「来年4月の消費増税は延期すべきだ」
ノーベル経済学賞受賞者・スティグリッツ米コロンビア大教授が安倍首相にそう進言したのは3月16日のこと。だが、このやりとりを「政権のパフォーマンス」と切って捨てるのは全国紙政治部記者だ。
「首相の狙いは明らかです。ノーベル賞学者のアドバイスに耳を傾けたというニュースを大々的に流した上で、消費増税の延期を決め、その是非を民意に問うべく衆院を解散し、7月に衆参同日選に打って出るつもりなのでしょう」
まさにスティグリッツ教授は安倍首相にとって福の神。口にしたくても言い出せない「消費増税延期」を熱心に代弁し、衆参同日選の地ならしまでしてくれたというわけだ。
その一方で、安倍政権が徹底的に無視を決め込むスティグリッツ教授の主張がある。それは「TPPは社会正義に反し、格差を広げる悪しき協定」という批判だ。前出の政治部記者が続ける。
「官邸はスティグリッツ教授の消費増税反対の主張がニュースになることは歓迎する一方で、TPP反対の主張が報道されることには警戒を強めています。というのも今、アメリカではTPP反対論が有力となり、議会による批准がおぼつかない状況なんです」
旗振り役だったアメリカがTPPに背を向けるなんて、ちゃぶ台返しもいいとこ。一体、何が起きているのか? TPP交渉に詳しいアジア太平洋資料センターの内田聖子(しょうこ)事務局長が説明する。
「民主党のヒラリー、サンダース、共和党のトランプ、クルーズらの大統領候補たちが軒並みTPP反対をぶち上げているんです。TPP交渉を主導してきたのはオバマ政権ですが、おそらくヒラリー、トランプのどちらが大統領になってもTPPに厳しい態度で臨むでしょう。上下院の議会もTPP反対に傾いているだけに、このままだとTPPは批准されるどころか、宙ぶらりんのまま漂流する可能性が高くなっているのです」
日本だけがTPP批准に前のめり状態
当初、日米が描いていたシナリオはTPPを16年内中に批准し、17年には発効するというものだった。だが、前出の内田氏は首を横に振る。
「米議会の批准はおそらく次期政権へと持ち越されるでしょう。しかも、トランプはTPPを『破滅的な合意だ!』と歯牙(しが)にもかけないし、ヒラリーも『内容が望ましくない』と反対している以上、すんなりと批准されることは考えにくい。どちらに転んでも次期政権はアメリカがさらに有利になるよう、再交渉を打診してくるでしょう」
そんな状況にもかかわらず、安倍政権は3月上旬、TPP承認案と関連法案を早々と閣議決定してしまった。内田氏がため息をつく。
「ほかの交渉国がアメリカの対応を見極めようと批准先延ばしの動きに出ている中、日本だけがTPP批准に前のめりです。日本も一度立ち止まり、本当にTPPが国益と合致するのかを再考すべきときなのにあまりに愚かです」
すでに農林水産分野のTPP関連対策費として、補正予算3122億円も承認済みだが、野党の議員からは「TPP対策ではなく、選挙対策のバラマキでは」との声も…。
消費増税延期とTPP前のめり承認ーー国益よりも大事な(!?)安倍政権の選挙対策は続く。
(取材・文/本誌ニュース班)