アダムス氏のパンチを受けた編集部バイトの松崎は「意識が遠のきました…」。呼吸法はヒーリング効果っぽい側面もあったが、攻撃を受けてわかるのがやはりロシア軍人考案の“格闘技”ということ

様々な戦闘状況を想定した実戦的格闘術として、日本でにわかに注目を集めているのがシステマだ。

ロシア人が開発した軍隊格闘術で、松竹芸能の芸人・ピーマンズタンダードが深夜番組「ざっくりハイタッチ」(テレビ東京系)で披露した「システマで習得した呼吸法のおかげで、どれだけ殴られても痛くない」のネタで話題となっている。

本当にシステマの呼吸法を学べば殴られても痛くないのか…そんな魔法のようなことが可能なのか? それを検証すべく、東京・JR高田馬場駅近くの雑居ビルにあるシステマの道場のひとつを訪れた。

道場で取材班を迎えてくれたのはインストラクターのアダムス氏。13年前に合気道を会得すべく来日したイギリス人で、様々な格闘技を習得したマーシャルアーツの達人だ。

前回、健康法中心の呼吸法を学んだ初級クラス体験ルポに続き、後編では型がない格闘技・システマの本質に迫るべく、続いて格闘技中心クラスへ参加してみた。

腕を上げ下げしながら歩く。打撃クラスという割にはラクなスタートだったため拍子抜けしたが…

まず、リラックスした体を作るために、腕を上げ下げしながら輪になってウォーキング。ランダムに後ろ歩きも入ってくるが、打撃クラスという割にはラクなスタートだったため拍子抜け。ところが…。

その後は、ペアを組んで相手の上を転がったり2人、3人、そして4人で“でんぐり返し”! そして、全員で円陣を組んでスクワット。他人と呼吸を合わせることがいかに大変かということを思い知らされる。これはストライク(打撃)に必要な“相手を感じる”ための準備運動だそうだ。

でんぐりがえしは、人数が増えると難しくなると思いきや、相手がフォローしてくれるため、キツいがなんとか起き上がれる

次に、ペアの身体を使っての拳立て。最初は仰向けの相手の身体の上で、次に立位で行なう。相手の筋肉の上に拳を置いて手首で支えるのだが、向き合う体の中で、ぐらぐらしない場所(部位)を見つけるのが難しい。

ペアの身体を使っての拳立て。相手の筋肉の上に拳を置いて手首で支えるのだが、ぐらぐらしない場所(部位)を見つけるのが難しい

流されたら為す術もなく倒れる!

そして、いよいよストライク(打撃)だ。

ペアを組んだ生徒から「相手の動きや力をつぶさに感じ、受けて流すように」とアドバイスをもらうが、理屈ではわかっても思うように身体が動かない。相手につかみかかるほうも、さばくほうもめちゃくちゃ難しく、アダムス氏や他の生徒のように流れるようになんてできやしない。まず頭で考えてから行動をしてしまうのでワンテンポ遅れてしまう。

手をつかまれた後、腕を軽く引いたとたん相手が倒れそうに…

アダムス氏の模範演技を見ると、手をつかまれた後、腕を軽く引いた途端、相手が倒れそうにーー。なぜ腕を引いただけで相手が倒れるのか? 攻撃する力に逆らわずに受けとめて同方向へ導いて流しているからだ。

こちらの力を流されたら、倒れるしかない

お互いの力がぶつかり合えば、その接触点で力を入れることができて相手を押さえ込むこともできる。しかし、自分の力を受け止めずに流されると、さばかれる側は力を入れようがない。反抗されれば攻撃相手も力が入るが、流されたら為(な)す術(すべ)もなく倒れるしかないというわけだ。

ひと通り終了したところで、他の生徒たちに話を聞くことができた。そもそも、皆さんはどうやってシステマにたどり着き、道場へ通い始めたのか?

マンガの『ディアスポリス 異邦警察』(モーニング)で知りました」(30代・男性)

ディスカバリーチャンネルで知って、検索したら2ちゃんねるでスレッドがあったので、立てた人にどこでできるか聞きました」(30代・男性)

合気道をやっていたので情報は入ってきたので、最初は試しでカルチャースクールで習いましたね」(40代・男性)

マーシャルアーツに興味があって検索したら、ロシアンマーシャルアーツ見つけたの! ロシア人なのに日本に来るまで知らなかったんだけど、面白そうでしょ。日本へ来て1ヵ月後から始めたの」(20代・ロシア女性)

こんな理由により、システマ歴半年のロシアンガールからシステマジャパン設立前からやり初めてキャリア12年という強者までが集まっていた。

システマを習ってる人って、変わり者が多いですけどね(笑)」(20代・男性)

ええ、それは否定しません(笑)。

自分の力を受け止めずに流されると、さばかれる側は力を入れようがない

恐怖すら克服できる

話を聞いていくと、不思議な共通点が…。システマを始めてから自分に起きた良い効果を尋ねると、表現は違うが答えの核は同じーー心身ともに「リラックスするようになった」だった。

歩き方が変わったり、効率よく身体が使えるようになりました。以前は、膝(ひざ)や腰が緊張していたし、無駄な動きも多かったんだと思います」(30代男性)

エブリライフに役立つの。日常のあらゆるところに緊張するシーンはあるけど、システマを初めてから前よりもリラックスできるようになったのは確か。フィジカル面でも自分自身を守れるようになってると思う」(20代・ロシアンガール)

さらには、人間関係も円滑に!?

満員電車で身体が緊張することもなくなったし、いろんなことに怒らなくなったと思います」(20代・男性)

呼吸や姿勢を正しくすることは日常生活では忘れがちですが、身体の痛みとともに覚えるので咄嗟(とっさ)の時に出るんです。緊張している自分がわかるのでケガも避けやすいですが、人間関係においても心と身体ともに他人とぶつかりません。受けて流すことができるんですね」(40代・女性)

ロシアンガールとペアで、やけに腰が引けていた松崎。初手で思い切り倒されたため、「本国の達人かと思って…」が理由だった

このように生活の質までも上げるシステマ。ちゃんとした呼吸をすることで自律神経を整えられると言われているが、何よりその原則に秘密があるようだ。

自分自身を知る手助けをしてくれる、それがシステマなのデス。システマをすれば、自然な自分の動きを段々と知ることになりますが、それは型ではアリマセン。呼吸をして、リラックスして、あなた自身の感情もコントロールすることデス。そう、例えば恐怖です。恐怖が無くなることはアリマセン。でも100%の恐怖が、呼吸をすれば少なくデキマス

あらゆる面から自分を守れる武術としての側面はもちろん、意識した呼吸が身につくことでヘンに力の入らない体の使い方ができるようになるという。

それは一番最初の疑問ーー殴られても痛くないのか?にも通じる。実践練習にも取り入れられていたが、万が一、ナイフが刺さったとしても、システマを会得していれば刃先の入り方が異なって傷が浅くなるため、自分を助けることができるのだという。つまり、力を受け流すのと同じ要領で痛みも軽減できるということか。

システマは、現代の暴力的で危険なストレス社会を生き抜くために最適な格闘技ともいえるようだ。

万が一、ナイフが刺さったとしても、システマを会得していれば刃先が入り方が異なって傷が浅くなるため自分を助けることができるのだという。

(取材・文/渡邉裕美 撮影/松井秀樹)

取材協力:システマジャパン http://www.systemajapan.jp/