「エンディングノートに書き残すべきは『葬式には誰々を呼んでほしい』とか『棺には何々を一緒に入れてくれ』よりも資産状況に関わる情報です」と語る萩原栄幸氏

誰しもパソコンやスマホの中には他人に見られたくないデータがたくさん収納されているはずーー。

しかし、もし不慮の事態によってなんの準備もなく逝(い)くことになった場合、それらのデータはどうなるのか? 

遺族は遺品整理の一環で、きっとパソコンにも手を伸ばすだろう。想像するだけで「恥ずかしい」と感じるかもしれないが、実はそれは些末(さまつ)な問題にすぎない。“デジタル遺品”が孕(はら)む本当のリスク、そして生前整理の必要性を萩原栄幸氏に聞いた。

―ITセキュリティの問題を、終活に絡めて着目されるようになったきっかけはなんですか?

萩原 今から10年ほど前、私が三菱東京UFJ銀行で先端技術の研究室に籍を置いていた頃に、ある女性が相談に来たんです。「夫が急逝したが、残されたパソコンを立ち上げることもできず困っている」と。これは実は切実な問題で、人は突然亡くなると、資産状況が誰にもわからないままになってしまうケースが多々あるんです。

現在使用しているパソコンのパスワードを始め、ネットバンクや証券口座、さらにはSNSのアカウント情報に至るまで、そのまま放置していると、遺族が思いがけないトラブルに見舞われることもあります。ところが、世の中の9割の人がこうした生前整理には未対策といわれていますから、今後いっそうのトラブル増が予想されます。

―本の中では、実際に起きた恐ろしいトラブルの実例が複数紹介されています。単に隠していたエロ画像が見つかったら恥ずかしい、などというレベルの問題ではないわけですね。

萩原 私はパートナーに先立たれた女性にはこう話します。「エッチな画像なんて、大抵の男性は隠し持っているものですから、どうか大目に見てやってくださいね」と。ただ、写真フォルダを開いてみたら、知らない女性との旅行写真など現在進行形の不倫の証拠がわんさか出てきた…なんて話も珍しくありません。場合によっては当人の死後に、相手方(夫の不倫相手)との訴訟問題に発展するようなことだって現実に起きていますからね。

―恐ろしい泥沼劇ですね…。

萩原 不思議なもので、男性はそういった“見られてはマズい証拠”であっても、残しておきたがる傾向がありますから、尚更この手のトラブルは尽きません。

消去データもハード内には残っている

―やましいものは日頃から小まめに消しておくのがよさそうですね。

萩原 気をつけてほしい点があります。データというのは実は、ごみ箱に捨てて、そのごみ箱を空にして完全消去したつもりでいても、見えなくなっているだけでハードディスク内には残っています。特殊なツールを使えば、割と簡単に復元できてしまう。実際、女性の友人からデジカメのSDカードを借りて、女性が消去したはずの写真を復元するという悪質なケースも報告されています。

恋人とベッドで撮った写真や、20歳の記念に自撮りしたヌード写真がそうしたルートからネット上に拡散してしまった例もあります。データを完全に消去するためのソフトを用いるなど、なんらかの対策が必要でしょう。

―また、故人がブログを開設していた場合、これも放置すると思わぬリスクを招くことがあると警鐘を鳴らされています。

萩原 最近は年輩の方の中にも、趣味でブログを書いている人は少なくありません。証券口座などに比べると軽視されがちですが、気づかないうちにアカウントを乗っ取られ、悪質なアフィリエイトの窓口となり、読者に迷惑をかけしまうケースもあります。対策の一例としては、遺族名義で本人逝去の報告を書き込み、一定期間を経た後にアカウントを閉鎖するなどの措置が必要でしょう。これはフェイスブックやツイッターなどのSNSも同様ですね。

―しかし、IDやパスワードを当人しか知らない場合、遺族はどうすればいいでしょうか。

萩原 それまでの生活の中から、家族として類推できるものをひと通り試して自力でパスワードを探り当てられれば理想的ですが、それが無理なら専門業者や弁護士に依頼して、正規に手続きを踏むなどするべきでしょう。しかし、後者の手段は少なからずコストがかかります。だからこそ、そういう事態に陥らないためにも、最近よくいわれる「エンディングノート」を今のうちからつけておくことが大切なんですよ。

―しかし、若い世代にとっては、なかなかエンディングノートの必要性が実感できません。

萩原 エンディングノートというネーミングがよくないのだと思います。これはすなわち“資産管理帳”であるということを理解してください。特に既婚の方は、自分の死後に必要になるであろうパスワードや資産関係の情報を明確に記しておくべき。有料サイトの会費などがいつまでも引き落とされ続ける状態で逝くのは、その後の遺族の資産を食い潰(つぶ)すことと同じことです。

エンディングノートに書き残すべきは、「葬式には誰々を呼んでほしい」とか「棺(ひつぎ)には何々を一緒に入れてくれ」といったことよりも資産状況に関わる情報です。例えば、家族の知らないところでFXや先物取引などに手を出していた場合、知らずに放置していると莫大(ばくだい)な損失を被ることだってあり得ます。

『僕が死んだら…』というフリーソフト

―逆に、残された側になった場合は、そういったリスクに備えて故人のパソコンをチェックすることは急務なわけですね。

萩原 そうですね。クレジットカードの明細や銀行口座を見れば、毎月どのような引き落としがあるか、ある程度つかむことができますし、メールの受信ボックスを見れば取引の履歴もわかるはずです。本人のプライバシーに関わるからと、メールを丸ごと削除してしまうようなことは絶対に避けるべきでしょう。

―やはり見られたくないものは、消しておいたほうがよさそうですね。

萩原 そこで最後に私のオススメは、『僕が死んだら…』というフリーソフト。このソフトのアイコンをデスクトップ上に置いておけば、遺族は遺言が入っていると思ってダブルクリックするでしょう。すると、確かに遺言書は表示されますが、裏であらかじめ設定しておいた“見られたくないファイル”がすべて自動的に消去されるんです。万一の時も少しは安心できるのでは?

●萩原栄幸(はぎわら・えいこ)1956年生まれ。日本セキュリティ・マネジメント学会常任理事、「先端技術・情報犯罪とセキュリティ研究会」主査。社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会技術顧問、CFE公認不正検査士。旧通産省の情報処理技術者試験の最難関である「特種」に最年少(当時)で合格。2008年6月まで三菱東京UFJ銀行に勤務し、実験室「テクノ巣」の責任者を務める。また、現在は終活カウンセラーとしても活動中

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