福島県で多発する甲状腺がん。福島原発事故後に県が始めた検査で、現在までに甲状腺がんかその疑いがあると診断された人は166人に上る。通常(100万人に年2~3人程度)の146倍~200倍という高い発症率だ。
県は現在も放射線被曝(ひばく)との因果関係を認めていないが、果たして…? 前編記事(「福島で多発する甲状腺がんと原発事故の“不都合な”因果関係」)に続き、福島の甲状腺がんが原発事故由来なのかどうかを徹底検証するーー。
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県民の甲状腺検査を行なう、福島県「県民健康調査」検討委員会(以下、検討委)は、甲状腺がんの発症と放射線被曝の因果関係を認めない理由のひとつに、「チェルノブイリと比べて(原発事故)当時5歳以下からの甲状腺がんの発見がない」ことを挙げる。
だが、この点についてロシア研究家の尾松亮(おまつりょう)氏は「チェルノブイリの状況は今の福島と似ている」と指摘する。
「ロシアで事故時0~5歳の層に甲状腺がんが目立って増えたのは、事故の約10年後からでした。事故直後から増加が見られたのは事故時に15~19歳の子供で、この年代は5年後あたりから甲状腺がんが目立って増えています。ウクライナ政府の報告書でも、事故から5年くらいの間は0歳から14歳の層に顕著な増加は見られず、15歳から18歳の層に増えました。つまり、ここだけを見れば、むしろ福島の今の状況との類似性が目立つのです」
尾松氏の指摘の根拠は、2011年にロシア政府が発行した「ロシアにおける事故被害克服の総括と展望」と呼ばれる報告書に基づいている。
検討委が開いた2月の会見でも、このロシア政府報告書についての質問が出た。だが委員から出た答えは「読んでいない」だった。(甲状腺がんの発症と放射線被ばくの因果関係は考えにくいとする理由として検討委が挙げている)「チェルノブイリ事故に比べて被曝線量が少ない」という点に関しても、福島の事故当時に県民の甲状腺への被曝量をきちんと測定できたのか疑問が残る。
弘前大学の床次眞司(とこなみしんじ)教授は、2011年の4月11日から16日まで浪江町や福島市で62人の甲状腺被曝調査を行なった。しかし県の職員から「それ以上の検査は不安をあおる」として止められ、被曝量のデータが集まらなかった。放射性ヨウ素131は半減期が8日と短く、今となっては、測定することは不可能だ。
ちなみにチェルノブイリでは約35万人の甲状腺被曝量が調査されたが、福島ではその0.4%ほどの1500人にすぎない。
県が実施した甲状腺検査に対する専門家の違和感
それでは、どのくらい甲状腺被曝をすればがんになる確率が増えるのか。ひとつの目安として、原発事故が起きた際に住民が飲む「安定ヨウ素剤」がある。あらかじめ薬で甲状腺にヨウ素を満たすことで、放射性ヨウ素が取り込まれにくくするのだ。
つまり、この服用基準を上回る量の被曝をすれば、甲状腺がんなどの異変が起きる可能性が高まると考えられているのである。
安定ヨウ素剤の服用基準は日本では年齢に関係なく、「被曝量」100mSv(ミリシーベルト)だった。しかし、アメリカやフランスなどでは18歳以下は50mSv。国際原子力機関も2011年6月に服用基準を100mSvから50mSvに下げた。チェルノブイリ原発事故で約50mSvの被曝でも甲状腺がんが増えたためだ。
そのため日本も50mSvに下げることを決めている。床次氏が調べた65人の分析結果では、5人の被曝量がこの50mSvを超えていた。検査を止められなければ、被曝の実態がより明らかになったことは間違いない。福島では甲状腺がんが多発している上に、このようなデータも明らかになってきているため、被曝との影響は考えにくいとする検討委の中でも、ここにきて委員間の認識の相違が目立ち始めている。
前出の床次教授は、原発事故直後の福島で測定できた数少ない甲状腺被曝の測定結果をもとに、福島はチェルノブイリよりも被曝量が低かったとした。だが、甲状腺がんと診断された人たちの被爆量をきちんと測っていないのに、この測定結果から甲状腺がん多発は放射線の影響とは考えにくいとする検討委の方向性に、最近の報道番組のインタビューの中で疑問を投げかける見解を示した。
また、日本甲状腺外科学会前理事長を務めた清水一雄委員は取材に対し、先行検査では問題がなくても、本格検査でがんと診断された人が51人いることを「気になる」と指摘する。
「先行検査で(異常のなかった)A1判定の人が、本格検査で比較的多くがんを発症しました。最新の結果では、その比率が少し増加しています。新しく発症したのか、先行調査での見落としかについては重要な問題です」
しかも、この51人の平均腫瘍径は約1㎝、最大で約3㎝にも達する。2、3年でこんなにも大きくなるのだろうか。もし先行検査での見落としなら、検査の信頼性が揺らぐことになる。見落としでないとしても、甲状腺がんの約9割を占める乳頭がんは進行が遅いのが特徴。51例は、たった3年ほどで手術の必要があるほどがんが大きくなっていたのだから、普通の乳頭がんと比べても変だ。
それでも検討委や甲状腺検査を行なう福島県立医大は、一向に放射線との関連を認める気配を見せない。そのため、本当のことを知りたい患者同士が情報交換や政治などへの働きかけを目的として「311甲状腺がん家族の会」を3月に発足させた。
甲状腺がんを激増させかねない国の認識の甘さ
会のメンバーで、甲状腺がんと診断され手術をした県内の中通(なかどおり)に住む女性の父親は「娘のがんは大きな状態で見つかった。過剰診断ではないと思う」としながら、不安な心情をこう話す。
「放射線の影響ではないと言いながら、福島県立医大はなぜ何度も検査をするのか。被曝の影響が考えにくいというなら、他の原因をきちんと探ってほしい。再発や転移が不安で仕方ない」
会の代表世話人のひとり、河合弘之弁護士は、
「原発事故の訴訟が全国で起きているが、損害の核心は甲状腺がんや白血病などを引き起こす放射能被害。放射能の健康被害が心配だからみな避難をし、結果的に家や財物を失っているのです。だからこそ因果関係を社会的、政治的に立証していく」
という。患者の会とは別に、被曝で不安を抱えている人たちに情報提供をする「甲状腺110番」も間もなく発足する予定だ。
日本の原発事故被災者への手当が不十分なのは、チェルノブイリ事故が起きたウクライナと比較することでわかる。ウクライナでは「チェルノブイリ法」をつくり、被災児童への手当を徹底している。年間の被曝線量が0.5mSv以上ある場所に3年以上住んでいれば被災児童と認定される上、甲状腺がん患者であれば、被曝量の数値を問わずに法律で保護される。
前出の尾松氏は「チェルノブイリ被災国は、原発から数百㎞離れた場所も含め、広い地域で健康診断を続けてきた。成人にも毎年の健診があり、7、8割以上の受診率を保っている」という。
一方、福島県では被災者が受けられる健康診断の対象範囲も狭く、なおかつ甲状腺検査になると成人を過ぎれば5年に1度の頻度でしかない。その上、住民に原発作業員と同じ年間20mSvまでの被曝を許容し、除染も終わらないうちに避難指示を次々に解除しようとしているのが現状だ。
甲状腺がんの原因は、すでに消えてしまった放射性ヨウ素だけに限らない。がん治療のためにエックス線やガンマ線などを頭や首などへ照射した経験も発症因子になるといわれている。つまり、いまだに土壌にたくさん含まれているセシウムを含めた放射線に被曝すること自体が発症リスクにつながりかねないのだ。
この先、国と自治体の福島帰還政策が変わることはないだろう。となると、住民が甲状腺がんの発症リスクを避けるには自衛するしかない。大切なのは、すでに多くの住民は実行しているが、大きな被曝リスクのある場所に子供は帰さないと徹底することだ。
(取材・文/桐島瞬)