頻発するテロの連鎖。内藤氏(左)と中田氏(右)の見解は?

昨年1月に起きたフランスのシャルリー・エブド襲撃事件に続いて、11月にはパリ同時多発テロ、今年の3月にはベルギーのブリュッセル空港などで連続爆破テロが…。ヨーロッパ各地でイスラーム国(IS)によるテロが頻発している。

一方、「ISの壊滅」を目指して続けられる空爆は大量の難民を生んでいる。その難民はヨーロッパに押し寄せ、イスラーム排斥運動を刺激、次のテロが導かれる…。この負の連鎖を止める手立てはあるのか?

中東研究者で同志社大学の内藤正典教授と、日本唯一のイスラーム法学者である中田考こう)氏が緊急トーク! 『イスラームとの講和』(集英社新書)を刊行したばかりのイスラーム学者ツートップが語り尽くす「講和」の可能性とは?

***

■イスラームへの「無理解」が悪化

―まずはブリュッセルで起きたテロ事件について、率直な印象をお願いします。

内藤 事件そのものは非常に不幸なことですが、こうした事態が起きる可能性は十分にあったと思います。その理由はヨーロッパやアメリカなどの西欧諸国、それに日本も含めた国々のイスラームに対する差別や偏見、無理解が悪化し続けているからです。

例えば、今回のテロに関する一番ひどい説明として、「そこにイスラーム教徒がいたからテロが起きた」という言い方があります。事件後、各国のメディアがこぞってブリュッセル郊外のモレンベークという地区に入り、「ここがテロリストの巣窟です」みたいなリポートを平気でしているけれど、冗談じゃありません!

あそこは、イスラーム教徒が多く住んでいるというだけです。パリにもアムステルダムにもベルリンにも、そういった地域はどこにだってあります。それをなん の根拠もなく、「ここはイスラーム過激思想の巣窟です」と決めつける報道が当たり前のようにされていることが、「無理解」を象徴しています。

中東研究者・内藤正典氏

―なぜ、ベルギーがテロの標的になったのでしょう。

内藤 単純に、ベルギーのテロ対策が甘かったということでしょう。それに、パリでのテロの容疑者が捕まったことから、残りのテロリストが犯行を焦って、近場で凶行に及んだということではないかと思います。

そして事件の直後に、テロ実行犯のひとりが以前、トルコで国外退去処分を受けていたことが明らかになりました。強制送還された容疑者をベルギー当局が釈放してしまったことについて同国の閣僚は、「テロとの関係性は証明できない」と語っていましたが、「オイオイ、そこはちゃんと調べろよ!」っていう話です。テロリストの入国を許してしまったわけですし、ベルギーは武器弾薬の調達がしやすいともいわれている。

また、ベルギーという国は北部のフラマン語圏と南部のフランス語圏で言語や文化も分断されており、警察同士の連携や情報共有がうまく機能しなかったこともあるでしょう。

政治家や知識人の知的レベルが急激に劣化

イスラーム学者・中田考氏

中田 私もこのような事件が起きるというのは、ある程度予想できたと思うのですが、まずここでイスラームの話をする前に前提として理解しておいてほしいことがあります。

それは今、ヨーロッパやアメリカ、日本や中国でも世界中で、反イスラームに限らず、非常に人種主義的な、あるいは右翼的な傾向が強まっていて、それと同時に各国の政治家や知識人といわれる人たちの知的レベルが急激に劣化しているということです。

つい先日もマイクロソフトが開発した人工知能(AI)が公開され、「フェミニストは地獄で焼かれろ」「ホロコーストはでっち上げだ」「ヒトラーはいい仕事をした」などと差別発言を連発して話題になりました。AIといっても人間が作ったもので、人間とのやりとりの中で影響を受けることになる。AIがあのような人種差別的な発言をするというのは世界の鏡のようなもので、ある意味、当然のことだともいえます。

*マイクロソフトの人工知能チャットボット「Tay」による一連の差別ツイートは、一部のユーザーが意図的に人種差別や性差別、陰謀論などを吹き込んでしゃべらせようとした結果によるものとみられている。

もちろん、日本もそうした流れとは無関係でいられません。今、安倍政権はアメリカに従い、中東で自ら火中の栗を拾いにいこうとしているのです。

ただ、日本の場合は地理的にもイスラームの問題が遠いというのがあって、なかなか実感しにくい。先日は、ISの戦闘員になろうとしたという日本人がトルコで捕まり追い返されましたが、その後、事情を聞いただけで済ませてしまうなんて常識として考えられません。

―行方不明だったジャーナリストの安田純平さんがISではなく、シリアの反政府勢力「ヌスラ戦線」の人質になっていることが明らかになりました。

中田 私は直接関わっていないので詳しいことはわかりませんが、どうやら安田さんを拉致したのはヌスラ戦線ではなく、一種の強盗団のような連中だったようですね。それをヌスラ戦線が奪って、今は彼らの保護下にあるようです。「仲介者」が身代金を要求していると聞いていますが、身代金なしで解放しようという動きもあるようです。

■この続きは『週刊プレイボーイ16号(4月4日発売)』にてお読みいただけます! 「暴力の連鎖を止める唯一の方策とは…?」より

●内藤正典(NAITO MASANORI)1956年生まれ、東京都出身。同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『トルコ 中東情勢のカギをにぎる国』(集英社)、『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』(集英社新書)、『欧州・トルコ思索紀行』(人文書院)など

●中田 考(NAKATA KO)1960年生まれ、岡山県出身。カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了。同志社大学客員教授。専門はイスラーム法学。著書に内田樹氏との共著『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』『イスラーム 生と死と聖戦』(ともに集英社新書)など

(取材・文/川喜田 研)