江夏豊氏も驚いた、鈴木尚広の走りの秘密とは?

毎年のように新戦力が加入し、他球団以上に生き残り競争が激しい巨人。

鈴木尚広(たかひろ)はそんなチームで、試合終盤の勝負どころで1点をもぎ取る“代走屋”として確固たる地位を築き、プロ19年目のシーズンを戦っている。

彼に全幅の信頼を寄せる原辰徳監督の推薦で初出場した7月のオールスターでも、いつものように代走で出場し、いつも通りに盗塁成功。「走塁という野球技術」を極めつつある日本一の職人の秘密に、本誌連載「アウトロー野球論」でも御馴染みの江夏豊氏が迫った!

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江夏 まず、初のオールスター出場おめでとう。あなたはプロ19年目だけれど、野球人生の中で、あの舞台に出ることを想像していた?

鈴木 いえ、まったく想像していなかったです。オールスターはレギュラーの方が出る、一番レベルの高い舞台だと思っていました。僕は後から試合に出る選手ですから。

江夏 今までも、守りや走塁が苦手な“打つだけの人”が出たことはある。ところが、あなたの場合は打つことも守ることも少ない。走るだけなんだ。それを選出した原監督の発想には心から拍手させてもらったよ。新しい歴史の一ページを刻んだと思う。

鈴木 僕みたいに後から出る選手にも可能性があると知ってもらえて、目標にしてもらえたらいいと思います。

江夏 そうなるよ。ただ出るだけじゃなく、2試合とも盗塁を決めたんだし。東京ドームでの第1戦、二塁に滑り込んで、盗塁が成功した時はどうだった?

鈴木 普段とは違うプレッシャーがあったので、素直に嬉しかったです。両親も家業を休んで応援に来てくれたので、親孝行できたかなと。

ナイターでも午前11時に球場入り

江夏 最高の舞台で勇姿を見せたんだからね。そしてオールスターが終わって後半戦、7月30日の対DeNA戦では初のサヨナラヒット。今年は6年ぶりのホームランもあり、走ること以外でも目立っている。日々のコンディション作りの賜物(たまもの)だと思うけれど、いつも球場入りはかなり早いらしいね。

鈴木 東京ドームでナイターでしたら11時頃に来ます。

江夏 11時!(笑) 長いだろ、一日が。

鈴木 球場にいる時間のほうが長いような気がします(笑)。

江夏 飽きないか?

鈴木 飽きないですね。野球人生はいつまでも続かないので、日々の過ごし方を大事にすると、必然的に球場にいる時間が長くなります。

江夏 立派な姿勢だよ。今は完全に野球オンリー?

鈴木 野球で充実しています。

江夏 それだけの充実感は、ある意味で原監督が与えたものでもあると思う。あなたと監督のつながりは、ずいぶん長いんだよな?

鈴木 原監督がヘッドコーチの時から目をかけていただいて、コーチから監督になられた2002年に僕は初めて一軍に上がれたんです。

江夏 そうして一軍の選手になり、08年、09年はついに100試合以上に出て、レギュラーに近づいた。でも、今はどちらかといえばワンチャンスにかける仕事だよね。そのあたり、精神的に切り替えるまでにはかなりの葛藤があったと思うけれど。

鈴木 20代の頃は体もよく動いたので、レギュラーに対するこだわりは常々持っていました。でも、当時はケガが多かったこともあって、言ってしまえばレギュラー争いに負けたわけです。そこからは、チームにとって自分はどういう立場なのかを考えながら野球をやってきました。

推進力を増す“うねり”のエネルギー

江夏 巨人の場合、毎年のように大きな補強がある。これは言い換えれば、レギュラーが遠ざかっていく要素も多いということだよね?

鈴木 確かに、巨人は毎年勝たなければいけないチームなので選手層も厚いです。そこで唯一、僕が誰にも負けないのが足でした。だったら、後から試合に出る選手でもチームに欠かせない存在になりたいと考えたんです。

江夏 でも、誰だってレギュラーでやりたい。本当は決してそうじゃないんだけど、「レギュラーでなけりゃプロ野球選手じゃない」という錯覚に陥(おちい)ることもあるよね。そういう意味では、自分自身との戦いが大変だったと思う。

鈴木 30歳くらいの時、自分の中で気持ちの整理ができました。個人的にトレーナーさんにお世話になり、30代になってからケガも少なくなったんです。

江夏 それは本当によかったよな。ところで、足に関する話だけれど、あなたの理想は「ワニのような動き方、走り方」なんだって? ワニっちゅうと、ドッタドッタと動いてないか?

鈴木 映像を見るとわかるんですが、ワニって、波のようにうねって動くんです。真っすぐに動いていない。背骨のひとつひとつが別々に動くと、大きな“うねり”のエネルギーになって推進力が増して、速く動けるんですよ。

江夏 確かに、「ワニは走ったら速い」と聞いたことがあるな。“うねり”っていうのは、ヘビでもそうなの?

鈴木 はい。あとは魚もそうです。尾びれが動いて、体全体がうねって泳いでいます。僕も“うねり”のエネルギーを使って、もっと速く走りたいんです。実は、あのウサイン・ボルトもそうなんですよ。

江夏 ボルトって、あの世界最速の?

鈴木 はい。彼が走る時も背骨がうねって動いて、それが体を波打たせて速さを生み出していると知って、勉強させてもらっています。

■この続きは明日配信予定!

●江夏豊(えなつ・ゆたか)1948年生まれ。阪神、南海、広島、日本ハム、西武で活躍。シーズン401奪三振、オールスター9連続奪三振などの記録を持ち、日本球界における抑え投手のパイオニアでもある。通算成績は206勝158敗193セーブ

●鈴木尚広(すずき・たかひろ)1978年生まれ、福島県相馬市出身。相馬高校から97年ドラフト4位で巨人に入団。5年目の2002年に一軍デビューして以来、二塁手・外野手をこなす俊足のバイプレーヤーとして一軍に定着。08年には外野でゴールデングラブ賞受賞。昨年4月、規定打席到達経験のない選手として史上初の通算200盗塁を達成。続く5月には代走盗塁数の日本記録も更新した。通算盗塁成功率.824は歴代2位(200盗塁以上)。巨人在籍19年目で、現役の生え抜きでは最古参。180㎝78㎏、右投げ両打ち

(構成/高橋安幸 撮影/村上庄吾)

■『週刊プレイボーイ』34&35号「江夏豊のアウトロー野球論SPECIAL対談」より