普段から使用している愛用の“虫の目レンズ”カメラを手に昆虫撮影の楽しさを語った栗林氏

花火やスイカ、海…夏といえばいろいろなものが連想されるが「昆虫」もそのひとつ。男性であれば、カブトムシやクワガタなどの採集は定番中の定番だ。今ではデパートやスーパーなどでも販売され、記憶が甦ることもあるはず。

先日にはジャポニカ学習帳での表紙復活も話題となったが、そんな中で注目されているのが、7月11日(土)公開の映画『アリのままでいたい』だ。

50種類以上の昆虫を撮影したドキュメンタリー映画だが、主題歌を歌うのは福山雅治、ナレーションにDAIGO吉田羊杉咲花、さらにアニメパートには地獄のミサワと錚々(そうそう)たる面子で、たかだか虫の話では済まされない豪華さ。

その力の入れようのベースにあるのが、なんといっても今作で撮影総監督として指揮を取った世界的写真家・栗林慧(さとし)の存在だ。

栗林といえば、昆虫の目線で撮影する「虫の目レンズ(超深度接写)」を独自開発したことで日本が世界に誇るパイオニア。その功績が認められ、2006年に「科学写真のノーベル賞」とも言われる「レナート・ニルソン賞」を受賞、08年には「紫綬褒章」を送られた、知る人ぞ知る写真界の大御所である。

今回の作品は、そんな彼が製作期間約3年、撮影期間430日もかかって完成させた巨作なのだ。

「実際、集中して撮影したのは去年の春から今年の春の1年間なんです。問題は昆虫を鮮明に映すことができるカメラが無いということだったんですよ」

とその内情を明かす、栗林。特に今回の映画は“3D”ということで、今まで使用していたものも使えない。そこで見つけたのがドイツ製の3D内視鏡だったという。

「人体内部の狭い所を映し出す内視鏡を我々は外視鏡にして使っていたんですね(笑)。ただ問題があってレンズから4cmの距離にピントが固定してあり、ピント合わせがこっちでできない。だから昆虫は必ずレンズから4センチの距離に置かなければいけない。

昆虫は動き回っているので、こっちも昆虫の動きに合わせて動き回って撮影したんですよ。特殊なスライド装置を作って撮影をする訓練なんかもしました」

相手は生き物。それも小さくすばしっこいため、道具の開発のみならず撮影方法にも苦労した。さらに問題はそれだけではなかったという。

「内視鏡のレンズに収まる大きさは3cm。しかし、今回の映画に出ているカマキリやカブトムシは昆虫の中ではかなり大きな部類で、内視鏡では収まりきらない。なので既製品のカメラと内視鏡のカメラの間、10cmくらいで収まって撮れるカメラを私達で作ったんですよ。このカメラは自分たちで作り出した、全く他に存在しないものなんです」

残酷だけど人間が生きる上でのいい教材

昆虫の1年を撮影するために、カマキリの脱皮シーンは脱皮間近な個体を探して、捕獲してから撮影するなど長期間での撮影に臨んだ

映画の話が始まってからは、こうした撮影手法やカメラ開発で2年近くかかったという。しかし、その甲斐あって映像のクオリティは圧巻だ。カブトムシの戦っている最中のスピード感や、アリの歯がイモムシにくい込んで引っ張られている生々しさなど“昆虫目線”のリアリティが映し出されている。

「昆虫はとにかく逃げるので、今回の映画は現場では私ひとりだったんですよ。スクリーンを置いた車を10m以上後ろに待機させて、助手にチェックさせて。ドローンやハイスピードカメラでバッタの飛び立つ一瞬を撮影したりもしたんですが、そういう現象を見られるのが映画の素晴らしさですね。

私は今回の撮影場所である長崎県の平戸市に30年以上住んでいるので、もう季節ごとにいつどこにどんな花が咲くか、どんな昆虫がいるかなどがすべて頭に入っているんです。そういう状況でないと撮影できないですからね。もし何も知らない所を撮影するとなると、調査だけでも1年は掛りますから」

40年以上も昆虫を撮影し、今でも時間のある限りは平戸で撮影するという栗林。「それでも飽きない」というが、一体、昆虫の何にそこまで惹かれたのか。

「昆虫というのは種類が多く、それぞれがそれぞれの生態を持っている不思議で神秘的な生き物なんですよ。幼虫と成虫、親と子の姿が明らかに違うでしょう。あんな生き物は他にいないですからね。幼虫から成虫に進化する瞬間を撮る時は今でも興奮しますよ」

初めて栗林が昆虫に興味を持ったのは、多くの人と同じように幼少期だ。日常的に昆虫がいて捕まえて遊んでいた。

「子供が大人へと成長していく中で昆虫と触れ合うことは大切なことだと思うんですよ。昆虫というのは、残酷な話ですが子供でも掴んだり殺したり、なんでもできる相手なんです。昆虫をぞんざいに扱っていく中で、罪悪感など人として大切なことを覚えることもあると思います。そういったことから人間が生きる上でのいい教材になっていたと思うんですよ」

虫を好きな人はほとんどいない?

栗林が東京で暮らし、大人になった当時も周囲には自然があり、近くの公園で昆虫採集ができていたという。しかし、今の日本でそういった生活環境から自然は減ってしまった。そんな時代の変化に栗林はこう嘆く。

「そういった小さな命から学ぶ機会がなくなった状況は、日本が一気に成長し、発達したおよそ50年前だと思うんですよ。なので加減がわからない子供達が増えていろいろな事件が起こる一因ではないかと思うんです」

そうした背景もあり、「昆虫の写真や映像を通して小さな命や何かを子供達に見せてあげようという気持ちもある」という。

今回の映画も自身の「長年の夢でした」というように、ある意味集大成的な作品だ。「『僕たちはキミたちの足元でこんなに頑張っていきているんだよ』と昆虫の代弁者になったつもりで伝えている」ことが、子供だけでなく大人も楽しめるものになっている。

「世の中、虫の好きな人はほとんどいないですからね。そういう人が何か感じてくれたらいいなと思っています。ドキュメンタリーといっても、昆虫というのはまともに撮ると気持ち悪いところがたくさんあるんですよ。なので昆虫の行動の興味深いところを中心にまとめているので興味がなくても楽しめるんじゃないかなと思います。

たとえば、メスのカマキリがオスを食べてしまう映像。あれは昔から固定観念として言われていたではないですか。だけど交尾の時に食べられるのが全てではなく、10匹に1匹いるかいないかなんですよ。なので、食べられない場合も映したし、食べられる理由も説明しているんです。

ただ、食べられて体が半分無くなっているのに交尾をするのはスゴイですよね(笑)」

大人になっても意外と知らない昆虫の様々な生態。ただ捕まえて楽しんでいた幼い頃とも違って、その意外性や躍動感を知れば知るほど興味が湧く。

「週プレNEWS」ではマンガ『昆虫サマのおかげで食べてます』も連載中で、そうした知識や昆虫ビジネスの舞台裏を紹介している。この『アリのままでいたい』で体感する驚きとともに、この夏は大人も子供も昆虫の世界を再発見する絶好の機会だ!

『アリのままでいたい』は7月11日(土)より全国公開

話の合間に「あ~週プレさん、懐かしいですね~。昔、地方の女のコの写真を撮るシリーズでお願いされたんですよ。昆虫撮ってるのにね(笑)。虫の目レンズで撮ればいいのかなとかちょっと考えた気がするけど、断ったんですよ。うん、確か週プレさんだったような気がするな~」と朗らかな笑顔で意外なエピソードを明かしてくれた

(取材・文/週プレNEWS編集部 撮影/五十嵐和博)