著者である魔矢峰央先生自身も驚くほど、売れ続ける『翔んで埼玉』。埼玉県知事にコメントをいただくも先生がバッサリ!

「生まれも育ちも埼玉なんて おおおぞましい」など、ひたすら埼玉県をディスったマンガ『翔んで埼玉』の勢いが、今だ止まらない!

『パタリロ』で知られるギャグ漫画家の魔夜峰央氏が描いた同作は、1986年の発刊以来、知る人ぞ知る怪作だったが、昨年、TV番組で紹介されたことで、その衝撃的な内容から全国区の知名度に。さらにその反響を受けて昨年末に復刊されると、増刷が相次ぎ4月までで55万部という脅威のヒットを飛ばしている。

特に埼玉県民も認めているようで、都道府県別でみると一番の販売数を誇るのが埼玉県だという。実際、県民や出身者に感想を聞いてみると、「言いすぎだけど、めっちゃウケるでしょ!」「ひどすぎて面白い!」と否定的な意見は全く出てこず。記者も埼玉県民だが、正直、同じ感想だ。

さらに、発行元である宝島社には所沢、行田(ぎょうだ)、飯能(はんのう)の各市長から激励コメントまで送られてきたという。

フィクションとはいえ、地元がバカにされているのに絶賛する埼玉県民。しかし、そこでふと素朴な疑問が…。それは「県の魅力を伝えるべき役割を担った県知事はどう思っているのか」という問題だ。

というわけで、上田清司知事を直撃し、本書の感想を質問したところ…。

「私が知る限りでも多くの埼玉県に関する書籍やマンガ、いわゆる『埼玉本』が以前から注目を集め、売れています。未読ですが『翔んで埼玉』については、約30年前の作品が復刊することからも、読者が惹かれる作品なのでしょう。埼玉県民は人がよく、心に余裕があり、揶揄(やゆ)されてもいちいち目くじらを立てない県民性ですし」

あれ? 全然、許容している…。とはいえ、本書では、東京に行けば「埼玉狩りだー!」と埼玉へ“強制送還”されるほど東京から蔑視されている埼玉。しかし、現実はどうなのか。知事がアピールする埼玉の魅力は?

「サッカー日本代表戦の多くが行なわれる『埼玉スタジアム2002』や、格闘技の聖地で有名アーティストのコンサートが行なわれる『さいたまスーパーアリーナ』は日本中から注目を集めています。また、人口は増え続け、過去10年の企業本社の転入超過数は全国1位ということからも、本県に対する注目のほどを窺(うかが)い知ることができます。これから躍進する埼玉の姿を知っていただければ、皆さん、びっくりされるでしょう」

一埼玉県民として、正直に言うと、埼玉スタジアムやスーパーアリーナはもちろん知っているが、なんだかいまいちピンとこない…。それを埼玉の魅力に数えていいのか? 県民ながら違和感のあるコメント。そこでこの知事のコメントについて、今度は作者の魔夜氏本人に聞いてみることに…。

埼玉は「わざわざ戻る必要ない」場所?

―というわけで、魔夜先生、知事は埼玉スタジアムやスーパーアリーナが埼玉の魅力だと仰っていますが、いかがでしょうか?

魔矢 あるっちゃあるんだけどね、目立たない。ライブだったり、有名人も来るのにね、なんで目立たないんだろうね。あとは西武球場くらいか。なんでこんな影が薄いのかって…。私自身も所沢住んでたのに西武球場には行ったことないんだけど、あそこは雨で試合が中止になると弁当がたくさん売ってるんですよ、球場で売れなかった分。それくらいの思い出しかない。

―埼玉県民として、わかります! ここ10年の企業の本社転入数が日本一というのもご存知ないですよね? 県民でも知らない人のほうが多いと思いますが。

魔矢 わからないけど、わからなくもない。落ち着いてますもんね、埼玉の人は。東京だと皆、足の引っ張り合いしてるけど、埼玉はない感じ。だから安心できるんじゃないんですか?

―知事も仰っている「心に余裕がある」ということでしょうか。

魔矢 それは本当にそう。それこそ埼玉県民は「ダ埼玉」とか言われてるけど、そう思ったことはないし、むしろ余裕のあるゆったりした方達だと思う。埼玉の人の度量の大きさというかね。自分を笑い飛ばすようなものを持ってる。だからこの作品が成立してるんだよ。他の土地でやってたら絶対無理だったし、埼玉だからこそできるもの。

―逆に考えるとハングリー精神みたいなものはなさそうですね(笑)。

魔矢 埼玉は「彩(さい)の国」みたいに言ったりしますよね、そんなキャッチフレーズは要らないでしょ。皆、穏やかに暮らしてるからそれでいいんじゃないかな、自然体で。埼玉は埼玉であってほしい。シャカリキになったら埼玉じゃない。それこそ、こんな本も出せなくなる(笑)。

―知事は「躍進」できると思っているようですけど、しなくてもいいんですね(笑)。ちなみに魔夜先生は現在、横浜に住んでいらっしゃいますが、埼玉に戻りたいとは?

魔矢 全くないですね。わざわざ戻る必要ない。行くんだったら日光とか鬼怒川とかのほうが面白そうだけどね。

30年ぶりの埼玉凱旋も、やっぱり興味はない?

―えっ、埼玉のこと、割と褒(ほ)めていらっしゃいましたよね?

魔矢 当時、住んでいて恐怖に包まれてましたから。近場に担当編集と編集長が住んでいて、とにかく逃げ出したい気持ち。この作品もそんな鬱屈(うっくつ)した気持ちが書かせたんではないかと思います。

―なるほど、トラウマなんですね。では30年以上経った今の埼玉にはどんな印象がありますか?

魔矢 ないですね、所沢も変わったっていうけど何がどう変わったかも知らない。そもそも引っ越してから行ったこともない。新幹線で通るくらいだよね、大宮を。でも、降りないけど、たぶん大宮ってすごい都会ですよね。

―あっ、そうなんですか!? 30年も経てば何かしら用事もあったと思いますけど。

魔矢 何しに行くの(笑)?

―えっ?

魔矢 でも今度、新所沢パルコのリニューアル記念のイベントやるんだけど、それでトークショーやサイン会もやりたいからって、5月3日に行ってきます、それが何十年ぶりのですね。

―凱旋(がいせん)ですね!? 期待感みたいなものはありますか?

魔矢 どれくらい都会になったのかは、この目で見てみたいと思ってます。興味を持ったというかね。昔住んでたところがどうなっているのかっていう。まあでも時間があれば寄りたいけど、わざわざ作るほどでもないかな(笑)。

―埼玉県民は心待ちにしていると思いますよ。では最後に、知事のコメントをきっかけに取材させていただいたわけですが、知事に対して、メッセージをお願いします!

魔矢 2003年に就任したんだっけ? 長くやってる、それだけ人望のある方が認めてくれたから心強いですね。予想外だとは思いますが、埼玉のためにありがとうみたいな気持ちも伝わってきました。こちらこそ、ありがとうございます。

(取材・文・撮影/鯨井隆正)