「漫画が好きで漫画家になって、大事なことを伝えられて。本望だったと思います」と語るミサヨ夫人

『はだしのゲン』は1973年、『週刊少年ジャンプ』で連載が始まった。

戦後70周年となる今年、今こそその世界を読み返したい!と『週刊プレイボーイ』33号では第1話&衝撃の原爆投下シーン、計47ページ分を特別掲載。

さらに特別企画として、作者の中沢啓治先生の夫人である、中沢ミサヨさんにインタビューを行なった。(聞き手:森健)

(前編⇒「『はだしのゲン』作者夫人・中沢ミサヨさんが語る、40年間読まれ続けてきた理由」 中編⇒「週刊少年ジャンプで連載していた『はだしのゲン』。作者夫人・中沢ミサヨさんが語る、執筆の動機」

■そして『ゲン』は読まれ続ける

『ゲン』の人気に火がついたのは、75年5月、汐文社(ちょうぶんしゃ)から単行本全4巻が発行されてからだった。朝日新聞の紙面で紹介記事が掲載され、日本全国に爆発的に広がったのだ。

原爆とはどんな体験だったのか。『ゲン』はそれをリアルに感じさせる初めての作品となった。大人ではなく、小学3年生の目線で原爆体験を描いた平易さも中沢氏の狙い通りだった。

その後、『ゲン』は媒体をかえながら、断続的に82年まで連載。16歳で上京する直前までの姿が描かれた。こうした日々の中で、中沢氏は講演に招かれたり、公の場に呼ばれることも増えた。だが、政治的な活動には関わらないようにしていたという。

* * *

―講演の依頼は多かったのでは?

中沢 一番多かったのは「体験を語ってください」というものでした。人前に立つのは好きじゃないんだけど、評判がよくて、いやと言えなくて。でも「原爆は恐ろしいよ、平和は大事なんだよ」ということは言いたかったから、それを少しでも伝えたいと出かけていたようですね。原爆症に対する誤解もまだまだありましたしね。

―具体的にはどんな誤解が?

中沢 生命保険会社の営業マンがマンションにやって来て、主人が被爆体験があるのを知って「子供さんに影響するから保険入ったほうがいいですよ」なんて言ってきたり。そうした偏見や差別が根強くあるんです。ある被爆者の人は「結婚しても子供は産むな」と言われたそうです。私も「よく子供を産んだね」と言われました。主人は「原爆はどういうものか、やっぱり知っている人が知らせないといけないよな」と言っていました。

―でも、被爆者団体とのお付き合いはなかったと。

中沢 ありませんでしたね。政党はもちろん、漫画家同士の付き合いもなかったです。特定の団体に所属して、自由に発言できなくなることを懸念していました。だから、気の合う人としか付き合わなかったですね。漫画家という職業として、自由な発想を大事にしたかった。言いたいことも言うし、やりたいことをやる。だから群れるのは嫌いでした。

―にもかかわらず、2年前には『ゲン』が偏向した作品だとして、小中学校の図書館に閲覧制限が要求された事件もありました。

中沢 そのことを中国新聞の記者から電話で教えられた時は、読ませないようにする松江市教育委員会の決定の意味がわからなかったです。でもその後、反対署名が2万以上寄せられて、閲覧制限は中止になりましたが…。思想統一、歴史認識の一元化をしようとする今の動きは怖いですね。

主人が生きていたら「憲法9条は守らなきゃいけん」と

―今の政府も集団的自衛権を法制化しようとしています。

中沢 安倍さんは「最後は僕の責任」と言っていますが、ひとりの責任で決められたら困りますよ…。憲法学者の方が「安保法案は違憲」と断言されて、すこし安心しましたけど、もっと議論してもらいたいですね。

―もし中沢さんが生きていたら?

中沢 間違いなく怒ってますよ。憲法9条はアメリカから押しつけられたっていわれるけど、中身は絶対に戦争できない仕組みになっている良い平和憲法なんだから、もう絶対に守らなきゃいけん、という思いでした。きっと今も言い続けていると思います。

―中沢さんは2012年12月に亡くなられますが、最期はどんな様子でしたか。

中沢 肺がんに心不全を併発しましたが、静かでしたよ。眠るようにね。きれいな顔でした。生前、主人は言ってたんです。「俺はやりたいことはやった」「だから、もういいんだ」と。

―自分のしたいことも与えられた役目もやりましたね。

中沢 「俺は漫画家でよかった」と主人はよく言っていました。文章だけでは伝えきれないものを、漫画は絵とストーリーで一枚で伝えられる。漫画が好きで漫画家になって、大事なことを伝えられて。本望だったと思います。

●森 健1968 年生まれ。ジャーナリスト。2012 年『「つなみ」の子どもたち』『つなみ 被災地の子ども80人の作文集』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。ほかに『グーグル・アマゾン化する社会』など

■週刊プレイボーイ33号「大人になった今こそ『はだしのゲン』を読み返す!」より