福島の事故の後も、フランスでは「原発推進の方向性は相変わらず…」と語るメスメール氏。なぜか?

東日本大震災発生から本日でちょうど5年になる。「週プレ外国人記者クラブ」第24回は、震災直後から何度も被災地に足を運び、取材を続けているフランス「ル・モンド」紙の東京特派員、フィリップ・メスメール氏に話を聞いた。

被災地の「今」はフランス人記者の目にどう映っているのか? そして「フクシマ」の原発事故は、ヨーロッパ随一の原発大国フランスにどんな影響を及ぼしているのか?

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―メスメールさんは最近、東北の被災地取材に再び行かれたそうですね?

メスメール 先週、岩手と福島の各地を6日間かけて回ってきました。津波被害にあった地域を見ると、新たな防潮堤の整備や、いわゆる高台移転のための宅地かさ上げ工事があちこちで行なわれていたり、一部ではすでに完了していました。そうした公共事業がもたらす「復興需要」で地元経済もそれなりに潤(うるお)っていて、復興に向けた作業はダイナミックに進んでいるようにも見えます。

しかし、被災者たちの生活再建、例えば仮設住宅からの自立はあまり進んでいません。復興需要によって労働者が大量に地域に流入したことで、アパートなどの家賃相場がかつての3倍近くにまで高騰してしまい、新たな生活を始めようとする地元住民にとって大きな障害になっているというケースもあるのです。

また、新たに整備された高台の住宅地に家を建てようと思っても、労働力や建築資材の不足が深刻で「最低2年以上待たなければならない」と言っている人もいました。

―復興のための公共事業が家賃を高騰させ、被災者の障害になっているとは、なんとも皮肉な状況ですね…。

メスメール 一部の地域では新たな住宅地ができあがり、そうした場所にはイオンなどの大手ショッピングセンターが進出していますが、その一方で、津波に流された元の市街地には住宅が建設できなくなったため、かつての商店主たちが店を建て直しても、そこにはもう住民がいない。とはいえ、新たな住宅地に出店すれば大手ショッピングセンターに対抗できない…というのが彼らの直面している現実です。

今はまだ復興工事の労働者がいるので、復興商店街なども繁盛していますが、工事が終われば労働者たちは「東京オリンピック需要」で首都圏へと去ってしまうでしょう。その後の経済はどうなるのか? 被災地の人々は将来に対する大きな不安を抱えていました。

―被災者の生活再建を考えると、「5年」という年月は重く厳しい意味を持つ気がします…。

メスメール その通りです。地元を去った若い世代の人たちの多くはすでに移転先で新たな生活を始めていて、故郷に戻っては来ないでしょう。また住民の中にはPTSDや、将来への不安からうつ病を患っている人もたくさんいる。そして、福島の状況はさらに深刻です。彼らは放射能汚染によって住む場所を奪われ、そこに帰ることもままならない生活を送っているわけですからね。

「原子力ムラ」の存在が新たな選択肢の可能性を狭めている

―ところで、あの「フクシマ」の事故の後、フランスではどんな反応があり、原発政策は今どうなっているでしょう? 隣国のドイツは3・11の後、「脱原発」に大きく方向転換しましたよね?

メスメール 残念なことに、あまり変化がありません。フランスは1960年代に当時のドゴール大統領が原発推進の政策を打ち出して以来、基本的に右も左も原発に関しては前向きで、あのチェルノブイリ原発事故の後でさえ、「反原発運動」が盛り上がることも、大きな議論を呼ぶこともありませんでした。

フクシマの事故の後には一部で原発の危険性を心配する声もありましたし、全く議論が起こらなかったわけではないけれど、基本的な「原発推進」の方向性は相変わらずで、ドイツのように脱原発という話には全くならなかった。

オランド大統領は原発依存度を「現在の75%から50%にまで削減する」という方針を表明していますが、本当に実現するかどうかは疑問です。「フクシマの事故を受けて、原発の安全基準を高めたから大丈夫」というのが国の基本的な考え方で、国民の多くもそれを受け入れているというのが現状です。

―脱原発を決めたドイツと正反対の反応なのは、なぜなのでしょう?

メスメール ひとつには、フランスの原子力産業には政府、産業界、メディアが強く結びついた「原子力ムラ」が存在し、強い力を持っているからだと思います。僕が子供の頃から、TVでは原子力発電をポジティブに宣伝するコマーシャルが流れていました。

また、普段は多様性と自由な議論を尊重するフランスのメディアやフランス人が原子力に関してそうではないのは、ドゴールの時代から原子力の存在がフランス人のプライドやナショナリズムと微妙に結びついているせいもあるかもしれません。

―なるほど、60年代にドゴール大統領がフランスの核武装を積極的に進めたのと同様、自前の原子力発電を持つというエネルギー安全保障上の立場が、フランスの「大国」としてのプライドと結びついているんですね。「原子力ムラ」が強い影響力を持ち、自由な議論を妨げているというのは日本とそっくりで意外ですね。

メスメール 個人的にはフランスがそうした「原子力依存」の古い戦略にしがみつくのは、経済的な観点からもあまり得策ではないと思います。確かに、原子力から他の「新エネルギー」へと移行するのは簡単なことではありませんし、実際、脱原発を決めたドイツも、古い石炭火力の比率を増やすなど問題がないわけではない。ただ長期的に見れば、ドイツはこの方向転換によって再生可能エネルギーを含めた様々な新エネルギーに関する技術力を高め、その技術が将来、経済的な意味で大きな武器になっていくと思います。

そう考えると、あれだけの事故を経験しながら、再稼働を始めるなど原発推進の方向に戻りつつある今の日本の状況は、非常にもったいない気がします。元々、日本は新エネルギーの分野で世界トップレベルの技術力を持っていたはずです。

震災の後、原発の維持に固執するのではなく、エネルギー政策を大きく転換して、そのアドバンテージを積極的に活かす方向に舵(かじ)を切っていれば、それは日本にとって大きなプラスになったのではないでしょうか? しかし現状はフランスも日本も「原子力ムラ」の存在が新たな選択肢の可能性を狭めている…これは本当に残念なことだと思います。

●フィリップ・メスメール1972年生まれ、フランス・パリ出身。2002年に来日し、夕刊紙「ル・モンド」や雑誌「レクスプレス」の東京特派員として活動している

(取材・文/川喜田 研 撮影/長尾 迪)