぎるほど十分に説明をしなければならない。5月末に共同通信社が実施した世論調査によれば、約8割の回答者が安保法案について「説明不足」と感じています。

なぜ、これほど急ぐのか? 国民はわからない。国際社会の人々はもっとわからない。仮に安倍首相が「4月末の訪米時にオバマ大統領と約束したから」急いでいるとしたら、本末転倒というしかありません。アメリカに恩義を売るためではなく、日本の安全保障のための法整備であり、そのための議論なのですから。

ワシントンにいる知識人たちの意見を聞いても、アメリカは決して「急げ」とは思っていません。むしろ最悪のシナリオとして考えているのは、安倍首相が暴走することで日本の信頼が落ち、東アジアにおけるパワーバランスが崩れ、結果的に同盟国であるアメリカの国益を害することです。それでも法案成立を急ぐ理由があるというのなら、逆に教えて!!

●加藤嘉一(KATO YOSHIKAZU)日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。ハーバード大学フェローを経て、現在はジョンスホプキンス大学高等国際関係大学院客員研究員。最新刊は『たった独りの外交録 中国・アメリカの狭間で、日本人として生きる』(晶文社)。中国のいまと未来を考える「加藤嘉一中国研究会」が活動中!http://katoyoshikazu.com/china-study-group/