『旺旺(ワンワン)グループ』のHPより

3・11発生時、世界のどこよりも積極的に、どこよりも手厚い支援してくれた台湾。だが、支援に名乗りを上げた台湾企業の中には、“親日”とは決していえないところもあった。

当時、日本に義援金を届けた国・地域は94。その中でも最多は、台湾の約200億円だった。しかも、台湾は義援金以外にも発電機688台、寝袋2587袋、衣類4671箱、食品1万2775箱など、500tから600tもの支援物資も送ってくれた。

しかし、「興味深いのは、お金を出してくれた人の中には、尖閣問題などで日本に手厳しい意見の政治勢力や財界人もいたこと」と語るのは、台湾事情に詳しいルポライターの安田峰俊氏だ。どういうことか?

「特に台湾トップクラスの大富豪・蔡衍明(さいえんめい)氏は、個人で5千万台湾元、所有する会社や財団名義で1890万台湾元の計6890万元を寄付。日本円に換算すると総額約2億4千万円です」

どんな人物なのか?

「菓子・食品製造グループ『旺旺(ワンワン)グループ』の創業者です。90年代に中国に進出して大きな成功を収め、現在では総売り上げ約4千億円のうち、中国での売り上げが9割を占めます。中国国内に40社以上の子会社、110の工場があり、グループ内の中国法人は香港で上場を果たしている。

さらに、台湾有数の新聞『中国時報』、ケーブルテレビ局の『中天電視』なども傘下に収める台湾有数のメディアグループ『旺旺中時グループ』のオーナーでもあります」

その蔡氏は元々、尖閣問題で反日の立場をとっていたという。例えば、2012年9月、日本政府の尖閣諸島国有化に抗議して、台湾の漁船81隻が尖閣周辺の海域に結集するという事件があった。その時、漁船のガソリン代として500万台湾元(約1700万円)を寄付したのが蔡氏である。

「一部の船舶には『旺旺中時』の名前と『釣魚台を死ぬ気で守る』などの過激なスローガンが書かれた横断幕が掲げられていました」と安田氏は言う。

それにしても、ポケットマネーを使ってまで、漁船団の尖閣行きを支援したのは驚きだ。

「中国でビジネスを展開していることもあり、『旺旺グループ』は台湾有数の親中国企業として有名なんです。当然、グループ傘下にある『中国時報』なども中国寄りの主張が目につく。

12年当時、中国は日本政府による尖閣国有地化に激しく抗議していた。それだけに、この時期の尖閣での挑発行為は『旺旺グループ』が中国共産党の意向を受けて起こした可能性がある。『台湾も中国と共闘して<愛国活動>を行なった』という、中国側に有利な既成事実を積み上げる目的があったと考えられます」

困っている隣人を積極的に助けるという美徳

他にも、昨年6月に抗日闘争勝利70周年を記念した音楽祭を開催したり、グループ内の日刊紙『旺報』にて、安倍政権が成立させた安保法制に社説で「歴史の傷口に塩を塗りつける行為であり、中日関係を損なう」と中国『人民日報』そのままの論調で噛みついていたりする。

要するに、親中・反日バリバリの企業集団を率いる人物なわけだが、そんな蔡氏が、なぜ震災の時に2億円もの義援金を送ってくれたのか?

「台湾の社会には困っている隣人を積極的に助けるという美徳がある。この風潮には、政治色が強い『旺旺グループ』ですら抗(あらが)えるものではありません。同じく『親中』的な企業集団で、シャープ買収で有名になった鴻海(ホンハイ)も当時、2億台湾元(約6億円)の義援金を送っている。

また、社会的イベントも大好きで10万人規模のデモはざらだし、選挙集会なども日本のように公民館などでこぢんまりと開くのでなく、巨大な野外運動場などを借り切って有名芸能人の歌やアトラクションを交え、大々的に開く。日本への募金運動も同様で、台湾全土に呼びかける一大社会イベントとなった。

中央政府だけでなく、各地の自治体や企業が参加し、銀行が競って募金口座を開いた結果、世界最多の200億円が集まったというわけです」

しかし、そんな台湾に日本は正式に謝意を伝えていない。

「日本の台湾冷遇は、72年の日中国交正常化で、それまでの台湾との外交関係を断絶したことが影響しています。台湾は自国の一部というのが中国の主張。なのに、日本が台湾を名指しして感謝の意を示せば、中国の不興を買いかねないと、日本政府は感謝リストからあえて台湾を外したのでしょう」

困っている隣人(日本)のために、政治的な思惑は抜きに手を差し伸べてくれた台湾。しかし、日本は政治に縛られ、その温情に応えていないとは…。震災から5年の今からでも遅くない、日本政府から感謝の意を伝えるべきではないのだろうか。