昨年の東京モーターショーで初公開された「ニッサンIDSコンセプト」。日産が誇るEV技術と自動運転を融合した骨太なコンセプトカーで、すべてが開発中の技術に裏づけられる。コンセプトカーだが、実際に動く!

今年から2020年に向けて、段階的な自動運転者の市場投入を掲げる日産自動車。同社が見つめる自動運転車の未来像はどんなものなのか?

そこで、昨秋の東京モーターショーで公開された自動運転のコンセプトカー「ニッサンIDSコンセプト」を徹底解剖。開発陣のふたりにたっぷり話を聞いた!

●自動運転への取り組みは大マジ!

昨秋の東京モーターショーでお披露目された、ニッサンIDSコンセプト(以下、IDS)。

これは「ニッサン・インテリジェント・ドライビング」という日産の自動運転コンセプトを具現化したクルマだ。サイズは同社が現在販売中のリーフと同等の5ドアで、もちろん電気自動車(EV)である。そして「これこそが次期リーフ!?」と色めき立ったメディアも少なくなかった。なぜならIDSは最新型リーフの2倍をうたう新世代リチウムイオン電池もアピールしていたからだ。

だが、IDSの本当のハイライトは、もうひとつ掲げられていた「自動運転」というキーワードのほうだ。クルマの自動運転は、昨年10月に「2020年をめどに自動運転のための法整備を目指す」と日本政府が発表してから、がぜん注目を集め始めた印象だ。この時期から国内の公道上で自動運転の実証実験が表立って行なわれるようになり、日産、トヨタ、ホンダは自動運転のデモ走行を公開。全国ネットのニュース番組や全国紙も、こぞって自動運転のネタを取り上げた。

そんななかで、まるで狙い澄ましたかのように登場したのがIDSである。東京モーターショーで、メインのコンセプトカーに「自動運転」を仕込んだ国産メーカーは日産だけだった。

「IDSは数年前から温めていたコンセプトで、東京モーターショーに向けて皆さまにお見せできる形に具現化させました」と語るのは、IDSの技術コンセプトを取りまとめた日産の寸田剛司氏。つまり、IDSは周到な準備のもとに登場したコンセプトカーなのだ。

(左)車内が明るいガラスルーフとエコに欠かせない空力処理を融合したデザインもニッサンIDSコンセプトの特徴のひとつ。(右)必要な位置に必要な情報をウインドウ全体に映すヘッドアップディスプレイは、マニュアル運転時の安全確保に有用だ

また、日産はIDS公開よりも2年以上前、13年8月に、「自動運転の取り組み」というプレスリリースを発表している。カルロス・ゴーン社長はこのときすでに「2020年までに自動運転を市場投入する」と高らかに宣言。さらに、同時期に開催された「日産360」というイベントでは世界各国のメディアや株主に、自動運転の試作車(ベースはリーフ)を体験試乗させている。自動車メーカーが本格的な自動運転車を社外の人間に実体験させたのは、これが世界初だったと思われる。

こうしたことからも専門家筋では、日産は米グーグル社や独ダイムラー社と並んで、自動運転でトップを走っているとの呼び声が高い。「自動運転? 一応はウチもかじっているし、夢を見る気持ちはわかるけど、現実にはムリっしょ」という態度のメーカーも少なくないなか、日産はマジもマジ、大マジなのである!

目からウロコのふたつの技術!

ここでIDSの話に戻ると、このクルマには通常の手動運転(マニュアルドライブ=MDモード)と、自動運転の「パイロットドライブ(PD)モード」が用意されている。PDモードではステアリングとペダルが格納されて、大型ディスプレイが顔を出す。そして、真っすぐ前方を向いていたシートが左右から寄り添うように斜めに向くように動くのだ。

ドライバーが運転するマニュアル運転(MD)モード。飛行機の操縦桿(かん)みたいなハンドル(右写真)は完全電子制御の「ステアbyワイヤ」が前提だが、同種の技術は日産スカイラインで実用化済み!

各シートが内側に傾(かたむ)いて、ハンドルもペダルもなくなる完全自動運転(PD【パイロットドライブ】)モード! モニター(右写真)越しに車と友達みたいに対話……と、まるでSF映画だが、日産はマジだ!!

ステアリングとペダルが格納されるということは、すなわち緊急時でも人間にゲタを預けない「完全自動運転」ということ。それは確かに究極の理想だ。ただし現実の世界では、自動運転車は普通のクルマとの混走状態からスタートせざるを得ない。クルマづくりではド素人のグーグル(失礼!)ならともかく、クルマの運転の難しさも事故のリスクも知り尽くした自動車メーカーの日産が、完全自動運転の時代が本当に来ると考えているのだろうか?

「自動運転の最終的なゴールはそこ(完全自動運転)にあります。人間を運転のタスクから解放して、走行中に新聞を読んだり、ネットや映画を楽しんだり、仕事をしたり……。このようなことが可能となれば自動車での移動の時間は生まれ変わるでしょう。IDSはそういう時代を皆さまがより身近に感じられることを狙って開発したのです」(寸田氏)

ではなぜシートまで動くのか?

「運転タスクがなくなれば、クルマの室内は間違いなく変わります。今のクルマは人間が運転しなくてはなりませんから、運転席は必ず前を向いていて、ステアリングとペダルがなければなりません。その運転席が動かせない限り、クルマの室内は変わりようがない。でも、自動運転ならクルマの室内を大きく変えることができるのです。それをIDSで表現しました」(寸田氏)

また、IDSを外側から見たとき、注目しないわけにはいかないのが「インテンション・インジケーター」と「外向きディスプレ」である。インテンション・インジケーターは、簡単に言うとボディに装着されたLED。周囲に人がいることを検知すると、LEDがまず青く光り、白く点滅して、「安心してください、あなたのことは見えてます」というメッセージを発する。そして外向きディスプレイはその名のとおり、車外に向けて「おさきにどうぞ」など、さらに具体的な意思表示をする。

(左)インテンション・インジケーター。「安心してください、見えてますよ」といった意思表示を、ボディに装着したLEDの光でアピール。確かに、自動運転車が何も意思表示をせずに走るのは気持ち悪い。(右)外向きでディスプレイ。主に歩行者に対してメッセージを出す。自動運転車と歩行者の「お見合い」による交通停滞を防ぐという自動運転車のリアルな課題に日産は取り組む

これを見て目からウロコが落ちる思いだったのは、週プレだけではなかったはずだ。自動運転車が何食わぬ顔で街を走る事態を想像すると、最初は気持ち悪さが先に立ってしまう。近づいてくるのが自動運転車とわかった瞬間に、その場から逃げたくなるかもしれない。しかし、IDSはそうした課題に真正面から取り組んでいる。

「自動運転では、普段ドライバーがやっている周囲とのアイコンタクトや、あうんの呼吸のようなことができなくなるので、それをクルマが肩代わりする必要があります。現実には、すべてのクルマが一斉に自動運転に切り替わることはなく、普通のクルマと自動運転車が混在する時代が長く続くでしょうから。

そう考えると、周囲とのコミュニケーションが必要になるというのは、早い段階から気づいていました」(寸田氏)

日産自動運転の先端技術の集合体

一方で、「いやあ、外向きディスプレイのデザインは、まだまだ工夫が必要だと思います」と笑うのは、IDSを含む日産の自動運転開発のリーダーである飯島徹也氏だ。

「歩行者や障害物にぶつからない技術がなければ、そもそも自動運転は始まりませんが、ぶつからないだけではダメなんです。例えば、歩行者を検知したクルマが止まり、同時に歩行者も立ち止まり、そのままお見合い状態になってしまっていたら、自動運転は実際には使いものになりません。交通を円滑にするためには、自動運転車が外とコミュニケーションする技術が必要です」(飯島氏)

IDSにはまたもうひとつ、「目からウロコ」の技術が入っている。クルマに搭載されたAI(人工知能)が、手動運転のMDモード時のドライバーのクセや好みを学習する機能である。具体的にはアクセルの踏み方やステアリングの切り方、そしてブレーキをかけるタイミングなどを学習して、それを自動運転のPDモード時に反映させるのだ。

「自動運転車に乗っていただくとわかるのですが、自分の感覚と違う走り方をされると、けっこう怖いとか気持ち悪いと感じるときがあります。例えば、普通のクルマでも助手席に乗っていて、『えっ、まだブレーキを踏まないの?』とか、逆に『もうブレーキを踏んじゃうの?』と感じてしまうことってありません? ドライバーがブレーキを踏むタイミングをきちんと調べると、すごく個人差があるんですよ。ブレーキのタイミングが一番早い人と遅い人を比較すると、約3秒も差がありました。自分と3秒も違ったら、それは怖いですよね。

また、人によって、きびきびした走りをする人もいればゆったりとした運転スタイルの方もいます。自動運転のときにそうした自分のいつもの運転スタイルに合わせてくれると、気持ちよく乗ることができると思います」(寸田氏)

実は、日産の自動運転研究の歴史は13年よりさらにさかのぼる。前出の飯島氏は、01年発売の4代目シーマに搭載された世界初の「レーンキープサポートシステム(車線逸脱防止支援システム)」の開発メンバーのひとりであり、自動運転につながるこうした技術開発に、1990年代半ばから20年近くもずっと関わっている。

一方、IDSを取りまとめた寸田氏が自動運転に本格的に関わり始めたのは、約2年前。これは、ゴーン社長が世界に「2020年までの実用化」を宣言した年でもある。寸田氏はヒューマン・マシン・インターフェースのエキスパートであり、以前は飛行機のコックピットの研究に携わっていた経緯がある。この経歴を買われ、2年前に自動運転の開発に引っ張られたのだ。

これは、自動運転の機能を模索する段階から寸田氏をメンバーとすることで、自動運転の中核となるヒューマン・マシン・インターフェースの開発も本格的に着手し、自動運転の実用化にまた一歩近づいたといえる。

「今回IDSでお見せした技術は、どれも日産の自動運転のコンセプトを実現する先端技術の集合体です。このクルマで皆さまに、来るべき素晴らしい自動運転の時代を感じていただけたのではないでしょうか」(寸田氏)

日産は今年中に「渋滞した高速道路での自動運転」を、続いて18年には「高速道路での危険回避や車線変更を行なう複数シーンでの自動運転」を、そして20年までに「ドライバーの操作介入なしに、十字路や交差点を横断できる自動運転」を市場投入すると公表した。これは、自動運転をアベノミクスの目玉のひとつとする政府が掲げるロードマップにピタリと一致する。

対して、日産以外の自動車メーカーでは、トヨタが「2020年頃に高速道路の料金所から料金所までの自動運転の実用化を目指す」としているだけで、ほかのメーカーはまだ自動運転の実用化に言及していない。

「日本の自動運転政策は、まるで日産のためじゃないですか!?」と水を向けると、飯島氏はニヤリと……。

■この後編は、発売中の『週刊プレイボーイ』5号にて掲載中!

●飯島徹也(いいじま・てつや) 1990年代から一貫して電子制御技術のエンジニアとして取り組む。現在、世界トップレベルと思われる日産の自動運転戦略のキーマン

●寸田剛司(すんだ・たけし) もとは人間工学やインターフェースのスペシャリストだが、約2年前から自動運転の担当に。ニッサンIDSコンセプトのまとめ役

(取材・文/佐野弘宗)