「今回は自分の能力をふわっと超えるものが書けたっていう、これまでにない達成感がありました」と語る万城目氏

京都の裏歴史で代々受け継がれてきた、オニを操る対戦型スポーツに燃える大学生たちの青春群像劇『鴨川ホルモー』で第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞し、30歳で作家デビュー。

続く『鹿男あをによし』では奈良、『プリンセス・トヨトミ』では大阪…と、関西を舞台にファンタジーの要素を取り入れた小説を書き継いできた万城目学(まきめ・まなぶ)が、デビュー10周年の節目に長編『バベル九朔(きゅうさく)』を発表した。

主人公の九朔(注・名字です)は、作家志望の雑居ビル管理人。物語の入り口こそ等身大の日常風景だが、ある一点を皮切りに、ばかでかい想像力に裏打ちされた異世界ファンタジーへと変貌を遂げる!

完全なる新境地に突入した心境を直撃すると…自信と弱気が共に顔を出した。

―序盤は東京の繁華街にある5階建て雑居ビル「バベル九朔」で巻き起こる、管理人とテナントのどたばた交友録です。登場人物たちのチャーミングさやあったかな関係性は、「これぞ万城目節!」と感じました。

万城目 7年前に、第1章だけ書いて雑誌で発表していたんです。その時は、ファンタジーの要素を一切なしにして、雑居ビルが舞台の「ご近所物語」にするつもりだったんですよね。ビルの1階のお店は「レコ一」、2階のお店のオーナーは双見さん、3階は蜜村さん、4階は四条さんというふうに名前と階数を結びつけて、『めぞん一刻』みたいなイメージで。

ただ、完成させた第1章を読み返した時に、「5階に住んでる主人公の名字が九朔なのはなんでだ?」と自分で気づきまして。その理由を考えていくうちに、これまで書いてきたような現実と地続きの場所ではなくて、現実と切り離された思いっきり異空間に主人公を飛ばしてしまえ、という構想が生まれたんです。

そこまでは7年前に決めていたんですが、飛ばした先がどんな場所で、どう話が進んでいくかは全くのノープラン。まさか後半、こんなにダークになるとは思わなかった(笑)。

―本の帯には「著者初の自伝的?青春エンタメ!」と銘打たれているのですが…どのあたりに「自伝」要素が?

万城目 実は僕、会社を2年で辞めた後、雑居ビルの管理人をしながら小説を書いていたんです。給料はないけど、家賃がタダ。会社員時代の貯金を切り崩して、小説賞に応募していました。

仕事は主人公の九朔くんと同じで、ゴミ捨てと共有部分の掃除と、廊下の電球を換えて電気代をもらいに行ったり…カラスを退治したり! カラスがほんまにいやだったんですよ。あいつら、羽を広げるとめっちゃでかいし怖いんです。一回、ビルの中にあいつが入り込んだことがあって、その時のものすごい絶望感は今でも覚えてますね。

同じ状況で九朔はひとりでなんとかしましたけど、僕はまあ、2階の人に「助けてください!」って泣きつきました。

これこそが、実は強くてカッコいい男なのだ!

―今のお話で、万城目さんと主人公は別人格であることが証明されました(笑)。

万城目 九朔のほうが全体的にマジメに生きてるんですよ。管理人の仕事もマジメにしてますし、小説もマジメに書いてますし。僕なんかは当時、好きな本を読んでゲームして、スカパー!でやってるサッカーの試合、全部見てましたから(笑)。

九朔は、夢の世界というか夢が叶(かな)う世界に行っても、自分の意思で毎度現実に戻ってくる。孤独を耐える、ということができる人なんですよ。しかも悲壮感がなくて、どこかのんきで爽やか。「これこそが、実は強くてカッコいい男なのだ!」と、特に最後のほうの展開を書きながら感じていましたね。

―ところで、ツイッターを拝見していると、万城目さんってゲームが大好きですよね。

万城目 今は『ダークソウルⅢ』にハマってます。『ダークソウル』シリーズの作り手の宮崎英高さんと、『メタルギア』シリーズを手がけた小島秀夫さんがゲーム界のツートップだと個人的に思ってますね。ほんとに優れた人が作るゲームって、画面に登場する文章もストーリーの組み立ても全部が高次元だから、ものすごいできる人の本を読むのと同じ感じなんですよ。

―でも、小説を書くためには、ゲームをする手を止めなければいけないわけじゃないですか。小説を書くという行為の中にしかない楽しさがある、ということなんでしょうか?

万城目 基本的にはもういやだいやだ、こんなの何も面白くないとか思いながら書いてるんですけど(笑)。たぶんね、自分で設定した難しいことを、自分で解いていくのが好きなんですよ。その楽しみは小説を書くことでしか僕は得られない。

―今回、過去最高の難しさ=楽しさだったのではないですか。

万城目 もう、まさに。小説を書く時、毎回、前作よりも難しい課題を自分に与えるのですが、今回は「主人公はビルから一歩も出ない」という制約もそうだったし、全くの白地図に異世界を描いていって、その世界の理屈も全部考えなければいけない。今までと似ていないもの、かつ自分の能力をふわっと超えるものが書けたっていう、これまでにない達成感がありましたね。

ただ、本が出て2ヵ月近くたち、感想をちらちらと最近になって読むようになったんですけれども、「万城目学はベストセラー作家だったんだなあ」って思いました…。

気難しくなったらあかん

―どういうことですか?

万城目 早読みできる、娯楽としての本を期待して手に取った人にとっては、あかんみたいです(苦笑)。例えば「ここは現実なのか異空間なのか?」とか、この小説は読者に能動的に考えるってことを強(し)いてる部分があるんですね。そこが面白いところでもあると思うんですけど、これ以上難しくすると読者に離れられちゃうから、ここが限界かな、と。次は読みやすいやつを2、3冊、出さないとあかんかなと思っています。

―それも読みたいですし楽しみですが、新しい場所に連れていってほしい気もします。

万城目 僕ね、昔から「気難しくなったらあかん」というふうに思ってまして。好きだったポップスターがどんどん気難しくなって、昔みたいな楽しい曲を作らなくなるのはあかんなと。

だから、これまでの楽しい感じの作品を書きつつ、『バベル九朔』のさらに向こうへいく小説も、ほとぼりが冷めたところでチャレンジしてみたいです。まあ、しばらくは「うまいことバランスを取ろうとしてるんだな」と思ってください(笑)。

(取材・文/吉田大助 撮影/三野 新)

●万城目学(まきめ・まなぶ)1976年生まれ、大阪府出身。京都大学法学部卒業。化学繊維会社勤務を経て、雑居ビルの管理人を務めながら小説家を目指す。2006年に第4回ボイルドエッグズ新人賞を受賞した『鴨川ホルモー』でデビュー。その他の著書に『鹿男あをによし』『ホルモー六景』『プリンセス・トヨトミ』『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』『偉大なる、しゅららぼん』『とっぴんぱらりの風太郎』『悟浄出立』などがある

■『バベル九朔』 KADOKAWA 1600円+税小説家になると宣言して会社を辞めた(恋人もなくした)27歳の「俺」は、雑居ビル「バベル九朔」の管理人として、なんとかうまくやっていたはずだった。だが、全身黒ずくめの女のひと言で日常が揺らぐ。「扉は、どこ?」。ビジュアル要素を持たず、言葉だけで構築される小説だからこそ可能となった異世界の描写が脳みそ大興奮の面白さ!