週プレNEWS TOP 連載コラム "本"人襲撃 姜尚中が見た“現代の悪”の正体「生まれて初めて悪人は実際に存在すると確信する経験をした」

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姜尚中が見た“現代の悪”の正体「生まれて初めて悪人は実際に存在すると確信する経験をした」

[2015年10月13日]

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―もうひとつ伺いたいのは、この世の中に「絶対的な悪」や「絶対的な善」はそもそも存在するのだろうか?という点です。「善」も「悪」も、結局はその社会が「悪と見なすもの」や「善と見なすもの」であって、実は「相対的」なものではないのでしょうか?

姜 おそらく「この世には神様はいない」と考えると、そうなると思います。だから僕は80年代に「日本のポストモダン」みたいなものが出てきた時に、それに対して強い違和感がありました。それは、ひと言で言えば「相対化の時代」が始まったということだと感じたからです。

それ以前は、「絶対的」とは言わないまでも、社会がある程度共有できる、漠然とした「基準」のようなものがあった。

別に宗教を持ち出さなくても、例えば啓蒙(けいもう)主義にだって理性信仰があって、人々はごく普通に「やはり人間には理性というのがあるじゃないか」という感覚を共有することができた。

ところが、現代はそうした「相対化の時代」のさらに先を行っていて、「なんでもOK」の世の中になりつつあります。「これでもいい、もちろんあれもいい…」という世界では、何が本当に意味のあるものなのか、何を信じていいかもわからない。

―「善悪」も含めて、それまで漠然と共有できていた価値観や基準が失われた結果、人々が「自由」を持て余してしまったということですね。

姜 そうして、心に「空虚感」が生まれやすくなった時代に人々が「これだけは信じられる」というよりどころを求め、ついには「理屈抜き」で何かをひたすらに妄信しようとする。僕は、それが「原理主義」の正体なのではないかと考えています。

ですから、ISのようなイスラム原理主義はもちろん、「アーリア系人種だけで社会を構成すれば『純粋』で、それを汚濁させるユダヤ人は抹殺すべきだ」という考えを人々が妄信してしまった「ナチズム」も「原理主義」だと言っていい。

例えば今、理屈なんてどうでもいいという「反知性主義」と呼ばれるものが跋扈(ばっこ)していますが、それも同根です。「俺は日本人だから偉い」「俺は中国人だから偉い」「俺はイスラム教徒だから偉い」という主張に根拠はない。ただ単にそう信じたいから信じている。

善悪や価値が「相対化」され、「何を選んでもOK」という自由を与えられた人たちが、「人種」のように「自分では選べないもの」を最高の価値と信じることで、空虚な心を満たそうとしているのだと思います。


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