建設費が二転三転するのはなぜか? 五輪招致決定時の都知事だった猪瀬直樹氏に聞く

1300億円→3千億円→2520億円と建設費が二転三転する「新国立競技場」

この問題について、今、一番話を聞きたいのはこの人だ。公共事業利権を追及した作家であり、五輪招致決定時の都知事だった猪瀬直樹氏を直撃!

(前編記事「猪瀬直樹・前都知事が「なんで3千億円なのか!」と驚いた舞台裏。下村文科相も森会長も見逃した“新国立競技場”談合疑惑の不透明さ」

■屋根は絶対に必要だ

―今問題になっている屋根について、猪瀬さんご自身はどうお考えですか。

猪瀬 1964年、東京オリンピックに合わせて建設された日本武道館は今やミュージシャンの間で「いずれコンサートがしたい」と思われるほどのレガシーになっている。そういう意味でも後世のために屋根付きのスタジアムを考えたんでしょう。実際、応募作品はみんな屋根がついていたし、私も屋根はあるべきだと思っています。

東京の真夏は酷暑で、スポーツ選手にとっては過酷な環境です。またゲリラ豪雨の恐れもある。もし五輪の開会式で大雨が降ったらどうするのか。

僕は都知事としてオリンピック招致活動でプレゼンテーションをしたけど「メインスタジアムに屋根がついていてよかった。アスリートに優しくていいな」と思ったよ。「コンパクトオリンピック」というのは、湾岸の晴海に選手村をつくり、そこから8km以内で競技場に行ける、選手に一番優しいオリンピックの意味。それなのに屋根を外しちゃうなんて考えられない。どうせ造るならあと100億円積んででも造ればいい。

―あと100億円で造れるでしょうか。

猪瀬 私は専門家ではないが、そもそもゼネコンの見積もりをうのみにしていいのか。2割削ったのにまた3千億円に先祖返りするような見積もりは理解できない。普通ならしっかりした人がゼネコンに「ふっかけるな」と言えたはずです。だけど言える人がいない。オレが責任を持つ、泥をかぶるという人がいない。

誰かが泥をかぶって「これで決まり」とやれば、賛成、反対の両方向から動きが出て前に進む。みんな素人だからふっかけられている。道路公団民営化の時を思い出しましたね。

戦時の軍部と同じ過ちを繰り返す?

―ゼネコンの言いなり、と。

猪瀬 官庁の建て替えをやっている国交省にはゼネコンとの交渉ノウハウがあるけど文科省にはそれがない。新国立競技場は国交省を巻き込んで進めればよかったのに縦割りだからそれができない。

新国立競技場の中にショッピングセンターができてもいいんですよ。民間の施設を入れることで民間人のアイデアを出してもらえばいい。新国立競技場ができれば人の流れが変わる。いろんな店舗ができる。そういう前向きな話にならないのは残念ですね。

―「このままじゃダメだとわかっていても止められない」のは日本の悪いところだと思います。

猪瀬 日本は本当に意思決定できない国だよね。僕は『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)という本を書いたけど、かつての日本は国家として意思決定する統合機能がなかった。それが原因で戦争を起こして負けた。それと同じことが国立競技場の問題でも起きているんですよ。

―同書には日米開戦直前の昭和16年夏、総力戦研究所の若手エリートたちが模擬内閣をつくり、日米戦争のシミュレーションを重ねた様子が描かれていました。彼らの予測は実際の戦争の経過とほぼ同じだった、と。

猪瀬 縦割りを超えて情報共有することで、開戦前から「日米戦争がどうなるか」を正確に分析していた。彼らの分析は「緒戦は奇襲攻撃で勝利するが、国力の差から劣勢となり3、4年で敗戦に至る」というもので、最後はソ連参入まで予想していた。ところが戦争が始まる直前の昭和16年10月、東條内閣では縦割りの壁を越えられなかった。だから真珠湾に行かなくちゃならなくなってしまった。

―味方同士でも情報共有ができていなかったわけですね。

猪瀬 戦争遂行のために最も重要な石油の備蓄量について陸軍と海軍が本当のことを互いに言わない。大本営と政府、大本営の中の陸軍参謀本部と海軍軍令部が縦割りで意思を統合できない。今の日本は1府12省あるけど、12の共産党国家が連邦を形成しているようなもの。縦割りを超えられない。これが日本の宿痾(しゅくあ)です。新国立競技場の問題もそれが現れているね。

森会長、下村文科相らは責任を全うしていない!

―森喜朗さん、遠藤利明(五輪担当相)さん、河野一郎(JSC理事長)さんはいずれもラガーマンを名乗っていますが、連携が苦手なんでしょうか? これでよく日本は招致レースに勝てたと逆に思ってしまうんですが。

猪瀬 オリンピック招致活動の時には縦割りの弊害を超えて情報中枢をつくったんです。官邸、文科省、外務省、スポーツ団体、東京都が連携して情報を共有していった。ODAはどうなっているか、IOC委員はどうなっているか、どこに重点を置くかなどすべての情報を共有して意思を統合しなければ招致レースには勝てません。

最初は宮内庁もイヤがっていましたが、13年3月にIOC評価委員会が来日した際には皇太子殿下への表敬も実現しました。そして13年9月のIOC総会では高円宮妃殿下にもスピーチいただいた。日本がひとつになったから勝てた。まさにチームニッポンの勝利だったわけです。

そもそも、なんでオリンピック招致をしなきゃいけなかったのかを思い出してほしい。小泉総理の後、安倍さん、福田さん、麻生さん、鳩山さん、菅さん、野田さんと毎年日本の総理がダメになり、日本が自信を喪失していた。そんな時だからこそ「いや、違う。日本はすごいんだ」とオリンピック招致に手を挙げた。希望と夢をつくるために必死に縦割りを超えていこうとした。

今、為末大(ためすえ・だい)さんや有森裕子さんなどのアスリートが「夢を壊さないで」と言っているけれど、まさしくその通りです。一生懸命やってきたチームの夢を壊さないでほしい。森喜朗組織委員会会長、下村博文文科相、遠藤利明五輪担当相、JSC河野一郎理事長がそれぞれの役割をきちっと果たして、国としての責任ある統一した意思をつくれないところが残念でたまりません。

(取材・文/畠山理仁 撮影/五十嵐和博)

●猪瀬直樹(いのせ・なおき)1946年生まれ、長野県出身。87年『ミカドの肖像』(小学館)で第18回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2002年、道路公団民営化委員に就任。 07年に東京都副知事に任命され、12 年に都知事に就任。13年に辞任。著書に『道路の権力』(文春文庫)、『昭和16年夏の敗戦』『黒船の世紀』(以上、中公文庫)など。近著にジャーナリス ト・田原総一朗氏との対談をまとめた『戦争・天皇・国家 近代化150年を問いなおす』(角川新書)がある