韓国・日本大使館前(ソウル)に建てられた慰安婦を表す少女像。“日韓合意”を受け、1月6日にはその周辺で大規模な抗議デモが行なわれた

昨年12月28日、日韓両政府が慰安婦問題で合意した――。

ソウルで会談した岸田外相と韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相は共同記者会見を実施。両氏は慰安婦問題について「最終的かつ不可逆的に解決」「国際社会で互いに非難することは控える」と強調した。

これを受けて、韓国・ソウルにある日本大使館前では合意破棄を求める反対集会が継続的に実施されている。1月6日に行なわれた大規模な反対集会では「安倍首相はココ(慰安婦を表す少女像前)に来て謝罪せよ!」「カネで解決しようとするなんて許せない!」などとシュプレヒコールが飛び交い、その模様は前編記事「最終解決にはほど遠い?両国の温度差」で詳しくリポートした。

だが、こうした声は韓国の民意の一部に過ぎないようだ。『よくわかる慰安婦問題』の著者で、東京基督教大学教授の西岡力(つとむ)氏が語る。

「日本大使館前の反対集会は、韓国の市民団体『韓国挺身(ていしん)隊問題対策協議』が1992年から毎週水曜日に実施している日本政府への『水曜デモ』で、1月6日の集会もそうでした。警察発表では600人程度が集まったとのこと。日本の反安保デモと比べれば少なく、個人的には“一部の人が盛り上がっているだけ”という印象です」

日韓合意後の年始には韓国・ソウルに滞在していたという西岡氏。

「日韓合意後から抗議デモが過熱化していると報道されていますが、私が日本大使館前に行った1月4日には、地元の学生8人ほどが座り込んでいた程度。そのそばには引率者の先生もいました。彼らの座り込みは“教育の一環”なのかもしれません」

そして慰安婦問題について、女子学生のひとりにこんな説明をされたのだという。

「『戦時中、20万人が強制連行されて性奴隷となり、うち18万人が旧日本軍に虐殺されました』と。それは誤った解釈で、実際にはそんな歴史的事実は証明されていませんが、彼女たちはそう信じ込んで少女像前に座り込んでいるのです。1月6日の『水曜デモ』参加者も同じ認識で抗議している人が少なくありません」

その一方、韓国国内では日韓合意を好意的に報じるメディアもあり、保守層を中心に「安倍首相が直接、朴槿恵(パククネ)大統領に侘(わ)びたのだから、日本の謝罪を受け入れるべき」(保守系団体『母親部隊奉仕団』)といった声も広がっている。西岡氏によれば、国民レベルでも日韓合意を歓迎する人が少なくないようで…、

「ソウル市内のあるタクシー運転手は、抗議活動を横目にしながら、『日本人観光客が増えますから日韓合意してよかったです。日本人は非常に親切で礼儀正しく、人に迷惑をかけない文化を持っている。我々はもっと見習うべきなんですよ』と言っていました」

朴大統領が恐れるふたつの不安要素

1月6日、日韓“慰安婦”合意の破棄を求めてソウルにある日本大使館前に600~700人が集まり、大規模な反対集会が行われた

韓国世論を二分した慰安婦問題の日韓合意。長年の懸案だったにも関わらず、昨年末に突如、合意に至った背景について西岡氏はこう見ている。

「今回の日韓合意は、日本政府よりも韓国・朴政権の必要性の方が大きかった。朴政権は自国が抱えるふたつの不安を解消するために日本側に譲歩したと見るべきです」

西岡氏が指摘するふたつの不安。そのひとつめが、水爆実験を成功させたと世界に喧伝し波紋を呼んでいる北朝鮮に対する“安全保障上の不安”だ。

「北朝鮮は核武装をほぼ完成させる一方、影響力のある大物要人の亡命が相次ぎ、不安定さが増しています。その点を踏まえ、昨年8月に朴大統領は『2016年にも(北朝鮮が崩壊して)統一がくるかもしれない』と口にしています。

その一方で、昨年からハワイのアメリカ太平洋軍司令部が北朝鮮有事に備えて作戦計画の再整備に取りかかっているという情報もあり、アメリカは米日韓“三国同盟”強化に向けて、日韓関係の改善を求めていました。

北朝鮮との間で軍事的な緊張が高まりつつある中、韓国からすれば、安全保障上の危機管理として慰安婦問題で日本に譲歩する必要があったというわけです」

そして、朴政権に合意を踏み切らせたふたつめの不安は“経済問題”。

「今年1月4日、朴大統領が『10年後、韓国は何で食べていくのか…考えるたびに恐ろしい気持ちになる』と発言しました。元々、外資&輸出依存の韓国は脆(ぜい)弱な経済体質。特に最近はアベノミクスによる円安・ウォン高を背景に韓国製品の価格競争力はかなり落ちており、一方では内需、外需とも安価な中国製品に押され、LG、サムスンなど韓国経済を支える大企業の業績は軒並み低迷しているのが実情です。

そんな中で囁(ささや)かれているのが、08年に韓国通貨・ウォンが大暴落した金融危機の再来。韓国経済は外資依存で、しかも逃げ足の速い海外からの短期的な借入れで賄(まかな)われているため、経済が縮小すると一気に外資が引き、金融危機に陥りやすいのです。

ところが、昨年に『日韓通貨スワップ協定』は終了しました。通貨危機時に両国の中央銀行が通貨を融通しあうための協定ですが、日韓関係の悪化を背景に日本側からこの協定を打ち切ったのです。つまり、金融危機のリスクが高まる韓国からすれば、通貨スワップという“救いの手”を取り戻しておく必要もあった

『考えるたびに恐ろしくなる』ほど自国経済を憂う朴政権にとって、慰安婦問題で譲歩してでも韓日関係を改善しておく“経済的必要性”があったというわけです」

日韓合意が日本にもたらすプラスの効果

では、今回の日韓合意が日本にもたらすプラスの効果とは?

「2017年12月に予定されている韓国大統領選挙で野党候補が勝つようなことがあれば、『日韓合意は無効』とまた蒸し返される恐れもありますが、残り約2年間の朴大統領の任期中は日韓首脳会談も予定されています。今回の合意で政府間のコミュニケーションが取りやすい関係になりましたから、安保協力や経済問題はもちろん、最大の懸案である北朝鮮の拉致問題でも韓国から協力を得られる可能性が生まれたといっていいでしょう。

一方、日本にとっての慰安婦問題の解決は、韓国の一方的な主張によって傷つけられた日本の名誉を回復することにあります。それこそ、韓国政府の“告げ口外交”によって、『旧日本軍が権力によって20万人を性奴隷に…』といった虚偽の事実を海外に広められ、それによって『日本人の先祖は強姦魔だったのか!?』なんて国際社会では言われているわけです。今後は、この誤った認識を正すことこそ安倍政権が絶対避けてはならない重大課題といえるでしょう」

(取材・文/興山英雄、撮影/冨田きよむ)