昨年リーグ6冠を達成した山田選手のグラブをたったひとりでつくっている「ドナイヤ」社長の村田裕信氏

昨年、史上最年少でトリプルスリーを達成したヤクルトの山田哲人(てつと)。彼が使用するグラブは「ドナイヤ」という聞き慣れないメーカーのものだが、このグラブが今、球界から熱視線を浴びている。

■巷(ちまた)にあふれる「プロモデル」の真実

昨季、本塁打王、盗塁王、リーグMVPなど、6冠に輝いたヤクルトの山田哲人内野手。その山田が心底ほれぬき、ついに今年、アドバイザリー契約を結んだスグレモノのグラブがある。

「球のひっつきが他のグラブとまったく違う。グラブのどこかに球を当てさえすれば、なんとか捕球できてしまう。そんな感覚を抱かせてくれるグラブなんです」

山田がそれだけ激賞するのだから、さぞかし大手スポーツメーカーが金と人材を投入して作った特注グラブかと思いきや、これが大違い。作っているのは「ドナイヤ」(大阪府東大阪市)という社員ひとりの零細メーカーで、驚くことに山田が使っているグラブは、誰もが買える市販品(値段は4万2千円)なのだ。

山田ほどの一流選手になると、大手メーカーが「うちのグラブを使ってください」と無料で特注グラブを配るのが一般的。それと同じものが市販されることはまずなく、もし大手メーカーが市販するとなると、値段はこの数倍はするという。

まさに「奇跡のグラブ」といえる代物だが、一体、どうしたらこんなことができるのか? 「ドナイヤ」の村田裕信社長(42歳)を直撃してみた。

「グラブの革は最高級品の北米産ステアハイドで、国内の協力工場で作っています。社員は私ひとりなんで人件費もかかりませんし、広告や宣伝もしていないので価格を抑えられるんです。使いやすさの秘密? 詳しくは明かせませんが、プロ選手が気にするグラブ内側のシワができにくいように設計しています」

完成したグラブは自らの手でひとつひとつ検品するのが村田社長のこだわりだ。

「革ひもの調整や装着感など、グラブを実際にはめてチェックし、納得したものだけを出荷しています。1日がかりで検品を終えた頃には、親指のつけ根の皮がむけて血がにじむこともしばしば。だからウチのグラブは大量生産できません。大手スポーツチェーン店から扱いたいとの申し出をいただいたこともありますが、きっぱりと断りました。グラブがたくさん売れることは嬉しいんですが、それだと検品がこなせませんから

山田は「ドナイヤ」のグラブを2013年から3年間、革の張り替えなどのメンテナンスなしに使い続けているというが、これはかなり異例だ。村田社長が目を細める。

「プロ野球の内野手が1シーズンに使用するグラブ数は5つほど。ひとつのグラブを3シーズンもメンテナンスなしで使うなんて聞いたことありません。革の品質がいいことに加え、グラブの形状がよいからこそ、3年間の使用に耐えたんでしょう。もちろん、山田選手がしっかり手入れをしてくれているのもその理由です。たまに僕が磨くと『村田さん、ここに磨き忘れありますよ』とダメ出しされるほどです(笑)」

売り上げよりも品質を重視する村田社長の口ぶりは、経営者というより職人と呼ぶにふさわしい。一体、どんな経歴の持ち主なのか?

山田が使用するグラブはなんと市販のもの! プロの一流選手では極めて異例なことだという

「プロの選手にも媚びるつもりはない」

ドナイヤのグラブはすべてが既製品。「プロ用」「アマチュア用」の区別はなく、街の契約店で買える

「かつてはスポーツ用品メーカーで商品開発していました。プロ野球選手から要望を聞き、ミリ単位で計測して特注グラブを手作りするんです。選手に渡したグラブ数は8年間で数千個を超えました」

まさにグラブのマエストロだ。だが、村田社長はメーカーを退社。たったひとりで会社を設立することに。2010年9月のことだった。

「この仕事を長くやってわかったことは、野球は用具が良ければ明らかにプレーも上達するということ。だからアマチュアの選手にもプロ仕様のいいグラブを使ってほしいと思ったのがきっかけです。

市場に『プロモデル』と銘打った高級グラブはたくさんありますが、実際にプロが使っているのとは全く違うんです。安価な革を使用したり、ひどい場合、型自体も実物と異なっていることもある。そこで会社に『本物のプロ仕様グラブを売りたい』と直訴したんです」

だが、会社の返事はつれなかった。本物のプロ仕様だと、グラブの値段が高価になってしまうこと、大量生産による品質のばらつきが出かねないことなどを理由に提案は却下となってしまった。そこで、村田社長は会社を辞め、「ドナイヤ」を設立したのだ。

とはいえ、「ドナイヤ」は社員ひとりの無名の会社。しかも社名の由来は関西弁の「どないやねん?」という、おふざけぶり(名付け親は池山隆寛楽天一軍打撃コーチ)。それだけに、村田社長のグラブ売り込みは玉砕覚悟だった。

「スポーツ店にグラブを持ち込み、『とにかくはめてみてください』と、飛び込み営業するほかありませんでした。車にグラブを積んで主に関西、九州を回ったんですが、商品カタログもない。当然、相手は『おまえはどこの誰なんだ?』って(笑)。それでもグラブをはめてもらうと、『いいね。取引しよう』という反応が結構あって、少しずつ取引先を増やすことができました。おかげでこの5年間は増収増益が続いています」

「ドナイヤ」の評判はプロ野球界でも上々だ。山田以外にも愛用者が増え、昨年は58個のグラブを納入したという。だが、そこでさらに売り上げを増やそうと妥協しないのが、村田社長のマエストロたる所以(ゆえん)だ。

村田社長の元には「グラブの寸法を変えてほしい」とのリクエストが入ることもしばしば。だが、1、2㎝の違いでグラブの機能に差は出ないと村田社長は断言する。

「ある有名選手が『ここを2㎝長くしてほしい』と言ってきた時、あえて以前と同じ寸法のグラブを渡したところ、『これこれ! この長さが一番いい』と喜ばれました(笑)。プロの選手でもグラブのことは意外とわからないもの(笑)。だから、プロ選手に媚(こ)びるつもりはありません。ネームを入れたり、革の色を選ぶなどのオーダーには応じますが、グラブの形は変えない。大手メーカーのように無償で提供することもしません。一般のユーザーと同じように、あくまでも市販品を買ってもらうつもりです」

村田社長はセ・リーグ開幕に合わせ、「山田哲人契約記念モデルグラブ」(予定価格3万円)を発売するという。

「山田選手には今季ぜひゴールデングラブ賞を獲ってほしいですね。それが無名時代の『ドナイヤ』を扱ってくれたスポーツ店、そして買ってくれたお客さんへの恩返しにもなると思っています」

「ドナイヤ」を扱うスポーツ店は今年、全国で50店舗になるという。山田が使うグラブと同じものを4万円台で入手できるならば、是非一度、手にしたいところだ。

(取材・撮影/ボールルーム)