愛猫の「ニィー」を抱きながら暗くなるまで誠実に思いを語ってくれた「ネコじい」こと戸塚さん

寝屋川中学生遺棄殺人事件で「犯人」扱いをされた上、その後のメディア報道で生活保護を受けていることなどが晒(さら)され、思わぬバッシングの被害者ともなった「ネコじい」こと、戸塚正樹さん(43)。

その個性的すぎる風貌やキャラが興味を惹いた一面も無視できないが、そもそもは、あえて顔を晒し、TVカメラの前で事件直前、被害者と接触したことを証言したことが発端だ。

ネット等でも嫌疑をかけられたが、それは逮捕してみると犯人は自己顕示欲の強い証言者だったというケースがままあるため…。それゆえ多くの人は不要なリスクを負いたくなくて避けるところ。にもかかわらず、戸塚さんはなぜ自ら進んで証言したのか? 本人を直撃し、それを問うと「自責の念から」という答えが返ってきた。

「コンビニで出会った時にちゃんと家に帰らせておけば、あるいは説得できなくても警察に知らせて補導してもらっていれば、ふたりは殺されずに済んだ。僕が止められる最後の人間だったんです。なのに、夏休みだから子供が遅い時間にコンビニに来ることもあるかと勝手に思って何もしてあげられなかった。マスコミに積極的に証言したのは、こんな取り返しのつかないことになって、その罪滅ぼしの意味もあるんです」

事件直後、それを知って愕(がく)然としたという戸塚さんは「大人の社会人としてきちんと対応しなかった」後悔に苛(さいな)まれたというが、そこでこんな胸中も明かしてくれた。

「メディアで目立てば、焦った犯人が動き、逮捕につながるのではという思いもあったんです。もし証言が邪魔やと感じたら、自分に危害を加えにやって来るかもしれない。その時は逆に返り討ちにして捕まえたろうと」

それゆえ、警察からはメディアに露出し喋ることを諫(いさ)められたとのこと。しかし、「だからといって、黙っていたり何もしないなんて到底考えられなかった。それで犯人に疑われようが、そんなことはどうでもいい。自分が救えたのに救えなかった罰を受ける気持ちもありましたし…」

今回、戸塚さんを直撃して感じたのは強烈な正義感の持ち主だということ。公道にはみだす自転車を見ると通報せずにはいられない、あるいは捨て猫たちの面倒を見ずにはおられない…それを“変人”と訝(いぶか)しがられるほど思い込みも強いようだ。それに対し、本人は「正義感なんかじゃないんです」と自虐的に苦笑する。

「格好悪いとか恥ずかしいとか、そんな損得勘定をするのでなく、自分がこうと思ったことはちゃんと言葉にしよう、行動に移そうとしているだけ。なぜそう心がけるようになったかというと、僕はオマケの人生を生きさせてもらっているからなんです」

オマケの人生? それを詳しく問うと「自分は26歳の時、一度死んだ」と、自身が生活保護を受ける原因となった事故、人生の転機について語ってくれた。

フナッシーみたいな存在になりたい

中学生ふたりとの出会いから痛ましい事件に巻き込まれ…この場所も忘れることのできないものに

「それ以前は仕事終わったらみんなとカラオケ行ったりボーリングして遊んだり、普通の兄ちゃんだったんです。当時は地下駐車場の建設現場で働いてました。そこで誤って4mの深さの穴に落下し、第一腰椎を破裂骨折、緊急手術したんですよ。

後で仕事仲間から聞いた話ですが、僕は仰向けに落ちて後頭部をコンクリート床にぶつけて気絶していたそうです。頭の真横数センチに剥き出しの長い鉄筋が突き出ていて、あと数センチずれていれば貫通し即死してただろうと。それ以来、『今、生きているのはオマケの人生なんだ』と思うようになったんです」

この事故で排泄系の神経が機能しなくなり、尿意を感じない、排尿をコントロールできないなど日常生活に支障をきたすように。それでも10年ほどは不自由な身体のまま仕事を続けたものの、ついに限界がきて生活保護を受けるようになったという。

「若い頃は外見を気にしたり人から嫌われたくないと、自分をごまかして生きてきました。でもあの事故で生きてるのはどういうことやと考えるようになって。幸せになろう、金持ちになろうとかはもうええわと。仕事ができなくなるとさらにその思いが強くなって。それからです。捨てられた子猫を引き取って育てるようになったのは。周囲からどう見られても、猫の命を救えるのなら構わないと」

ただ、生活保護を申請する際には市役所にきちんと相談もしたそう。保護を受ける身でペットを飼えるのかどうか、わからなかったからだ。 ケースワーカーの答えは「大丈夫ですよ。でもこれ以上繁殖しないように気をつけてください」というものだった。以来、それを守り、「すぐ周りは変人扱いするけど。人からどう思われてもええ」と、猫たちと暮らしている。そして近所の子供たちからは「ネコじい」と呼ばれるようになった。

とはいえ、まだ43歳の若さ。今回の騒動で自らが「じい」扱いされていることを初めて知ったそうで、ショックはなかったのか?

「気にしていません。むしろ、フナッシーみたいな存在になりたいと思ってますから」

フナッシー!?

「フナッシーを見れば、誰もが船橋市を思い出す。『ネコじい』もそんな存在になればと思うんですよ。『ネコじい』を耳にするたびに『誰やったっけ? ああ、そうや、寝屋川の中学生が殺された事件で話題になった人や』と。あれは可哀相やったと、みんな思い出してくれれば。それで若いお母さんたちが、自分の子供らを注意したり安全に気を配るようになったら、それでいいなと。そういう役目を『ネコじい』が果たせればと思うんです」

この事件を風化させないようーーそこまでの熱い思いが「ネコじい」にはあった。

この余りに痛ましい凶行で、予想外にクローズアップされたひとりの人物にもこんな物語があるとは…。その語りから、ただ誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)するのではなく感じるものはないだろうか。

(取材/ボールルーム)