「県民健康調査」は県が福島県立医科大学(写真)に委託する。県は避難住民を帰還させたいので、医大はそれに沿った結論を出したり情報隠しを行なっているのではといわれている 「県民健康調査」は県が福島県立医科大学(写真)に委託する。県は避難住民を帰還させたいので、医大はそれに沿った結論を出したり情報隠しを行なっているのではといわれている

福島で甲状腺がんが多発している原因が福島第一原発からの放射線かどうかを専門的な立場から助言するために県が設置した「県民健康調査検討委員会(検討委)」

チェルノブイリ原発事故では子供の甲状腺がんが多発した。そのため福島でも疑ってかかるべきなのだが、実際には逆方向へと進んでしまっている。

このままではがん患者が見殺しにされかねない事態になりそうだ。一体、何が起こっているのか?

■チェルノブイリ同様、5歳以下からがん患者が

6月6日に福島市で開かれた「第23回県民健康調査検討委員会」。放射線被曝(ひばく)と甲状腺がんの因果関係を調べるこの有識者会議で、県民や報道陣が傍聴する中、福島の事故当時18歳以下だった子供の甲状腺がんが、さらに15人増えたことが報告された。

これでがんと確定したのは131人になったのだが、今回、この15人の中に当時、5歳以下の子供が加わっていたことが初めてわかり、傍聴人の間に衝撃が走った。

もともと小児甲状腺がんの発症率は、100万人当たり年間2人程度といわれている。それが原発事故後の福島では、約38万人いる18歳以下に対して、5年で131人ががんと診断された。34倍以上の明らかな「多発」といえる。

だが、検討委は「過剰診断が多発の理由であり、放射線の影響は考えにくい」としてきた。過剰診断とは、本来は診断する必要もなかったが、調べてみたら見つかってしまい、手術までしてしまった診断のことだ。

検討委が被曝の影響は考えにくいとする根拠はいくつかあるが、その中のひとつが「チェルノブイリでは事故当時5歳以下の子供に甲状腺がんが発症したケースが見られたが、福島では出ていない」というものだった。

子供の甲状腺は放射性ヨウ素を吸収しやすく、原発事故で飛散したヨウ素131を取り込むとがんになる。だが、福島では、事故当時5歳以下の発症者がこれまで見つかっていなかったため、がんは放射線とは関係ないとのスタンスだったのだ。

ところが、今回初めて5歳以下の患者が出た。県や医大は公表していないが、事故当時、いわき市に在住していた5歳の男児が、今年5月頃に手術を終えたとみられていることが取材でわかったのだ。これで検討委の「被曝と関係なし」とする根拠のひとつが崩れたことになる。

だが、記者からの質問に答えた星北斗座長はこう突き放した。

「恣意的に公表しなかったわけではなく、全体的に判断すること(だと考えている)。この先どのくらい5歳以下の患者が出てくるのか検証する必要はあるが、放射線の影響は考えにくいとするいままでの論拠を、これで変更することはないと考えている」

つまり、ひとりぐらい5歳以下から患者が出ても、被曝と関係があるのか議論することはしない、ということだ。こうした検討委の姿勢に、福島の甲状腺がんの患者や親が集まる「311甲状腺がん家族の会」代表世話人の千葉親子(ちかこ)氏はこう怒りをにじませる。

「星座長の言葉は言い逃れにしか聞こえません。5歳以下の子供にがんが見つかったのだから、きちんと検証をしないといけないはず。第一、今の甲状腺がん多発についても『過剰診断』と言っていますが、もっと被曝の影響をちゃんと検査をして調べるべきです」

患者のデータを医大が隠そうとする理由

■患者のデータを医大が隠そうとする理由

そもそも検討委は、以前から結論ありきの組織ではないかとの批判が多い。福島の甲状腺がん問題に詳しいジャーナリストの藍原寛子氏が解説する。

「4年前、検討委は秘密会を開いて県民が知らないところで大事なことを決めていることがわかり、大きく批判されました。当時の座長だった山下俊一氏らのメンバーは、それをきっかけに代わりましたが、検討委の本質は今でも同じ。放射線の影響は考えにくいとした今年3月の中間とりまとめにしても、どういう議論がされたのかさっぱり見えてきません。

初めのうちは、予防医学につなげるようなことを言っていたけど、フタを開けてみると疫学的な分析も不十分な上、チェルノブイリなどほかの地域との比較もおざなりで、都合のよいデータしかつまみ食いしないのです。実際のデータさえきちんと比較分析していないのに自分たちは科学的だと言う」

秘密会とは、検討委員会に先立って非公開の会議をこっそり開催し、調査結果に対する見解を「がんと原発事故の因果関係はない」とするよう擦(す)り合わせしていたものだ。この問題は県議会でも取り上げられ、村田文雄副知事(当時)が陳謝する事態に及んだ。

藍原氏は、検討委の人選もありえないという。

「まず当事者である患者が入っていない。これでは県民のための調査といえません。それに委員は東京や長崎から来ていて、福島で患者を実際に診ている人がほとんどいない。星座長は地元ですが、医師免許を所有していても病院の経営者で、実際に患者を診ていないのです。そもそも甲状腺の専門外の委員がほとんどだから、バラバラに好きなことを言って終わってしまっているのが現状です」

検討委の議論が、結論の方向がある程度決まった前提で行なわれているとしたら、その責任は委員を選んだ県にある。県は、福島県立医科大学に県民健康調査を発注し、検討委もその調査の一環に含まれている。つまり、医大も検討委も県の目指す方向性に沿って議論を進めざるをえないのだ。

その方向性とは、原発事故で避難している住民を地元に帰す帰還政策のこと。うかつに被曝の影響で甲状腺がんになったと認めたら、県民は地元へ帰らないばかりか、補償も求められる。そのため「被曝とがんの因果関係はない」との結論に誘導されている…というわけだ。

そう考えると、甲状腺がん患者のデータの多くを医大が公表しない理由も見えてくる。実際に医療関係者からはこんな指摘も出ている。

「例えば、がんの進行度を数値で分けた『TNM分類』というものがあります。Tは腫瘍の大きさ、Nはリンパ節への転移、Mは他の臓器への転移を示し、これを見れば福島で起きている甲状腺がんの傾向が一発でわかる。だが、県や医大はこの分類を診療情報、個人情報だとしてデータを出さないのです。

しかし、この分類はもともと疫学データに使うものであり、個人情報とは性質が違う。それに、甲状腺がんの手術をした後に再発している人もいるというのに、そんな重要なデータさえ一切出してきません。県や医大は今の甲状腺がん多発の状況をデータ化されたくないのかもしれませんが、公表しないことには違和感を覚えます。個人を特定しない範囲で出すことはできるはずです」

この続きは、明日配信予定! このままでは甲状腺がん患者の存在がなかったものとされる?

(取材・文・撮影/桐島 瞬)