プロレスを「仕事としてはやってない」と語る飯伏幸太。その真意は?

新日本プロレス、DDTの2団体に所属し八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せてきた飯伏幸太(いぶし・こうた)が2月、両団体を同時に退団した。今後は自身が設立した「飯伏プロレス研究所」を拠点に自由な活動をしていくという。

前編記事(「以前よりさらにモチベーションは上がってますから!」)で退団理由を明かした飯伏が、後編では理想のプロレスを語る。マット界最高のファンタジスタの脳内では、どんなプロレスが繰り広げられているのか?

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―「飯伏プロレス研究所」は、現時点では団体などではなく、飯伏さんの頭の中にある、いわば自家製シンクタンクのようなものとのことですが、どのように従来のプロレスに磨きをかけようと考えているんでしょう?

飯伏 あらゆる刺激をプロレスに還元していきたいです。休養中もいろんなものを観てプロレスのことを考えたりしていました。先日はシルク・ドゥ・ソレイユを観てきたんですよ。それでプロレスにはまだまだ可能性があるなって思ったり。

―シルク・ドゥ・ソレイユを観ながらどんなことを?

飯伏 アクロバットでは敵(かな)わないけど、エンターテインメントとしてプロレスのほうが上回ってる部分もあるんじゃないかと思いましたね。決められたルールの中でプロレスが盛り上がる方法はまだいっぱいあって、それをうまく使えば新しい何かがあるんじゃないか?と。カウント3というルールがあるからこそ、そのギリギリまで闘う「2.9プロレス」が生まれたように。

―飯伏さんはラブドールのヨシヒコを相手に名試合を生んだり、路上というリング以外の場所でもプロレスをやってみせた。従来のプロレスから逸脱して自由な表現を見せてきたわけですが、カウント3のような原則や縛りはあったほうがいいですか?

飯伏 それがあるものと、ないもの、両方考えたりします。ある程度のルールの縛りがあったほうが盛り上げることができるかもしれません。でも、全く新しいルールでプロレスを創ってみたい気持ちもあるんですよ。リングだって四角だけじゃなくていい。三角でも丸でもいいだろうし、大きさも現在のサイズに固定しなくてもいいんじゃないか…とか。

そんな想像が路上プロレスに繋がっていった部分もあるので、同様の感覚で何かできるんじゃないかと考えたりしますね。具体的にはまだわかりませんが、何か新しいもの、新しい形でもっと盛り上がるスタイルのプロレスがあるような気がしています。まあ、これまで「勘」で動いてきたので、こういうものも勘でできるんじゃないかと思ってる最中ですね。

―最近は「勘」という言葉を多用してますね。

飯伏 はい、全部、勘ですね。

IWGPのベルトも「タイミングと勘」

新日本、DDTの2団体に所属するのは「10倍くらいのエネルギーが必要だった」と苦労を明かす飯伏幸太

―他にはどんなアイデアがありますか?

飯伏 既存のプロレスラーだけで試合をしていていいのか?という気持ちもありますね。他のジャンルの格闘技はもちろん、全く違うスポーツの選手でもいいし。彼らと同じルールの下で闘ったら面白いかも。たとえば、飛び技の回転力でいえば僕より体操選手のほう絶対上だし、打撃技にしてもキックボクシングのトップ選手の蹴りは僕よりレベルが高いし。

それらがプロレスのリングの上でひとつに重なったら、すごいものができるんじゃないか、と。それぞれのジャンルを極めた選手が、培ってきたものを出してくれたらいい。可能性はそこにもある気がするんですよ。

―パンクラスがLINEで試合のライブ配信を始めました。SNSなどを駆使したプロレスの新しい見せ方についてはいかがですか?

飯伏 そのへんも可能性がありますよね。六本木に「ニコファーレ」というニコニコ動画のイベント会場があって、四方の壁や天井に映像を映せるそうです。たとえば、視聴者の書き込みをリアルタイムで映しながら試合をやるのもアリですよね。「ここで飛べ!」と書き込みがあったら本当に飛んじゃうとか。あるいはあえて無視するとか(笑)。

―オンデマンド方式のプロレス! それも面白そうですね。「プロレス研究所」の活動方針としては、既存の団体にゲスト参戦するより、自分で興行を主催することに重きを置いていく?

飯伏 そこも勘ですよ。2種類の勘で動いていきます。団体からオファーを受けて、出ることに意義があると思ったら出るし。自分の主催興行で新しいプロレスを提示することも一度は絶対にやってみたいし。

―では、プロレス界の頂点である新日本のIWGPヘビー級王者になるのは、もはやそれほど重要じゃない?

飯伏 自分の考えるプロレスが発展するためにIWGPのベルトが必要ならば、それを求めるでしょう。そこもタイミングと勘です。

―なるほど。まずは飯伏さんの自主興行を観てみたいですね。いつ頃開催したい?

飯伏 アイデアが固まってすぐに動き出したとしても、準備に数ヵ月はかかると思うんで、早くても今年の8月とか9月になるかもしれませんね。

―新日本の『G1クライマックス』開催時期ですね。すると今年のG1参戦はないのかな?

飯伏 どうなんですかね。自分の考えた流れに合うのであれば出るかもしれないし。まだ何も決まってませんから…。

「プロレスって『超・非現実』じゃないですか」

―これまで、トップロープからのスワンダイブ式投げ捨てジャーマンや、パワーボムとジャーマンを合わせたようなフェニックス・プレックス・ホールドなど、誰も想像だにしなかったオリジナル技を生み出してきました。これらはどういう時に思いつくんですか?

飯伏 大体は夢で見たものが多いです。それを起きて急いでノートにメモしてました。ヨシヒコとの試合なんかは、流れの中で勝手にああいう攻防になっていきましたね(2009年のシングル戦、飯伏がラブドールのヨシヒコにパイルドライバー8連発を食らった名シーン)。

―僕らの仕事では、酒場で雑談しながら思いついた企画が意外に当たる場合もありますが、そういうことは?

飯伏 そういうパターンで言えば、僕はひとりで練習してる時にいろいろアイデアが湧いたりしますね。そういう時間を大事にしているので、僕はみんなと一緒に練習しない。ひとりでずっと練習してる時もあれば、道場に行って何もしないでリングに座っていることもある。そこでいいアイデアが浮かぶこともあるんですよ。

―飯伏さんは現在33歳ですが、普通の30代の選手とは全く気構えが違う気がします。プロレスラーは若い時に徹底的に鍛えて技術を修得したら、そこから先は職人的に長く仕事を続けていくという生き方が普通だと思うんです。でも、全然職人になろうとしていないというか…長生きを考えてませんよね(笑)。

飯伏 僕の中では、そういう生き方は一番広がらないパターンだと思います。やりたいことがまず一番にこないと良いものは出せないし広がっていかない。大事なのはお金ではないという感じですね。

―確かに、食い扶持(ぶち)としてプロレスラーをやってる感じが全くしません。

飯伏 仕事としてはやってないです。結果として、それが仕事になってますけど。

―仕事じゃなければ何なんでしょう?

飯伏 自分を表現できる最高の場だと思っています。それで偶然、収入を得ている感じ。収入が全然なくなったら、どういう行動を起こすかわからないですけど(笑)。これまで経済的なことはあまり考えないで生きてきたし…僕はおそらくそういうことを考えたらダメなんですよ(笑)。

―どんな職業でも中長期的な目標を立てて自分のキャリアを築いていくのが大事だ…みたいな考え方があるじゃないですか。でも飯伏さんは刹那(せつな)的というか、今を生きるスリルに満ちている感じですね。

飯伏 だって、プロレスって「超・非現実」じゃないですか。普通に生活していて、頭を自分で打ちつけるなんてことは絶対にないでしょう(笑)。そういう表現を僕は選んだわけだし、お客さんは普通じゃないものにお金を払って観に来てくれているんだと思います。

僕らの職業は、現実的なものが匂うのが一番ダメだと思うんですよ。非現実なものを最大限に見せていきたい。自分の目指すプロレスは「今日で終わってもいい!」という覚悟で続けていきたいです。プロレスラーって、そういう仕事だと考えてるので。

*このインタビューの後、飯伏幸太が4月1日、2日に米テキサス州ダラスで行なわれる現地インディ団体「EVOLVE」に参戦することが明らかになった。“ゴールデン☆スター”の今後の飛躍に期待だ!!

●飯伏幸太(いぶし・こうた)1982年生まれ、鹿児島県出身。超人的な身体能力を武器に、DDTではKO-D無差別級、KO-Dタッグ、新日本プロレスではIWGPジュニアヘビー級、IWGPジュニアタッグなど様々な王座を獲得。2013年の中邑真輔とのシングル戦はプロレス大賞ベストバウトに輝いた。昨年10月には『ゴールデン☆スター飯伏幸太 最強編』『最狂編』(小学館集英社プロダクション)を2冊同時出版

(取材・文/長谷川博一)