「『1億総活躍』プランでの給与4%UP(日給にして8千円増)程度ではダメ。もっと大胆な改善をしなくては来年も待機児童問題は起こります」と駒崎氏

子供を保育園に入れられなかった母親が書いたとされる匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!」は、同じ悩みを抱えた多くの子育て世代の共感を生み、社会問題として大きな反響を呼んだ。

国会では安倍首相に「待機児童ゼロを必ず実現させる」とまで発言させ、その後もほぼ連日と言っていいほど、的外れなものからそうでないものまで待機児童緊急対策が報じられている。

そんな中、前編記事(「 激務と薄給で保育士が離職していく苛酷な現実…」)では、保育園の数だけが問題ではない保育士の現状をリポートした。今回の後編では、さらに保育園に通わせる親と保育園側が抱える闇について検証する。

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保育園の待機児童問題が白熱する一方で、保育士による虐待や質の低下についても問われている。今年2月、北区赤羽の託児所で児童にワサビを塗った唐揚げを無理やり食べさせ、それを笑いながら動画撮影していたとされる女性の保育士が逮捕された。

保育園には国の基準をクリアし自治体が運営する公立と、社会福祉法人が運営する私立の“認可保育園”、都や各自治体が設定する独自基準によって作られた“認証保育園”、そしてベビーホテルや託児施設などの“認可外保育園”の3種類がある。この事件は3番目の認可外保育園で起きた。

この女性保育士の非道な行ないは許しがたいものだが、その前に“こんなヒドい行為がなぜ保育園でまかり通っていたのか?”フシギに思わないだろうか。現在、資格取得12年の現役保育士・Aさん(34歳)に聞いてみると…。

「私がこれまで所属していた園ではそのような行為をする保育士はいませんでしたが、基本的に同僚同士で保育の仕方について意見し合うことはあまりないし、何より自分の担当する子供のことで精一杯で他の人の仕事ぶりまで把握する余裕はあまりないんですね。

その園の広さや人間関係など雰囲気にもよりますが、先輩だったら注意しづらいということもあるだろうし、見て見ぬフリだったかもしれない。絶対あってはならないことだけど、もし自分がそういう園で勤めていたとしたら、一刻も早く辞めると思います…」

ではなぜ、こういった園児への虐待事件が起こるのか。その構造について、認定NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹氏に聞いた。

―認可外の保育園自体がそもそもあまり良くないんでしょうか。

駒崎「語弊がないように言いたいのですが、事故はどこでも起こりえます。ただ発生率としては認可外のほうが多いです。なぜなら職員数の適正配置が乏しかったり、保育士じゃない方もいるために実務能力が低かったりで発生確率が高くなるとは言えるでしょう。

しかし、認可外だからダメだとは思わないでいただきたいんです。中には有資格者を雇う園もありますし、企業や官庁がその職員専用に開設している保育施設も認可外保育園に含まれ、親の多様なニーズに柔軟に対応している園もあります。確かに施設面では園庭がないなど見劣りする所もありますが、認可保育園にはないアットホームな雰囲気が人気となっている園だってあるんですよ」

保育士不足の現実とストレス

―ではなぜ、保育士による児童虐待などが起きてしまうと思われますか。

駒崎「保育士ひとりひとりのモラルの問題も当然ありますが、マネジメント不足、ひいては保育士不足も大いに関係あります。やはり、ひとりで何十人もの子供を見なければならいとストレスがたまりますよね。その保育士の問題行動を把握する、然るべきトップも必要です」

―保育士の人員配置とマネジメントにそもそも問題の根源があると?

駒崎「問題のある保育士がいた場合、すぐ補充できるのなら良いんですが、保育士の数が少なく、なかなか採用ができないとなったら問題があっても目をつむろうとなりかねません。なぜなら保育士の所定人数がひとりでも欠けると法律違反で捕まってしまうからです。なので、余計に問題がある保育士を辞めさせられない現実がある。今現在、日本の保育士の質が下がっているとは思いませんが、このままの状態が続くとそうなる可能性はあると言えます」

―では実際、日本の保育の質の低下を感じることはありますか。

駒崎「日本の保育はアメリカと比べても質は高いです。アメリカだと移民がベビーシッターとして雇われ、無資格でなんのトレーニングもなしに保育を行なっているのに対し、日本では食育を取り入れるといった工夫もなされているし、間違った言葉遣いをしないなどの指導もできていますから」

では実際に、無認可保育園に1年間、子供預け、昨年4月から認可保育園に移ったという2児の母・B(38歳)さんにも話を聞いてみると…。

「無認可保育園ではひとり、月に7万円と高くて大変でしたが、入園前から先生とじっくり話し、施設も見学させてもらい、ここなら信頼できると預けました。保育士さん達はみんな優しく、荷物はタオルと着替えとオムツを持って子供をドアの中に連れて引き渡し完了。20時まで預けられる上、夜ご飯まで頼むことができてとてもラクでした。

園庭はなかったものの近くの公園や遊歩道にお散歩に連れて行ってくれ、何も不満はなかったです。仕事で20時を2、3分過ぎてしまった時は事前に電話をして遅れる旨を伝えると『慌てず来てくださいね~』と声をかけてくれるなど、とても助かりました」

一方で認可保育園に移ってからはというと…。

「毎日、シーツとタオルと着替えを所定の位置にセットして、熱も測って健康状態を話した上で引き渡しと時間がかかるし、保育時間の19時を1分でも過ぎると『延長料金1000円×保育士の人数分』を現金で支払わされ、何よりも子供に落ち着きがないってだけで“家でちゃんと躾(しつ)けているか”と注意されたり、“お母さんの愛情不足が原因で子供に落ち着きがないのではないか”と勝手な解釈で指摘されて、家に帰って悔しくて悔しくて泣きましたから。私にとっては認可外保育園のほうが良心的でしたね」

保育士の待遇を上げるしかない!

やはり一概に認可、無認可だけの問題ではないようだ。とはいえ、前出の駒崎氏は保育士の“激務を緩和する”ための規制緩和なら大歓迎だが、保育士資格のない人でも認可保育園で子供の世話ができるように基準を緩和するのには反対だと言う。

駒崎「基準を緩和することでどういうことが起こるかというと、ひとりの保育士でもっと子供の面倒を見られるようにするわけですが、保育士ひとりひとりに負荷がかかり、今よりもっと辞めていく事態に陥って、保育士不足に加速がかかります。ひとりが何十人も見ることになれば、個々の子供にかけられる時間が減り、それこそ保育の質を下げます。

それよりも問題の根源である保育士の待遇を上げるべきだと僕は思うんです。そうすれば保育士になりたい人も増え、辞めることもなくなります。今の保育士をめぐる一番の問題は、保育士の入りが少なく出が多い状況ですから」

また、保育士という仕事の専門性の高さについてもこう訴える。

駒崎「保育士はとても専門性の高い職業なのに、その正当な評価がされていない。ただ子供を預かっているのではなく、生活習慣や親達の保護者支援も含めてものすごい仕事です。だけどそれが今の社会では十分に評価されていないのです」

このままだといつまでも待機児童問題は解決せず、“保育園落ちた日本死ね!!”と訴える声は日増しに強くなる一方だ。そしてストレスやプレッシャーに疲れた保育士による虐待もますます危惧される。

安倍総理には保育士の待遇改善も含め、きちんと現状を把握した施策をまず第一に考えていただきたいものだ!

(取材・文/河合桃子)