安倍政権が前のめりで成立を目指す、集団的自衛権の行使容認を含む「安全保障関連法案」に意外なところからNOが突きつけられた。

6月4日、よりによって国会で「安保関連法案は違憲である」と日本を代表する3人の憲法学者全員が断言。しかも、そのうちのひとりは自民党が招致した憲法学者だったため、安保関連法案を「合憲」だとしてきた自民とすれば、今回の違憲判断は手痛い“オウンゴール”のようなもの。

なぜ、自民は墓穴を掘ったのか? その日招致された憲法学者で慶應義塾大学の小林節(せつ)名誉教授を直撃した!

■招致する憲法学者の主張すら確認してない

まず小林氏によれば、この日の憲法審査会は安保関連法案に関する審議を行なう予定ではなかったのだという。

「衆参両院の憲法審査会は、憲法についての調査や憲法改正の論点整理のために2007年に設立されました。しかし当時から関わってきた私に言わせれば、設立以来、ずっと議論の入り口で堂々巡りをしてばかり。今回も立憲主義の定義や憲法保障の仕組みといった基本的な事柄が予定されたテーマでした。

ただ、それに加えて自民党の強い希望がある、日本国憲法はアメリカが作ったという『押しつけ憲法論』や憲法9条以外の改憲を優先する『お試し改憲』についても憲法学者として自由に見解を述べてほしいと言われていたんです」

参考人として呼ばれたのは、民主党が推薦した小林氏の他に自民党が推薦した早稲田大学の長谷部恭男(やすお)教授、そして維新の党が推薦した早稲田大学の笹田栄司教授の合わせて3人。しかし、小林氏はこの人選を知って驚いたという。

「何しろ、長谷部先生は僕と一緒に『国民安保法制懇』のメンバーとして安倍政権の安保関連法案に強く反対している方です。なぜ自民党が呼んだのかよくわからなかった。一瞬、『あれっ、長谷部先生、自民党に買収されちゃったのかな?』と思ったほどです(笑)」

自民党議員たちの劣化は相当に深刻

小林氏は、長谷部氏招致の背景を次のように推察する。

「考えられるのは、憲法改正推進本部長を務める船田元(はじめ)氏をはじめとする自民党の面々が、この日の憲法審査会で安保関連法案の合憲性が議論されるなどとは夢にも思っていなかったということです。

また、民主推薦の小林節を黙らせられる『大物憲法学者』を参考人として連れてくることしか彼らの頭になかったのでしょう。最初に憲法学者の西の横綱、京都大学の佐藤幸治名誉教授に依頼して断られ、その次に、単に『大物』ということだけで長谷部先生を参考人に招致した。先生の安保法制に関する主張や見解すら確認しなかったのでしょう」

与党の議員たちが人選の「過ち」の重大さに気づいたのは、3人の憲法学者による基本テーマのプレゼンが終わり、議員による質疑応答が始まってからだ。

民主党の中川正春議員が「今国会で審議中の安保法案が憲法違反か否か、もし各参考人が裁判官だったらどう判断するか?」と質問。すると小林氏も含めた3人の憲法学者全員が「明確な憲法違反に当たる」と明言したのだった!

「当たり前のことです。それが立憲主義に照らした日本の憲法学会の一般的な認識であり、長谷部先生に聞いたところで当然そう答えられるに決まっている。当初、自民党が招致しようとしていた京大の佐藤先生も基本的に同じ立場ですから、仮に佐藤先生が参考人として呼ばれていたとしても同様に『違憲』と述べられたと思います。

参考人全員に『違憲』と言われて自民党の議員は皆、苦虫を噛(か)みつぶしたような顔をしていましたが、これは毎朝、新聞を読んでいれば簡単に予見できた事態です。それができないというのは自民党議員たちの劣化が相当に深刻だということの表れではないでしょうか」

安倍政権は「憲法軽視」の一語に尽きる

一部には、民主党がテーマにない質問で審査会を利用したという批判もあるが…。

「的外れです。憲法審査会は『日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制について広範かつ総合的に調査を行なう』という役割を担っている。つまり、憲法に密接に関連する今話題の安保関連法案について議員が参考人に質問しても問題はありません。ともかく、自ら招致する憲法学者の主張すら確認していないのですから問題外。“万年与党体質”が染みついた自民党の傲慢(ごうまん)さが招いた失敗です」

小林氏の話を聞く限り、今回の事態は自民の驚くべき“脇の甘さが招いた事故”といえそうだが、国会という公の場で自ら推薦した憲法学者に自ら提案した法案を「違憲」と明言された意味は大きい。

菅(すが)官房長官は直後の記者会見で「違憲ではないとする著名な憲法学者もたくさんいる」と反論したが、たくさんいるはずの憲法学者の名前や人数を即答できず、数日後に百地章(ももち・あきら)・日本大学教授、長尾一紘(かずひろ)・中央大学名誉教授、西修(おさむ)・駒澤大学名誉教授の3人の名前を挙げて「(合憲か違憲かは)憲法学者の数の問題ではない」と開き直る始末…

自民党は、1959年の最高裁による砂川事件判決(当然、集団的自衛権など無関係)が「自国の存立のために必要な自衛措置は認められる」としたことを根拠に「最高裁のいう自衛権に個別的自衛権か集団的自衛権かの区別はない」として強行突破を図ろうという構えだが、安保法制審議の紛糾は避けられない。

「今、安倍政権がやろうとしていることは『憲法軽視』の一語に尽きる。こんな暴挙を許してしまったら立憲主義は崩壊し、この国は独裁国家になってしまいます。自民党がそれでも合憲だと反論するなら憲法学者として徹底的に論破し続けます」(小林氏)

かつては「自民党のブレイン」で「改憲派の憲法学者」として知られていた小林氏をここまで本気で怒らせた自民党は覚悟して待っていたほうがいいかもしれない。

(取材・文/川喜田 研 撮影/村上宗一郎)