ALS闘病中の伊藤敬司氏とPL野球部の同級生たち。(左から)立浪和義氏、橋本清氏、野村弘樹氏、片岡篤史氏(『PL学園最強世代』より)

高校野球の名門「PL学園野球部」が今年度に続いて来年度も新入部員を受け入れないことを表明し、廃部危機も噂されている。

PLといえば、かつては甲子園の常連校で春に3度、夏に4度の優勝という輝かしい実績を残し、春夏連覇も1度成し遂げている。連覇の偉業は桑田真澄、清原和博のKKコンビがPLを去った2年後の1987年のことだ。

その“最強世代”をキャッチャーとして支えた伊藤敬司氏は現在、ALS(筋萎縮性側索硬化症[きんいしゅくせいそくさくこうかしょう])という難病に立ち向かっている。

全盛時代に活躍した伊藤氏が抱える今のPLへの思い、そしてALSという病の現実とは? 『PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って』の共著者で、取材・執筆を担当したライターの矢崎良一氏に聞いた。

―消滅の危機にあるPL野球部について、伊藤さんはどう感じていらっしゃるのでしょうか。

矢崎 「もう、ただ寂しい」という気持ちと「何を考えているんだ、なんで野球部を潰(つぶ)すんだ」という学校関係者に対する怒りがあると思います。しかし、事態は取り返しのつかないところまで進行してきている。それを目の当たりにしているOBたちの中には、諦めの言葉を口にする人も多いです。もちろん、「何か力になれることがあれば」という気持ちは皆さん持ち続けていますけど。

―タイトルの「PL最強世代」というと、KKコンビがいた世代が思い浮かびます。

矢崎 そう思う人は多いかもしれませんね。絶対的エースの桑田が抑え、スラッガー清原を中心とした強力打線が点を取りまくる。20点以上の差をつけて勝つということもありました。

それに比べて、春夏連覇を成し遂げた世代はコツコツと点を重ねていって継投で逃げ切る、「相手のいいところを出させない」試合をしていたため印象が薄いのかもしれません。でも裏を返せば、それは楽に勝つことができるチーム力があったということ。総合的な力を考えたら、この世代が最強なんじゃないかと思いますね。

「KKドラフト」の日、清原が教室に怒鳴り込み…

―伊藤さんはチーム内でどういう存在だったのでしょうか。

矢崎 選手としては目立つ存在ではなかったと思います。同世代に立浪和義、片岡篤史、橋本清、野村弘樹という、後にプロ野球で大活躍するレベルの高い選手がそろっていましたから。

むしろ伊藤さんは、父親が巨人のスカウトということが大きかった。あの「KKドラフト」を後ろで操っていたともいわれている人です。巨人が、入団を熱望していた清原ではなく、早稲田大学入りを明言していた桑田を1位指名し、当時は大きな話題となりました。

その後も指名の経緯に関して臆測が飛び交います。伊藤さんの父親が桑田・清原とつながりを持ちたいがために息子をPL学園に入れたなんて噂も出たほどです。伊藤さんとしては不本意な目立ち方だったでしょう。

本にも書きましたが、ドラフトが発表された時、激高した清原が授業中の伊藤さんのいる教室に怒鳴り込むシーンは初めて聞くエピソードでしたね。

―伊藤さんを取材することになったきっかけは?

矢崎 この本の取材を始めたのは3年前でしたが、その前に一度、JR東海の野球チームに在籍していた頃の伊藤さんを取材したことがあったんです。もともと実力がある方でしたから、高校卒業後も大学、社会人野球と活躍されていました。それからしばらくしてALSという難病と闘っていることを聞いたんです。再び会いに行った時にはもう体が完全に動かせない状態にまで病が進行していました。

数年でここまで変わってしまうのかとショックを受けていた僕に、伊藤さんが「生きた証(あかし)をなんとか形にできないか」という思いを伝えてくれたんです。KKドラフトの騒動に巻き込まれ、甲子園では春夏連覇を経験し、今はALSという病に侵されてしまった…。そのひとりの男がこの病とどう闘い、それを支える周辺の人々はどう向き合っているのか。ノンフィクションの形であれば彼の半生を書き残せるのではと思い、関係者への取材を進めていきました。

―伊藤さんへの取材はどのように行なわれたのですか?

矢崎 基本はメールのやりとりと、在宅介護を受けているご自宅にお邪魔をして取材をしました。伊藤さんはすでに声を発することができなくなっていましたから、ひらがなの書かれた文字盤を使ってコミュニケーションを取ります。文字盤を顔の前に掲げて、目で追った文字を拾っていくというやり方ですね。そんな小さな動きでも、全身の筋肉が衰えている伊藤さんにとってはかなり体力を消耗する作業なので、1回のやりとりの長さや取材の間隔には細心の注意を払いました。

介護する側の生々しい現実も描くべき!

―伊藤さんの闘病生活を支えるご家族、親族、知人らの介護に対する生々しい声が盛り込まれていることでALSという病の苦しい現実が浮かび上がっています。

矢崎 介護される側の伊藤さんからすればショックを受けるような内容もあるかもしれません。しかし、それを排除して伊藤さんの視点のみで構成した、単純な自伝本のようなものを書くことはできませんでした。それはALSや介護する人々の苦労についても伊藤さんが感じたままを伝えることになってしまうからです。

もちろん、そこに嘘があるわけではありませんが、介護をする側とされる側にはそれぞれの見方がある。ALSという病気のありのままを表現するには双方が見た、そして感じた客観的な事実を入れなくてはならなかったんです。

この種の病気をテーマにしたTVや本にしても病気の当事者のことだけで、介護する立場の人のことってあまり出てこないと思うんです。でも僕はそこにリアリティがあると思っている。もちろん、一番苦しいのは病気を抱える本人でしょう。でも介護する側にも違った苦しみがあるというのも事実。

それを書くのが果たしていいことなのかというのは、答えに苦しむところです。でも、それを書かなくてなんでライターやってるの?という気持ちは、この本の取材を進める上で強く持っていたことなんです。

(インタビュー・文/和田哲也)

●伊藤敬司(いとう・けいじ)1969年生まれ、兵庫県出身。「史上最強」と称されたPL学園で正捕手を務め、87年の甲子園春夏連覇に貢献。卒業後は、青山学院大学を経て、JR東海に入社。捕手、コーチとして長く野球部を支えた

●矢崎良一(やざき・りょういち)1966年生まれ、山梨県出身。出版社勤務を経て、94年にフリーライターとして独立。プロ・アマを問わず野球界を幅広く取材している。『松坂世代』(河出書房新社)、『遊撃手論』(PHP研究所)、『元・巨人』(ザ・マサダ)など著書多数

■『PL学園最強世代 あるキャッチャーの人生を追って』 講談社 1500円+税主将は立浪、投手に野村・橋本・岩崎の3本柱がそろい、片岡と宮本が打つ。KKコンビでも成し得なかった春夏連覇をつかみ、最強世代と称される1987年のPL野球部。そのチームで正捕手を務めた著者の伊藤氏は今、ALSという難病との闘いの真っただ中にいる。KKドラフトを裏で操ったとされる父との確執、廃部危機にあるPL野球部への思い、ALSとの壮絶な闘病生活などを、共著者の矢崎氏が綿密な取材を基に明らかにする