「法律論的に穴があるために巨大な訴訟リスクが発生しているのは大問題」と語る木村氏

賛成派は「日本に必要な法律だ」と主張し、反対派は「憲法違反の戦争法案だ」と主張する。

今国会で216時間以上もの審議を行なった安全保障関連法案は9月19日未明、参議院本会議で与党の自民、公明両党、野党の元気、次世代、改革3党などの賛成多数で可決・成立した。

しかし、法案成立後に共同通信が発表した世論調査では79%が「審議不十分」と回答。国民に法案への理解が広がったとは言い難い。

それでは、そもそも「憲法論」としてはどうなのか? 若き憲法学者・木村草太(きむら・そうた)が憲法学の観点から安保法制を批判したのが『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』だ。

―木村さんは今国会での安保法制の審議をどうご覧になりましたか。

木村 多くの方が感じていたと思いますが、政府側の真剣さが感じられませんでした。まず、「憲法違反である」という指摘に対して真正面から答えようとしていません。説明が足りないというより、そもそも首相自身が全体像や政策目標をわかっているようには思えませんでした。私ですら何度も「こう説明すればわかってもらえるのに」と安倍首相に振り付けをしてあげたくなったほどです(笑)。

―本書は明確に「集団的自衛権は違憲」という立場を打ち出していますね。

木村 そもそも憲法論的には「個別的自衛権も含めて武力行使は全部違憲」という立場と「集団的自衛権は限定なく全部合憲」という両極の立場があります。しかし、今回はこの「両極」の争いではありませんでした。この点をまずは強調しておきたいですね。

―どういうことでしょう?

木村 日本政府も安倍首相も「集団的自衛権が全部合憲というのは無理がある」という立場です。一方、これまでの解釈を維持しろという側も「個別的自衛権は認める」という解釈です。

つまり何が対立しているかというと、「どこまでが日本の自衛のための必要最小限度の措置と言えるのか」というところなんですね。政府の考え方は「自衛を名目にすれば国際法に違反しない限り何をやってもいいだろう」という説明です。しかし、この考え方には無理があります。

今回、政府は個別的自衛権、あるいは必要最小限度の集団的自衛権が許される根拠として、憲法13条を挙げました。確かに13条には「生命や自由、幸福追求に対する国民の権利を政府は最大限国政において尊重しなければならない」と書いてありますが、ここで保護されているのは「権利そのもの」であって「安心感」ではありません。

例えば、「隣の国に軍隊がある」という事実だけで不安になる人はいます。その時に「安心感を得るために外国を攻撃してもいい」ということになれば、どこまでも武力行使が拡大し得ることになってしまいます。

憲法でコントロールできない危険な状態

―本書では、「憲法73条には軍事権が規定されていない」という指摘もされていました。

木村 外国の場合には、集団的自衛権を含む軍事権について「責任者が誰なのか、どのような手続きでその判断をするか」がきちんと書いてあります。しかし、日本の場合はそもそも集団的自衛権を行使する前提がありません。武力行使は憲法9条で禁止されており、例外を認める規定もないからです。つまり、政府に軍事権は与えられていないと考えるのが普通です。

憲法論で言えば、現行憲法のまま集団的自衛権を行使した場合、誰の責任なのかがはっきりしません。例えば自衛隊が現場で暴走しても、その責任が内閣にあるとは憲法にも書いていないし、やってはいけないとも書いていない。どんな手続きを踏めばいいかもわからない。つまり、憲法でコントロールすることができなくなります。これはきちんと憲法を改正して集団的自衛権を行使できるようにするよりも、はるかに危険な状態にあるんです。

―しかし、もう法律は成立してしまいました。

木村 反対意見が強い法案でしたが、今後は「どこをどう直せばいいか」ということを緻密に考えていく段階だと思います。

今回の法案審議の段階では、10本の法案が1本にまとめられていたため個別に可決・否決ができませんでした。しかし、法案の修正は条文ごとにできます。今後は「全か無か」という戦いではなく、優先順位の高いところから緻密に是正していくことが有効だと思います。

今国会の最終盤では、政府も「存立危機事態条項を使うことはまずないだろう」という趣旨のことを言いだしました。

そもそも現代においては、集団的自衛権が行使されるケースは極めてまれです。幸いなことに、武力攻撃事態ではない存立危機事態の時には必ず国会承認を得るという付帯決議もされました。そのため実際に使われることになっても政府だけの判断では使えない状態になっています。是正していくための時間は十分にあると思います。

巨大な訴訟リスクも発生するのは大問題

―本書には、裁判所に違憲と判断されるリスクや損害賠償リスクにも言及がありました。

木村 多くの憲法学者が「違憲だ」と主張していることからもわかるように、仮に集団的自衛権でしか説明できない武力行使をした場合、何か訴訟が起きれば裁判所に違憲と言われる可能性が極めて高い法律です。

派遣中に違憲判決が出たら最悪です。自衛隊は危険な任務に就きながら帰ってこなければいけないし、関係国に迷惑をかけて日本の信頼も損ないます。法律論的に穴があるために巨大な訴訟リスクが発生しているのは大問題です。

賛成派の方にアドバイスしたいのは、まず自分たちの政策目標を明確にしていただきたいということ。その上で反対派とコミュニケーションを取っていく必要があるということを認識していただきたいですね。

―これで終わりにしてはいけないということですね。

木村 今国会の基本パターンとしては、野党が緻密に質問をして、中谷大臣が条文の通りに答えて、後ろから事務方が飛んでくるというものでした。つまり、条文に書いていない前提がたくさんあったということです。「核兵器運べるんですか」と聞かれたら「条文上はできます」。「海外で武力行使するんですか」と聞かれたら「存立危機事態であれば行きます」と答えるしかなかった。これは中谷さんが悪いのではなく条文が悪い。

この欠陥を賛成派、反対派ともに冷静かつ緻密に是正していくしかないと思います。

(取材・文/畠山理仁 撮影/藤木裕之)

●木村草太(きむら・そうた)1980年生まれ、神奈川県出身。東京大学法学部卒業、同大学法学政治学研究科助手を経て、現在、首都大学東京法学系准教授。専攻は憲法学。著書に『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『未完の憲法』(奥平康弘氏との共著、潮出版社)、『憲法学再入門』(西村裕一氏との共著、有斐閣)、『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、『憲法の条件』(大澤真幸氏との共著、NHK出版新書)などがある

■『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』 (晶文社 1300円+税)明らかに憲法違反であるにもかかわらず、強引な手法で可決・成立した安全保障関連法案。政権が暴走し、合理的な議論が困難になっている今こそ、憲法という枠組みによって権力者の行動を制限し、国民がしっかりと監視を続けることが大切である、と著者は訴える。最終章では、哲学者・國分功一郎氏との対話「哲学と憲法学で読み解く民主主義と立憲主義」も収録されている