『流』で「第153回芥川賞・直木賞」の直木賞を受賞し話題となった東山彰良氏

お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹氏が芸人として初の芥川賞を受賞し、大きな話題となった「第153回芥川賞・直木賞」。

その記者会見の席で、ピンクのTシャツにジーパン、もじゃもじゃ頭という妙に若々しい姿で一緒に写真に収まっていたのが、直木賞を同時受賞した東山彰良(あきら)氏だ。

1968年に台湾で生まれた東山氏は、2002年に『タード・オン・ザ・ラン』で第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞&読者賞を受賞してデビュー(同作は出版時に『逃亡作法 - TURD ON THE RUN』に改題)。以降、アウトローたちの生きざまや犯罪もの、近未来SFなどを書き続け、ハードにして胸躍る娯楽小説の送り手として注目されてきた。

今回の直木賞受賞作『流』は、自身の父や祖父のエピソードを交えながら、国民党と共産党の戦争(「国共内戦」)を含む歴史の大きなうねりの中で、ひとりの青年の成長を描いた大作。読むと“満腹”になること間違いなし! 怒涛のエンターテインメントで選考委員たちをも唸(うな)らせた稀代(きだい)の作家に直撃した。

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―直木賞おめでとうございます! 受賞後、何か変化はありましたか?

東山 小説を書いていることが周りにバレました(笑)。僕は福岡の大学で語学の講師をしているんですが、本名の中国語名で教えているので、東山彰良という筆名で小説を書いていることを生徒たちは知らなかったんです。ニュースで見て初めて気づいたらしく、受賞決定後の授業の際に女子生徒から花束をもらったりしました。

あとは、街を歩いているとおばちゃんから声をかけられたり。でもワイドショーで見かけた程度なのか、「あらアンタ! 見たことあるわ?」って感じで、誰も名前を口にしてくれないですけど(笑)。

―ご家族の反応は?

東山 次男が中学3年生なんですが、友達の親からサインを頼まれたりしているようですね。ただ、彼自身は僕の本にまったく興味がなく、見向きもしませんが(笑)。

妻のことは、受賞してから常に忙しくさせてしまっています。こうして取材のために上京する時は、妻が手配してくれてるんです。だから、彼女は僕のマネジャーですね。

―この『流』という小説は、台湾出身というご自身の出自も交えた、自伝的要素を含む作品ですね。

東山 僕の自伝というわけではないんですけどね。この本の主人公は父をモデルにしているので。主人公が替え玉受験を計画して、バレて進学校からアホ高校に転校させられる…というエピソードなどは、すべて父に関する実話です(笑)。

台湾には兵役があるんですが、父が軍隊にいた頃のエピソードも入っていますし。当時、人を殺した脱走兵の捜索を仰せつかった父が「脱走兵を見つけてしまったら殺し合いになるかも」と思って、ろくに捜索もせず、日がな一日タバコを吸っていたという話とか。

―なるほど。台湾=中華民国と、中国=中華人民共和国の歴史は複雑で、第一次世界大戦後の“国共内戦”以来、いまだに明確に停戦がなされていない状態です。そんな歴史を踏まえつつ、内戦を戦った主人公の祖父に関する謎が、物語の大きな軸になっていますね。

東山 あの主人公の祖父は、やはり僕の祖父がモデルです。ずっと小説にしたいと思っていたんですが、まずは父のことを中編小説としてまとめよう…と思って書いているうちに、だんだん祖父のことも含む大きな物語になってしまったんですよ。

自分のルーツを書いてしまうと、作家としての財産を使いきってしまう

―小説の書き出しは、主人公が中国大陸に渡り、祖父がかつて虐殺をした村を訪れる場面から始まります。実際に、その虐殺を記す石碑がそこに立っているとか?

東山 はい。今はもう壊されましたが、実際にありました。父はその石碑を自分の目で見ています。

―ご自身の肉親が虐殺をした…その事実を知った時、どう思われましたか?

東山 僕が祖父のことを詳しく知ったのは、10年ほど前に亡くなった時なんですよ。もし子供の頃に聞いていたら、とても理解できなかったと思う。でも、大人になってから聞いたので「あの時代にはそういうこともあったんだな」と感じました。

祖父は戦争で人を殺しましたが、中国人らしい任侠道というか、非常に義理堅いところもあって。「俺の兄弟分の兄弟は、俺の兄弟だ」というような考え方だったので、実際に亡くなった兄弟分の家族にはずっと金を送っていたりしたそうです。

―今の日本人の感覚では理解しがたいことでも、戦時中という時代背景や中国人の心性を考えると、それほど特殊な生き方ではなかったと…。今作では、美少女の幽霊が出てきたり、狐火が主人公を危機から救ってくれるという不思議なエピソードも織り込まれていて、わくわくさせられますが。東山さんも超常体験がおありなんですか?

東山 いやいや、ないです。僕自身は霊感もないし、オカルトを信じているわけでもない。ただ、台湾や中国に行くと、街中の至るところに霊廟があって、みんな一心不乱にお祈りをしているんですよ。僕と同年代のいとこたちも「神さまに願いを叶えてもらったら、絶対にお返ししなきゃバチが当たる」とか本気で信じていたりして。そういう街の空気感を表現するために不思議な話をいくつか入れました。

―デビュー作の『逃亡作法 - TURD ON THE RUN』をはじめ、日本人、中国人、在日朝鮮人と複数の人種が登場することも多いですよね。やはり“台湾国籍で日本在住”というご自身のルーツにも関係が?

東山 そのへんはあまり意識してないです。ちょうど僕がデビューした頃、金城一紀さんが大ブレイク中で、自分のルーツを題材にしたような小説が注目されてはいましたが(金城一紀は在日韓国人作家で、2000年に自伝的小説『GO』を出版し直木賞を受賞。2001年には窪塚洋介主演で映画化)。

僕は最初から自分のルーツを書いてしまうと、作家としての財産を使いきってしまうと思ったんです。だから日本人のようなペンネームをつけたし、『逃亡作法』も自分のルーツとは関係なく、エルモア・レナードのような小説を目指して書いたものです(レナードは、タランティーノが映画化した『ジャッキー・ブラウン』など小悪党たちが登場する娯楽作品を多く書いたアメリカの国民的作家)。

国籍がどこだろうが、友達になっちゃえば関係ない

―アメリカの娯楽小説のようなものが書きたかったんですね。

東山 そうです。アメリカの小説や映画には、よく“犯罪者が追手から逃れるためにメキシコの国境を目指す”みたいな設定があるじゃないですか。しかも、人種のるつぼだから、スペイン語を話すヒスパニック系もいれば、中国人もいる。そういう混沌とした雰囲気を日本に置き換えると、僕の小説のような人物配置になるんですね。

『流』にしても、自分としては面白い小説を目指しているだけで、自分のルーツに関する主義主張をしてるわけじゃないんです。

―なるほど。では5歳まで台湾で育った後、広島で2年過ごし、再び台湾に戻って、9歳の時から福岡に在住。今でも国籍は台湾籍ですが、ご自身のアイデンティティはどこにあると?

東山 僕は自分がどこかの国に所属しているという意識があまりないんですよ。というのも、ずっと中国語名で暮らしてきたので、日本では名前からして周りの子供たちと違ったし、台湾に戻っても喋り方や格好がほかの子と違う。だから、割と小さい頃から「そういうもんなんだから仕方ないか」くらいに思っていて。

同じような境遇の人たちはアイデンティティの面で悩むことも多いみたいですが、僕が苦労を感じなかったのは、友達が普通に接してくれたからかもしれません。結局、国籍がどこだろうが、友達になっちゃえば関係ないんですよ。もし何か言ってくるやつがいたら、そいつは友達でもなんでもないので、こっちは痛くも痒くもない(笑)。

―確かに(笑)。

東山 人種差別をするやつっていうのは、人種しか自分の拠(よ)って立つものを持っていない人間なんですね。例えば、自分の価値を“白人である”ということにしか見出せないやつは、他の人種を差別する白人優位主義者になってしまう。人種なんかじゃなく、ちゃんと自分の価値観を持っている人間は差別なんかあまりしないですよ。

―ちなみに、作品の登場人物たちはしょっちゅう殴り合いばかりしていますが、ご自身の青春時代は…?

東山 普通、普通(笑)。そんなワイルドな感じじゃないですよ。暴力沙汰といえば、16歳の夏に台湾に帰った時、幼なじみと飲んでて、隣のテーブルにいたトラック運転手にビールジョッキを投げつけられたことくらい。その時は側頭を40針縫ったんですが、翌日の新聞に「少年A、乱闘」と書かれてて。「日本の学校にバレたら退学になる!」という恐怖心から、福岡に帰ってからはずっとそのことを黙ってました(笑)。

―酒を飲んでいたことも問題ですが、時効ですね(笑)。それにしても、作品に登場するワルたちはすごく生き生きとしています。

東山 僕の中で、チンピラとかヤクザって、“頭のいい人たち”というイメージなんですよ。学歴はないかもしれないけど、みんなすごく話がうまい。中国の知り合いにも服役したことがあるような人がいるんですけど、一緒にメシを食ってるといつまでも話を聞いていたくなるほど面白いんですね。

日本のヤクザというと、高倉健や菅原文太のようなイメージがありますが、僕の描くアウトローはイタリア系のマフィアみたいなイメージ。伊達メガネをかけて、口八丁で相手をまるめこむような頭のいい人たちを想像して書いてるんです。

●この続きは明日配信予定。なんと東山氏はあの『NARUTO-ナルトー』のノベライズ版も書いていた!?

(取材・文/西中賢治 撮影/下城英悟)

●東山彰良(ひがしやま・あきら)1968年9月11日生まれ 台湾出身◯2002年、『タード・オン・ザ・ラン』で第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞及び読者賞を受賞しデビュー(作品は後に『逃亡作法 - TURD ON THE RUN』と改題して出版)。09年『路傍』で第11回大藪春彦賞、15年『流』で第153回直木賞を受賞。小説執筆と平行して、福岡の大学で非常勤講師を務める。

■『流』(講談社 本体1600円+税)何者でもなかった。ゆえに自由だった――。1975年、台北。偉大なる総統の死の直後、愛すべき祖父は何者かに殺された。内戦で敗れ、追われるように台湾に渡った不死身の祖父。なぜ? 誰が? 無軌道に生きる17歳のわたしには、まだその意味はわからなかった。台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。歴史に刻まれた、一家の流浪と決断の軌跡。第153回直木賞受賞作!

■『NARUTO-ナルトー ド純情忍伝』原作:岸本斉史 小説:東山彰良(集英社 本体750円+税)『イチャイチャパラダイス』の原点! 本当の幸せを求めて、ふたりは戦場へ赴いた。素直になれない男女のとびきり純情な戦いを描いた”作家・自来也”による忍小説、ここに登場! 累計17万部突破の『NARUTO-ナルト- ド根性忍伝』の姉妹編にして、第153回直木賞受賞第一作!

直木賞作家・東山彰良が描く「NARUTO × 文学」。特設ページも!http://j-books.shueisha.co.jp/pickup/naruto_dojunjoninden/