クレーンにつられて船積みされるキハ11。こちらはJR東海で活躍していた車両で、今後はミャンマーで走ることになる

今、ミャンマーは日本で廃車となったディーゼルカーが数多く走る国として、鉄道ファンの注目を集めている。なぜ、この国に日本の鉄道車両が集まるのか? そこには、ある商社の熱意があった!

東京・明治神宮外苑と新宿御苑に挟まれた一角にあるマンションに入居しているのが、日本の鉄道車両をミャンマーへ輸出する事業を手がける専門商社、ウエストコーポレーションだ。

専門商社と聞くと、巨大な本社ビルのイメージを抱くかもしれないが、この会社は(しつこいようだが)マンションの一角。本当にここが日本の鉄道車両の輸出を手がける会社なのか。恐る恐る入り口のドアを開けると…。

「私が鉄道車両をミャンマーへ輸出する事業を担当しております、横山と申します」

出迎えてくれたのは、明るく爽やかなナイスガイだった。

鉄道ファンにとって、ここウエストコーポレーションは鉄道車両の“救いの神”として知られている。その名前が大きく知られるようになったのは2010年のこと。その年に、国鉄時代から40年以上にわたり活躍したディーゼルカー、キハ181系が引退した。

最後は特急「はまかぜ」として大阪-鳥取間を走り、そのまま廃車解体、鉄クズになると思われていた…。だが、第二の人生を送るためミャンマーに輸出されることがわかり、鉄道ファンは大いに喜んだのだった。

さらに現地で活躍するキハ181系を撮影すべく、ミャンマーへ渡った彼らが見たのは、その他にも活躍する日本の車両だった。

「こんなのがありました!」と、ファンは自分のホームページなどに紹介。BSの鉄道番組で取り上げられたこともあり、ファンの間では「ミャンマー=国鉄時代に活躍した懐かしの車両に会える国」とまで認識されるようになったのだ。

この会社が創業したのは1990年と、まだ新しい。主な事業内容は果汁や果肉の輸入で、鉄道とは全く関係ない。なのになぜ日本の鉄道車両をミャンマーに輸出する事業を始めたのか?

日本にある素晴らしいものを輸出して母国に貢献したい

 

札幌-函館間で「北斗星」や先日運転を終了した「はまなす」「カシオペア」の客車を牽引したDD51形機関車

「2002年、弊社にソウというミャンマー人が入社したんです。彼は日本にある素晴らしいものを輸出して、母国の発展に貢献したいと考えていたんです。そしてミャンマー政府や日本の企業に働きかけて、最初はカップラーメン工場で使われる機械や自動精米機を輸出していました。

そんな中で2004年頃にミャンマーの鉄道省から『車両の老朽化が進んでいて困っている。日本の車両を輸入できないか?』という相談を受けたんです。

でも食品や工場の機械を扱っていた我々に車両メーカーや鉄道会社とのつながりなどありませんでした。そこで車両メーカーに話を聞いたのですが、鉄道車両は非常に高価で、中古の車両を探すことにしたんです。

そこで見つけたのが北海道の北見市にあった『北海道ちほく高原鉄道』という会社。路線が廃止になるということで話がまとまり、2006年、ディーゼルカーを3両、初めてミャンマーに輸出しました」

鉄道会社へのアプローチはソウ氏と横山氏が担当。2年の月日をかけて輸出が実現した背景には、ソウ氏の「母国への貢献」の思いがあったのだ。

「それ以降は日本の各鉄道会社さんともつながりができて、年間10~20両のペースで中古車両の輸出が続きました」

ここで疑問が浮かぶ。ミャンマーの近隣には広大な国土に大鉄道網が広がる中国やインドがある。日本からわざわざ船で運ぶまでして日本の中古車両が選ばれているのはなぜだろうか。

「ミャンマーの鉄道の線路の幅は1000mmなんです。そして日本の鉄道は1067mm、中国は1435mmでインドは1676mm。中国やインドの車両は大型のものが多くて、ミャンマーで走らせようと思ったら大がかりな改造が必要になる。

でも日本の車両なら改造費が安く済みます。さらに日本で使われていたものは、厳しい法定検査をクリアしている車両なので、20、30年使われていた車両でも問題なく動いてくれる。だからミャンマーでの評判がいいんですよ。それと全車両、冷房が装備されているのも大きいですね」

JR東海の“国鉄型車両”はすべて引退しミャンマーに…

【上】国鉄・JR東海で40年近く活躍したキハ40 系。つい最近まで使用されていたので状態は良く、現地でも大いに活躍してくれることだろう【下】キハ40系デビュー記念式典。国際支援スタッフとして現地で働く元国鉄職員がいるので、日本の中古車両の手入れはスムーズだという

近年、急速に経済発展が進みつつあるミャンマー。通勤型列車だけでなく、特急型の車両や寝台車も日本から海を渡っている。

「2012年には、JR西日本で走っていた特急型のキハ181系を。最近では、寝台特急『北斗星』で使われた24系の寝台車や、それを引っ張っていたDD51というディーゼル機関車も輸出しました」

「北斗星」といえば、昨年の3月に惜しまれつつ引退した上野-札幌間をつないだブルートレイン。まさか今、南国ミャンマーにいるとは!

しかし、初めて鉄道車両を輸出した年、その間、トラブルもたびたびあった。

「弊社では鉄道会社さんから中古の車両を譲り受けた後、港へ運び、船が来るまで、お金を払って車両を保管します。しかし、ミャンマーを大きな台風が襲って、しばらく船が来ず、保管料だけで大変な赤字になったことがありました」

こんな予想外の出来事も。

「ミャンマーのトンネルは日本よりも低いので、車両が現地に着くと、車輪の幅を調整するのと同時に、屋根の高さを低くする改造工事を行なうんです。しかし北斗星で使われた寝台車は、車高を低くすると二段式ベッドの上段のスペースがなくなってしまうらしく…。だから輸出はしたのですが、まだ使われていないようです」

こうした試行錯誤もありながら、今、同社の鉄道車両輸出事業は本格的な軌道に乗ったところだ。

「昨年はJR東海さんと契約を結び、キハ40系とキハ11形のディーゼルカーを合わせて80両輸出することになりました」

この春のダイヤ改正でJR東海の“国鉄型車両”はすべて引退。そのほとんどがウエストコーポレーションによってミャンマーに輸出される予定だ。では、同社は今後どのような展開を考えているのか。

これからもミャンマーと共に歩んでいこうと

ミャンマーで去年から始まった電車運転プロジェクト。首都ヤンゴンの周囲を一周する“ミャンマー版山手線”を実現するためのテスト中だ

「ミャンマーの政権が代わったばかりなので、今はソウが現地で新しい担当の方への挨拶(あいさつ)回りに動いています。鉄道は国の発展のための大事なインフラなので、政権が代わっても輸出が中止になることはないと思っていますが。

我々が昨年から新しく手がけているのはミャンマーの鉄道の電化事業。ミャンマー鉄道省の考えで首都ヤンゴン近郊を走る路線を電化しようというプロジェクトです。現在、街で気動車を運用しておりました区間の上に架線を張り、広島で使われていた路面電車を輸入して、近代ミャンマーの公共施設では初となる“電車導入”のお手伝いを行なっています。

こちらは高圧電流を使用しているため周囲にどんな影響があるのか確認しながらの作業なので、本格運用までにはまだ時間がかかりますが、もしこのプロジェクトがうまくいけば、今後は電車の輸出もできる可能性があります」

最近はJR東日本で活躍していた205系通勤電車がインドネシアのジャカルタ近郊で走り、タイでは日本のブルートレインが夜行列車に使われるなど、アジア各国で日本の中古車両が活躍している。

また、台湾をはじめとした海外への新幹線技術の輸出など、鉄道事業が日本の新たな輸出産業として注目を浴びている。ウエストコーポレーションも時代の流れに乗って、鉄道事業をアジア各国に広げていくのか?

「うちの鉄道輸出事業はミャンマーだけ。今のところ、他の国への輸出は考えていません。そもそも、ソウの強い思いで始まり、採算は『プラマイゼロならOK』という考えですから。それでも、これからもミャンマーと共に歩んでいこうと思います」

(取材・文/渡辺雅史【リーゼント】 写真提供/ウエストコーポレーション)