牧歌的なコソボの首都プリシュティナ市街地。この国で、いったい何が起きているのか?

依然として強い勢力を保つ過激派組織「イスラム国」。その特徴のひとつが、様々な国の若者が戦闘員として参加していることだ。

中でも現在、一大人材供給地となっているのが、東欧の小国コソボ。イスラム国が、なぜコソボに目をつけ、どのように一般市民を勧誘しているのか? 旧ユーゴスラビア事情に詳しいジャーナリストの木村元彦氏が現地へ飛び、実態に迫った!

■「リクルーターは至るところにいるよ」

2014年8月、衝撃的な2枚の写真がFacebookにアップされた。撮影場所はイスラム国。目隠しをされ、後ろ手に縛られた捕虜の背後から、ひとりの男が巨大な山刀を大上段に振りかぶっている。

もう1枚の写真は、次の刹那(せつな)である。胴体はまだそれを知らないかのようにピンと背筋を立てて座っているが、真下には切断された頭部が転がっている。切断面が剥き出しで思わず目を覆いたくなるが、男は振り下ろした刀を左腰に携え、両足を揃えて自分の“仕事”に見入っている。あまりの惨(むご)い画像に、地続きのヨーロッパでは大きな話題を呼び、拡散された。

この残虐な所業を仲間に撮影させ、誇らしげに自らのFacebookにアップした人物の名前はラブデリム・マハジェリ。私が驚いたのは、その酷い行為をSNSで発信してアピールしたこともさることながら、この男がコソボ出身ということだった。

ユーゴスラビア紛争を経て、2008年2月17日に独立宣言をしたコソボは、アメリカに支援されて国家承認を受けたそのプロセスから、世界屈指の親米国である。毎年の独立記念日には、コソボ国旗とともに星条旗が翻(ひるがえ)るほどだ。よりによってそんな国の市民が、反米中の反米ともいえるイスラム国に兵士として参加しているのだ。

あらためて調べてみればマハジェリだけではない。イスラム国は世界中から兵士を募っているが、どの国からの参加者が多いのかを調査した『ラジオ・フリー・ヨーロッパ』の発表(今年1月)によれば、コソボは人口比100万人あたり83人を送っており、近隣国ボスニア・ヘルツェゴビナの92人に次ぎ、ヨーロッパでは2番目に比率が高い。

しかも、ボスニアの場合は、紛争時にムスリム勢力の援軍として中東諸国からやって来て、そのまま国籍をあてがわれたジハーディスト(聖戦義勇兵)たちが、今度はイスラム国に移動したという構図なので、実質上はコソボがヨーロッパでトップの人材供給国となっているのだ。

親米国から反米国への大量の市民流出。コソボで何が起きているのか。現状を知りたくて2年ぶりに現地に飛んだ。

すべては貧困と、未来が見えないことが原因

「すべては貧困と、未来が見えないことが原因だ。それによって過激な連中につけ入る隙を与えている」

首都プリシュティナの中央バスターミナルの職員はそう言った。

実は、昨年11月から年末にかけ、このコソボ最大のバスターミナルから約18万人の市民が難民となって各国に流出している。国の人口約180万人の内の1割が国を捨てているのだから半端な数字ではない。アメリカの肝煎りで就任したワヒヤガ大統領自らがターミナルに出向き、国を棄てないで欲しいと訴えたこともあった。職員はその有り様をずっと見てきた。

「ここ(コソボ)に留まっていても仕事がないんだ。俺だって、機会があれば逃げたいよ。堂々と入国でき、高額なギャラがもらえるイスラム国に兵士として行くのは不思議なことじゃない」

彼は、世界中から非難を浴びるイスラム国へ行くことを「ただの選択肢だ」と言い放つ。

コソボはアメリカの後押しで独立はしたものの、現在の若年失業率は75%を超える。もともと自立した経済構造になく、現在も欧米からの支援で国自体が糊口(ここう)をしのいでいる状況だ。南部の寒村では、どれだけ働いても月収が300ユーロ(約4万円)を超えることはない。「独立しても何もいいことはなかった」と、若年層の間には喪失感と厭世気分が蔓延(まんえん)している。

かような空気が流れているところへ、イスラム国からの“外国人兵士リクルーター”が多数入り込み、高額のユーロ紙幣を片手に勧誘活動をすれば、心が傾くのはある意味、当然とも言えよう。

再びバスターミナルの職員が実情を語る。

「今、イスラム国のリクルーターは至るところにいるよ。彼らは主に(トルコの)イスタンブール経由でプリシュティナに入ってくる。このターミナルで荷物を抱えた家族連れを待ち受けて声をかける者もいて、警官とトラブルになったこともある」

もともと、コソボのムスリム(イスラム教徒)はボスニアのそれと同様に極めて穏健で、アイデンティティとしても希薄であった。ところが独立後、非ムスリムのセルビア人が追い出されると、入れ替わるようにイスラムの純化を促進する過激派がサウジアラビアなどから入ってきた。その影響は大きく、政府閣僚が「マザー・テレサ(コソボ生まれのキリスト教徒)はイスラム教徒ではないから、地獄に落ちたのだろう」という発言をして、物議を醸したこともあった。

市内の目抜き通りを歩いても、礼拝用の数珠やヒジャーブなどを専門に売るムスリム色の濃い店舗が、以前よりも明らかに増えている。

(取材・文/木村元彦)

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