パフォーマンススキル、ワンボーカルのカリスマ性に注目が集まっている、大阪☆春夏秋冬・MAINAちゃん

お待たせしました! 2016年、「週プレNEWS」が今年“大注目する期待のアイドル”インタビュー、後半開始となる第4弾! 

4人目に登場するのは、昨年最も注目されたグループのひとつ、大阪☆春夏秋冬からボーカルのMAINAちゃん!

ロックサウンドに乗って踊りまくる、その圧倒的なパフォーマンススキル。そしてワンボーカルである彼女のカリスマ性に注目が集まっている中、その素顔に迫ってみました!

* * *

―さぁ、2016年の注目アイドル6人の4人目として選ばせていただきました!

MAINA もう、そんな中に選んでいただいてありがとうございます! なんかね、2015年の夏までこういう機会なんて全くなくて。…しかも私以外の選ばれた方って、皆さんメジャーな方ばっかりじゃないですか。それは本当に嬉しいです。はい。

―そう、大阪☆春夏秋冬さんは毎年、夏に東京・お台場で行なわれる日本最大のアイドルフェス『東京アイドルフェスティバル』(以下、TIF)で注目されたグループです。昨年の参加以降、「TIFで見つかったグループ」として様々なアイドル雑誌で取り上げられましたよね。

MAINA 本当に嬉しいです! 実際、対バンライブとかで「TVで見てたあの人やん!」みたいなグループさんが隣の楽屋だったりして。メンバーみんなで「しゅかしゅん(大阪☆春夏秋冬の略称)やばいやん!」みたいな感じで大騒ぎしてます。そう考えると、TIFってほんまにすごい場所なんやなぁって。

なんか、TIFに出る前の大阪のファンの方たちってインディーズの優しいファンが多かったんですよ。でも、夏が過ぎてから客層が変わってきてて。ステージをしっかり見て、いろんなことを指摘してくれる方が増えてきたんです。きっと、たくさんのアイドルグループさんを見てきた方たちが来てくれ始めたんだと思うんですけど。

―MAINAさんは昔からこういう世界に憧れてたんですか?

MAINA ママがダンスの先生で、パパがバンドでギターを弾いていたり、生まれた時から音楽が近くにあったって感じで。ダンスは3歳から始めたんです。ヒップホップダンスとジャズダンス。で、そのあと小学校2年の時に日本舞踊を始めて。日本舞踊って踊りながら歌うんですね。で、元々歌は大好きだったんですけど、日本舞踊的な歌い方にもハマっちゃって。いろんな歌のコンテストにも出るようになって、賞とかも獲り始めて。

―おぉ! 子供の頃から才能が見え隠れしてたわけですね。

MAINA で、小学校3年生の時に奈良の平城遷都1300年があったんですよ。

―はいはい。あの“キモゆるキャラ”の「せんとくん」が話題になった。

MAINA そうですそうです。で、それを記念して「万葉シャオニャン」っていうアイドルグループが結成されて。そこに入ることになったんです。

「大阪から日本の花を世界に広げていく」はずが…

―ええ? 小3ってことは9歳とかですよね。現在18歳で…アイドル歴9年ですか!

MAINA はい(笑)。万葉シャオニャンはMAINAとMANAとANNA、それと今はGEMにいる南口奈々ちゃんの4人だったんです。で、いろんなコンテストに出たりして。その中でエイベックスさんの『キラチャレ』っていう、若いコたちが出るコンテストに出た時に奈々が注目されてエイベックスにピックアップされたんです。で、奈々ちゃんが卒業するタイミングで、残った3人に新たな4人が加入して「大阪☆春夏秋冬」ができあがったんです。

―なるほど。ちなみに万葉シャオニャンは結構人気あったんですか?

MAINA ショッピングモールとかでやる、遷都1300年のイベントに出てたくらいでした。月1回くらいの活動だったから全然ですね。ライブをやっても20~30人くらいで。

―そこから春夏秋冬になって人気は出てきたんですか?

MAINA 人数は50人から60人くらいになりました。当時のしゅかしゅんって、全然コンセプトが違って。今は「カ・タ・ヤ・ブ・リ」っていって、アイドルの型を破るって感じなんですけど、最初は「大阪から四季折々の日本の花を世界に広げていく」っていうコンセプトで。メンバーみんながお花を持って踊ってました。今みたいなロックな感じじゃなくて。かわいらしく。

―全然違いますね! そのお花はどうなったんですか?

MAINA 枯れ果てました(笑)。当時はみんなバラとかひまわりとかも持ってきゅんきゅんな感じで踊ってたんですけどね。まぁ、100均のニセモノの花ですけど。でもスタッフさんには「100均かもしれないけど、メンバーが持つことで100万円以上の価値になるんだ!」って教えられました。

―良い話ですね。で、その100万円の花はいつ床に置いたんですか?

MAINA それが、すごい出会いだったんですけど、ソエジマックスさんっていう映像監督の方がいらっしゃって。その方が注目して下さって、クラウドファンディングで100万円を支援してもらってCDを作ったんですね。『DAWN OF MY LIFETIME』っていう曲なんですけど。そしたら、その曲がまさかの超ロックで。しかもPV、他のメンバーがゾンビになって、それをMAINAが拳銃で撃つんですよ。

―それまで花を持って踊っていたのに!?

MAINA そう。でも超本格的なPVで、短編映画みたいな感じですよ! 1ヵ月に3回くらいは銃の持ち方、撃ち方を練習させられて。その時、ソエジマックスさんに「歌はMAINAひとりで歌おう」って言われたんです。それまでは、メンバーみんなに歌割りがあったんですよ。そのタイミングでしゅかしゅんは、ひとりボーカルになったんです。

2ちゃんで「絶対に無理やろ!」って荒れる…

―いきなりの方向転換ですね。

MAINA そうなんです。それが2014年の夏とかですね。CDが発売されたのは10月です。

―その方向転換は、すぐに受け入れられましたか?

MAINA 元々、MAINAたちはダンサーから始まったんで、バリバリ踊るほうが合うかもしれないっていうのは思いました。超ハードロックを歌って踊りまくるほうがやりやすいんやないかなって。なんかピンときたんですよね、個人的には。でもメンバーの中には「今まで花持ってたのに、こんなんファンのみんなが喜ぶわけないやん!」って意見もありました。やっと50人くらいにファンが増えたのに!って。

ファンの皆さんも「100万円、みんなで集めたからそれで花を持ったきゅんきゅんの可愛いPV作るんやろうな」って期待してたわけですよ。But! ゾンビになったんですよ、自分の推しが。

―英語が飛び出しました(笑)。正直、「金返せ!」みたいな声も?

MAINA いやー、ね。ありましたよ。ネットの書き込みに。でも、それからもいっぱい曲を出して、元々ロックバンドさんがやってた曲をカバーしたりして、私達はそっちのほうがハマってきてっていうのもあって。そこで「アイドルの型を破ろう」って「カ・タ・ヤ・ブ・リ」のコンセプトが決まったんです。だから、その方向転換が本当の始まりだったんですよね。

もちろんファンの方は、ロック路線についてきてくれた方もいれば、離れていってしまった方もいました。でもMAINAには小学校3年の頃から「芸能界の上までいったんで!」とか「大阪城ホールをワンマンでいっぱいにする」っていう目標があったんですよ。諦めへん限り、絶対に叶うっていうプライドが常にあって。それは「この路線でいけば、いける」って気持ちでした。

―アツいですね! そんな方向転換から大阪で人気が出て、ついにTIFを迎えるワケですね。

MAINA そうなんですけど、その前にいきなりライブ中にサプライズ発表があったんですよ。2015年の4月29日に3周年ライブがあって、ワンマンで170人集めたんです。最初に比べたら、すごい数の人なんですけど…。で、5月に神戸のタワーレコードさんでのライブの時に「2015年8月8日に東京・渋谷のクラブクアトロでワンマンをやる」って…。

―渋谷クラブクアトロ! 完全にアウェイな上、700人以上入りますよ?? 大阪でやっと170人行ったのに、なんでそんなバクチを?

MAINA そうなんですよ。で、2ちゃんねる、「絶対に無理やろ!」って荒れる、みたいな(笑)。MAINAはなんとなく「いけるやろ!」みたいな自信があったんですけど、メンバーは「そんなん言わんといて!」みたいにオロオロして。で、先行予約が始まったんですけど…全然売れないんですよ! 正直、100枚も売れてなくて。さすがにMAINAも「いけるやろ」って気持ちは薄れていました。

自分って悲劇の主人公かも…って

―このままでは、完全な事故になってしまう、と。

MAINA で、そんなドキドキなタイミングで、TIF2015(8月1日、2日)に出れることが決まったんですよ。普通やったら、しゅかしゅんが出れるレベルじゃないんですけど、ギリギリ滑りこみで。だから「ここで名前を売って、クアトロにひとりでも多くきてもらおう!」って思いました。

―おぉぉ! なんか盛り上がって参りました! で、TIFのステージから見た景色はどうでした?

MAINA 「こんなん見たことない!」って。特にスマイルガーデンっていう、屋外の大きなステージでやらせてもらった時は夜だったんですけど、どこまでもどこまでも人がいて奥まで見えないんですよ。…最高でした。泣きそうになって、バラードを歌った時、最初の音程、狂っちゃいました(笑)。で、物販ではチケットが100枚売れたんです。でも、まだ半分も埋まってへん、みたいな。「あー、TIFでしくじったかもしらへんな」って感じだったんです。

…でも数日後、ツイッターでエゴサーチしてたら「大阪☆春夏秋冬がすごかった!」「今年のTIFで見つかったアイドルグループ」って書かれてて。信じられなくて! で、どんどんチケットが売れていって、最終的にはクアトロに550人も集まってくれて。そこからはめっちゃ変わりました。いろんな取材とか撮影とかライブにも呼んでもらえるようになって。

―すごい話ですね。ちなみに、春夏秋冬ってとんでもないパフォーマンススキルが注目されていますけど、どのくらい練習してるんですか?

MAINA 元々、全員がダンスを何年もやってるっていうのもありますけど、今もめっちゃやってます。ほとんど毎日。短くても4、5時間。長い時は朝から夜まで。土日はライブが入ってることが多いので、それ以外はずっとです。先生もめっちゃ怖くて、振りが合わないと何回も何回も、本当に100回以上繰り返すんですよ。「できないのは全体責任」だから、みんな汗だくで。東京に遠征でライブしに来てても「今日のステージできてなかった」ってなったらスタジオを借りて練習です。

―…それはすごすぎですね。

MAINA やっぱり「歌とダンスが上手い」って言っていただけてるからこそ頑張らないとなって。ファンの方達はそれを目的で観にきてくださるわけで。むしろ、しゅかしゅんの良さはそこしかないんで。その期待以上のパフォーマンスをどれだけできるのか、その答えはやっぱり練習にあるので。

―本当にアツいですね! 今、アイドルファンの誰もが「大阪☆春夏秋冬」の名前を口にしているのがわかってきました。そんな中で、MAINAさんは「根拠はないかもしれないけど、絶対に前向きなリーダー」なんですね。まるで『ONE PIECE』の主人公、ルフィのようです。

MAINA えーー! そうなんですかね?(笑顔)

―主人公タイプだと思いますよ。

MAINA うーん、確かによく「自分って悲劇の主人公かも」って思うんですよ。

―えっ、悲劇なことがあったりするんですか?

MAINA …え? あ、いや、別にないです。なんか「主人公」っていうと、頭に「悲劇の」って付くこと多いから…言いたかっただけなんです(笑)。

将来の夢があって貯金してたんですけど…

―……。

MAINA 実はプライベートは、めっちゃ適当なんです。

―というと、部屋が汚かったり?

MAINA …面倒くさいんですよ。掃除するには寒いじゃないですか!

―気温の話ですか? じゃあ、夏なら掃除するんですか?

MAINA 暑いじゃないですか!

―…なんか今までのアツくて前向きでストイックだった姿はどこに行ったんですか?

MAINA 服がすごく多いんですよ! 大きなビニール袋に大量に入ってるんですけど、それでもたくさんあって。それなのにまた服を買っちゃったんで。

―結構、浪費家なんですか?

MAINA いや、将来の夢があって貯金してるんですよ。「いつかダンススクールを建てたい」っていう夢が。そのために貯金してたんですけど…こないだ全部使っちゃったんです。なんか「ま、いっか」って思っちゃって。7万円くらいあったんですけど、全部服を買ってしまって。あと、タンスを通販で買ったんです。ネイビーと白のタイプがあって、ネイビーをふたつ買ったんですけど、間違って、白とネイビーが1コずつきたんですよ。なんか、片方だけ白って気持ち悪いじゃないですか。だから、まだ両方とも開けてないです。

―さらに部屋に物が増えた!

MAINA あと、お金を使ってるのは岩盤浴。冷え性なんで。1回2千円かかるんですけど、月3回くらい行くんですよ。そしたらなくなりました。でも今はもう全然使ってないですよ! 今日の服なんて古着屋で300円です!(得意顔)

―…なるほど。なんというか、最後の最後で見えた適当な素顔もめちゃくちゃインパクトありました。…では、2016年の目標を教えてください。

MAINA やっぱり、いろんな人との“出会い”でこんな場所に来れてるんやなって思っていて。2015年は感謝の年だったんです。だからこそ、2016年もさらにいろんな人と出会って、今まで出会ってくれた人たちにいろいろと返していきたいなって思います。

―また素晴らしいMAINAさんが戻ってきました!

MAINA そう、ステージの上と下でギャップがすごいって言われるんですよねー(笑)。

(取材・文/篠本634[short cut] 撮影/武田敏将)

●MAINA(まいな)1997年10月24日(18歳)大阪府出身。本名・小川舞奈。7人組のダンスボーカルユニット、大阪☆春夏秋冬のリーダーとボーカルを務める。ベストアルバム『EarlySeason』が絶賛発売中! 公式サイトもチェック!! http://syukasyun.com/