「一般市民も、中東で起きていることの意味や深い背景を正しく理解し、考える必要がある」と語るマックニール氏

パリ同時多発テロの後、アメリカでもIS(イスラム国)を信奉する者によるテロが起こった。

アメリカを中心とした反シリアの「有志連合」とシリア政府を支援するロシアの思惑が入り乱れながら、「ISとの戦争」を巡る中東情勢は混迷の度合いを深めている。

欧米諸国のシリア空爆は本当に「テロとの戦い」の解決策となり得るのか? そもそも、この混乱を招いた原因はなんなのか? そして日本は今後、「テロとの戦い」にどう向き合うべきなのか?

「週プレ外国人記者クラブ」第13回は、イギリスの「エコノミスト」紙や「インディペンデント」紙などに寄稿するデイビッド・マックニール氏に話を聞いた。

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―11月13日のパリ同時多発テロ以来、イスラム国に対する欧米各国の対応は大きく変わりつつあります。シリアへの空爆の是非について様々な意見があったイギリスも、結局は空爆開始に踏み切ったわけですが、この状況をどう見ていますか?

マックニール フランスで起きたテロ発生後の報道を見ていると、テロの原因はフランスに住むイスラム教徒たちが被る差別的な待遇や、イスラムと西欧の文化的な違いなどばかりがフォーカスされている気がします。しかし、この問題の本質はもっと根深いところにあるということを理解する必要があると考えています。

そもそも、アメリカやイギリスを含めた西欧諸国はイラク戦争などを通じ、過去20年以上にわたりこの地域を爆撃し続けてきたという事実があり、その結果として生じた混乱を全く解決できていない。それどころか、食糧援助を含めた国連の人道支援プログラムすら、紛争の激化と資金不足で深刻な危機に瀕(ひん)しているというのが実状です。

また「ISとの戦い」として西欧諸国が行なっている「爆撃」が、現実には何を意味しているのか…ということもきちんと理解する必要があるでしょう。実際に爆撃されている場所にはISと共に多くの一般市民が暮らしていて、そうした罪もない人たちや彼らの家族の命が「テロとの戦い」のコラテラルダメージ(付随的被害)の名の下、爆撃によって日々失われている。その数は「テロの被害者」を上回っているはずです。そうした現実を大手メディアはあまり報じませんが、ツイッター等のSNSを通じて現地の情報が日々発信され、拡散されています。

―では、イギリスはなぜシリアへの空爆に踏み切ったのでしょう?

マックニール 約2年前、アメリカがイギリスにシリアへの武力行使を迫った時、イギリスの議会は武力行使に前向きだったキャメロン首相の提案を否決しました。ところが、今回は議会が認めてしまった…。

従来、空爆には消極的だった労働党の一部からも空爆を支持する動きがありました。その背景には、今回のテロを受けて「ともかく、IS問題をこのままにしておくわけにはいかない」という意識が働いたのではないかと思います。

もちろん、私もISが恐ろしい組織だということは否定しません。しかし、本当にこの問題を解決したいのなら爆撃を続けるだけでなく、この状況を引き起こした問題の本質を理解しながら、より本質的なアプローチを取る必要があるはずです。

イギリスがシリア空爆に踏み切った背景

―シリアへの空爆を始めたことによって、イギリス国内でもイスラム過激派によるテロが起こるリスクも高まるのでしょうか?

マックニール そう思います。イギリスは2005年にロンドンでの同時多発テロを経験しています。それでも、これまでパキスタンなどからのイスラム系移民との社会的な統合に関して、比較的うまくやってきたという歴史があります。フランスの移民政策のように文化的な「同化」を強(し)いるのではなく、イスラムの独自性を認める方向でイギリス社会の中に取り込んできたからです。

しかし今回、シリアへの空爆に踏み切ったことで、そうした状況が悪化することは間違いありません。今後はイギリス国内でテロがおきる可能性が高まるでしょう。

―先日、フランスの特派員の方にお話を聞いた時、「フランスはイギリスよりもイスラム系移民との統合を積極的に進めてきた歴史がある」とおっしゃっていたのと対照的な見解で興味深いですね。ところで、「ISとの戦い」が国際社会にとって大きな課題となっている今、自ら爆撃は行なわないにしても、日本も将来、「後方支援」などの面で有志連合に参加するべきでしょうか?

マックニール 日本についていえば、少なくとも一連の「軍事行動」からは距離を置くべきだと思います。もちろん、日本も先進国の一員としてこの問題の解決に一定の責任と関与が求められていると思いますが、少なくとも有志連合の一員として軍事面で関わるのは得策ではない。仮にそれがロジスティックスなどの後方支援であっても、有志連合の一員と見なされた時点で、日本もまた「テロの標的」となる覚悟をしなければなりません。

―「問題の本質を掘り下げて考えなければ、解決は難しい」とのことですが、シリア・イラクの混乱をはじめ中東地域が長く抱えている問題を掘り下げて正面から向かい合うことは、かつてこの地域を植民地支配していた「欧米諸国」が過去100年以上にわたって行なってきた「悪」の歴史、そしてそれに対する責任と正面から向き合うことを意味するような気がします。空爆を繰り返す欧米諸国にそのようなことが可能でしょうか?

マックニール おそらく、政府レベルでは簡単ではないでしょう…。しかし、イギリスでも多くの人たちはかつて自分たちの国が中東諸国にヒドいことをしてきたという歴史を自覚していますし、それが今、起きていることと繋がっているということもある程度理解していると思います。

ですから、あのイラク戦争の時もイギリス政府はアメリカと共に参戦することを選びましたが、世論調査などを見ても、一般の市民の多数派はあの戦争に加わることに反対だった…。今夏、安保法制を巡る議論で日本がそうだったように必ずしも政府の方針と市民の望む方向性は同じではないのです。

だからこそ、できるだけ多くの一般市民が今、中東で起きていることの意味や深い背景を正しく理解し、考える必要があると思います。そうした努力を怠(おこた)ったままで空爆を続けても、一時的な成果はあるかしれませんが、決して問題の根本は解決しません。それどころか、憎悪の連鎖という悪循環を生んでしまう可能性すらあるのですから…。

●デイビッド・マックニールアイルランド出身。東京大学大学院に留学した後、2000年に再来日し、英紙「エコノミスト」や「インディペンデント」に寄稿している

(取材・文/川喜田 研)