「反日感情の要因は植民地支配に関わる問題がすべて。それ以外の部分で韓国人は日本という国や日本人を好ましく思っています」と語る金恵京氏(撮影/細野晋司)

日韓国交正常化50周年という節目を迎えた2015年、両国の関係は好転したのか、悪化したのか? 

週プレ外国人記者クラブ第14回は、朝日新聞「WEBRONZA」に寄稿する他、様々なメディアで活躍する韓国・ソウル出身の国際法学者、金恵京(キム・ヘギョン)氏に、2015年の日韓関係を振り返ってもらった。

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─2015年は戦後70年、そして日韓国交正常化50周年という節目の年でした。ここ数年は竹島/独島の領有権問題、従軍慰安婦の問題などでギクシャクすることの多い日韓関係ですが、この1年をどのように総括しますか?

 私が韓国の高校卒業後、初めて日本に来たのは1990年代のことです。20年近い時間が流れましたが、その間の日本の変化を皮膚感覚で実感しています。どのような変化かというと、90年代には、歴史認識などの点で韓国とは相容れない部分はあったとしても、右であれ左であれ、一定の知識や経験が存在し、世論が一方に振れ過ぎることはなかったと思います。それが、日韓関係が悪化したと言われるここ数年は、日本人の中にも韓国に対して安易な方向に認識が流れやすくなったと感じます。

もちろん、歴史に真摯に向き合うリベラルな人は日韓問わず存在していますが、韓国でも植民地時代の記憶から日本への好意を持てない人がいます。そうした中での大きな問題は、両国のメディアが相手国のニュースを取り上げる時に、一部の極端な人たちの言動をフォーカスすることが多くなっている点です。

実際には、どちらの国にも日韓関係を良くしたい、もっと仲良くしたいと考えている人が多数を占めているのに、それぞれの国のメディアが取り上げるのは、目立ちやすい嫌韓/反日の話題ばかりなのです。さらに、こういった報道が一種の“公式”を持つようになってきていると思います。

“公式”の形としては、日本のTV報道で「韓国国内における反日感情の高まり」といったテーマを取り上げる時に、現在ではなく過去の映像を繰り返し使うケースが挙げられます。日本大使館の前で日本の国旗を燃やす人の映像や、3年近く前の朴槿恵(パク・クネ)大統領の発言などです。

日本のメディアとしては「感情的な韓国人/冷静な日本人」という図式で放送したいのかもしれません。ただ、実際には日本の中にもヘイト・スピーチや政治家の感情的な発言など、理性的とは言えないものもあります。そして、日本のメディアはそれらの言動よりも韓国での反日的な側面のほうに放送時間を多く割きます。一方で、韓国メディアも日本の目立った動きをフォーカスして取り上げてしまいます。

こういった報道によって、お互いにネガティブなイメージが定着していくことは非常に危険な状況だと思います。ただ、日韓関係の悪化が言われるようになったここ3年間を見れば、2015年は「やや落ち着きを取り戻した」という印象を私は持っています。

世界遺産登録をめぐる悲しい状況

─具体的に、その要因は?

 8月14日に発表された「首相談話」が大きかったと思います。韓国側が何を評価したかといえば、従軍慰安婦の問題に言及した点です。従軍慰安婦という単語は用いられませんでしたが、「私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます」と言ったのです。

従軍慰安婦問題は「アジア諸国への反省とお詫び」を明言した1995年の村山談話でも触れられることのなかった議題です。韓国は女性を男性が守るべきという儒教文化が根付いた国ですから、「自国の女性を守れなかった」という点で大きな悔いがあります。そのため、慰安婦問題を金銭的な部分ではなく、元慰安婦らの名誉を回復させるなど根本的な部分から解決しなければならないという思いが強いのです。そうした思いをもった韓国人にとって、従軍慰安婦問題に初めて言及した首相談話は評価されたのです。

─従軍慰安婦問題に関しては、過去に橋下徹前大阪市長やNHKの籾井勝人会長が「どこの国でもやっていたこと」といった主旨の発言をして物議を醸(かも)したこともあります。同様の考え方、さらには「従軍慰安婦問題はなかった」と考える日本人がいるのも事実です。歴史認識の問題を考える時、これは日韓の間に横たわる懸案事項であると同時に、日本国内の問題でもあると感じます。

いわゆる“自虐史観”と、戦前・戦中の日本の行為を肯定するような“極右史観”の二極化が顕著で、原発をめぐる推進派と反対派、憲法をめぐる改憲派と護憲派のように日本人同士でも議論にすらならない傾向があります。

 2015年の日韓関係を振り返っても、7月に世界遺産への登録が決定した「明治日本の産業革命遺産」をめぐる問題がありました。製鉄・造船・炭鉱などの産業拠点の世界遺産への登録を日本側が申請したことに対して、韓国側は「それらの産業拠点で戦時中、朝鮮半島出身者の強制労働が行なわれていたことを明らかにすべき」という意見を述べたのですが、これに対して日本のメディアの多くが韓国に批判的な報道をしました。

それが建設的な批判であれば、日本であれ、韓国であれ問題ではありません。ただ、その批判が相手を貶(おとし)めることが目的だったり、問題自体がなかったと主張するのが目的ならば、これまで両国の関係者が積み上げてきた努力を無にしてしまうことを理解すべきです。意見が異なっていたとしても、相手の主張や先人への尊重は欠かせないものです。

この世界遺産登録問題の過程で、日本の佐藤地(くに)ユネスコ大使が「1940年代に一部の施設で大勢の朝鮮半島の人々などが意に反して厳しい環境下で労働を強いられた」という発言をしていますが、この発言に対して日本国内から批判が向けられたことは、日本の中での歴史認識の二極化を象徴していると思います。

最初に述べたように、極端で不寛容な姿勢が勢いを増す状況は韓国国内でも起きています。今年の7月には朴槿恵大統領の妹・朴槿令(パク・クンリョン)氏が「韓国が日本に謝罪を要求し続けるのは不当」といった主旨の発言をして、これに対して韓国国内から強い批判が起きました。佐藤ユネスコ大使や朴槿令氏のように、互いに歩み寄ろうという姿勢を示す人物の言動に対して、それぞれの自国内から批判が起きる状況は本当に悲しいことです。

植民地支配の事実を知らない学生が多い

─韓国人の反日感情には、韓国の歴史教育が少なからず影響しているはずです。この点は日本でも繰り返し、問題視されています。一方、日本でここ数年、急速に拡散している“極右的史観”の背景には、日本の歴史教育が近代史に触れていないことの影響が考えられます。

学校の歴史の授業は「明治維新まで」で終わってしまう。日本人の立場として、韓国の歴史教育に問題がないとは言いません。しかし、教育を受けた人間が左寄りの考えを持つか右寄りになるかといった判断材料となる歴史の事実を、そもそも「教えない」という日本の現状はさらに深刻だと思います。

 世界遺産の登録の時に問題となった強制労働あるいは強制徴用については、実は日本でも全ての中学校の歴史教科書に明記されています。しかし、授業では十分に取り上げられていないのか、しっかりと学ばれていません。

私が現在、日本の大学で持っている授業でも、履修している学生の中に日本がかつて韓国を植民地支配していたという事実を知らない人が多いことに驚かされます。もちろん、日本では「韓国併合は植民地支配ではない」という認識がありますが、併合でも植民地支配でも、韓国人の民族自治の権利を日本が奪っていた時代があったことすら認識していないのです。

実は、韓国人の中にある反日感情の要因は、植民地支配に関わる問題がすべてと言えます。それ以外の部分、例えば日常の習慣、態度や文化などの面で、韓国人は日本という国や日本人を好ましく思っています。

であるからこそ、日本にはその時代に対する認識や知識を深めてもらいたいのです。事実を踏まえ、先人の努力を尊重する姿勢を教育の中で身に付けることが、将来的に両国を繋いでいくと思います。そして、それこそがよく言われる“未来志向の関係”なのではないでしょうか。

*編集部註:このインタビュー取材後、日韓両政府が慰安婦問題の解決で合意に至ったことが発表されました。

●金恵京(キム・ヘギョン)国際法学者。韓国・ソウル出身。高校卒業後、日本に留学。明治大学卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で博士号を取得。ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学韓国研究センター客員教授、明治大学法学部助教を経て、2015年から日本大学総合科学研究所准教授

●『柔らかな海峡―日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル 1500円+税)朝日新聞「WEBRONZA」での好評連載に書き下ろしを加えた全23編の評論、姜尚中氏と日韓関係の未来像を語る対談を収録

(取材・文/田中茂朗)