安保法案の陰で安倍政権がこっそり進めていた、原発再稼働、農協改革、社会保障費削減について、古賀氏が言及する

今国会の報道はまさに、安保法案一色。でも、国民の生活に関わる重要な取り決めは、それ以外にもたくさんある! 

週刊プレイボーイ本誌でコラム「古賀政経塾!!」を連載する古賀茂明氏がその中から3つをピックアップして解説する。

■骨抜きになる成長戦略

違憲の疑いが強く、日本が他国の戦争に巻き込まれる可能性が高まる安保法案は国民の関心を大いに集めた。だがその裏で、安倍政権は安保法案にひけをとらない重要な政策をこっそりと進めていた。今回はその中から3つピックアップして紹介しよう。

まずひとつ目は「飼料用米の生産拡大」だ。

今年3月末に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」に飼料用米の生産拡大の方針が盛り込まれたことを知る人は少ない。飼料米が増えれば、家畜のエサとなる穀物などを海外から高い値段で買わずに済む。一見、妥当な施策に映るがそうではない。

「農業を成長産業にするために減反の廃止を決定した」

こう安倍首相が胸を張ったのは2013年12月のこと。減反をやめれば、米の供給が増え、コメ価格は下落する。そのため、それぞれの農家には経営努力が求められるようになる。補助金で辛うじて食いつないでいた弱小農家は大規模農家に集約され、農家単位のコメの生産コストは下がる。その結果、日本のコメ農家に競争力がつく、というシナリオだ。減反廃止は日本のコメの輸出を飛躍的に拡大させるために必要な政策だった。

しかし、それから1年半。安倍政権は食用米の最大約10倍というバカ高い補助金をつけ、飼料米の生産拡大に乗り出した。そうすることで食用米の生産量を抑え、コメ価格を高止まりさせようとしている。

この目的は、来年夏の参院選対策だ。コメ価格を高く維持することで農家の機嫌をとり、農協の組織票を回してもらおうとしているわけだ。だが、これでは国民は飼料米向け補助金という新たな税負担と高いコメ代を強いられるだけ。日本の農業力強化にはまったくつながらない。

原発利権の温存に目配りしている

ふたつ目は原発政策だ。

すでにこの夏、鹿児島県川内(せんだい)原発の再稼働が決まっているが、安倍政権は原発利権の温存にも目配りをしている。例えば、日本原子力発電株式会社(日本原電)と日本原燃株式会社(日本原燃)の経営を民間から政府へ移管しようという動きもそのひとつ。

東海原発と敦賀(つるが)原発を保有する日本原電、青森県六ヶ所村で使用済み核燃料の再処理事業を運営する日本原燃には電力会社各社が巨額の出資をしている。しかし、11年の福島第一原発事故などもあって、共に経営は厳しい。このままだと近い将来、事業撤退ということもあり得る。そうなれば電力会社の出資金はパーだ。

その事態を防ごうと、2社を政府の認可法人にして、経営を国民の税金で賄(まかな)おうという動きが経産省主導で進んでいるのだ。

見逃せないのは、核燃料処理のために各電力会社が資産計上している積立金だ。11年末の時点で、その総額は2兆6571億円。もし日本原燃が国の認可法人に移行したら、その積立金は政府管理の基金となり経産省の役人が管理・運用する可能性が大となる。

官僚からすれば、これほどおいしい話はない。いずれ経産省がこの基金を差配し、新たな天下り先とするだろう。だが、これらの積立金は「総括原価方式」(供給原価によって電力料金を決めること)の下、電力会社が利用者から徴収したもので、元々は国民のお金なのだ。

■安倍政権の政策は“国民不在”

最後は先月30日に閣議決定された「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)について。私から言わせると、これほど胡散臭(うさんくさ)い話はない。

ここでは、2020年にプライマリーバランス(以下、PB)を黒字化させることになっている。PBとは税収など正味の歳入と、国債費など借金返済のための元利払いを除いた歳出の収支を指すが、黒字化させるためには経済成長が不可欠だ。安倍政権は日本の経済成長の見込みを名目3%、実質2%と設定した。

安倍政権の腹黒い魂胆

しかし、これは非現実的な数字だ。日本の潜在成長率は高くても1%未満。しかも、運よく実質2%成長ができたとしても、20年のPBは9.4兆円の赤字になってしまう。

本来なら、この不足額の穴埋めをどうするのか徹底的に論議しないといけない。しかし、それがないまま安倍政権はシレッと「骨太の方針」を決めてしまった。これがいい加減だと批判されると、今度は景気が上向いて税収がもっと増えるからという理由で歳入見込みを増やして、赤字は6.2兆円程度にとどまると修正した。それでもまだ赤字は残されたままだ。

そこには腹黒い魂胆がある。方針には18年に見直しの機会を持つとある。参院選は来年夏、衆院選も翌年の17年には行なわれる公算が大きい。つまり、18年には国民の審判は終わっているのだ。そこで首相は再び国会で多数を得た上で、しらじらしく「消費税を10%に上げてもまだお金が足りない。だから、増税する」と、国民に切り出す腹づもりなのだろう。

もう一点、方針には「社会保障費はこれまでの抑制方針を守りながら」という文言が盛り込まれている。

高齢化社会の到来により今後、社会保障費は年に1兆円ずつの増額が必要とされている。しかし、実際にはこの3年間は年に5千億円ほどに抑えられている。つまり、「これまでの抑制方針を守る」とは、18年まで社会保障費はその低水準に抑えると明言していることになるのだ。

だが、社会保障費のカットは国会で論議されたわけでもなく、ましてや国民も認めたわけではない。一事が万事。安倍政権の政策は国民不在なものが多い。そしてそれは安保法案のようにメディアがこぞって報道している政治の話題の裏で、しれっと進められるのだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元幹部官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して2011 年退官。著書『日本中枢の崩壊』(講談社)がベストセラーに。近著は『国家の暴走』(角川oneテーマ21)

(撮影/山形健司)