日本各地で最大64店舗まで拡大したクリスピー・クリーム・ドーナツだが、閉店ラッシュで店舗集約へ。抜本的革命で再起なるか

今春、閉店続出が話題となったアメリカ発のドーナツチェーン「クリスピー・クリーム・ドーナツ」(以下、「クリスピー」)。

前編(参照→「リーマンショックが後押ししたブームの裏側」)では、その人気がリーマンショックや“初出店ブーム”といった外的要因にも後押しされた背景を伝えたが、「クリスピー」はそれだけでなく、日本に今も残る数々の影響を及ぼしたという。

日本中に旋風を巻き起こした「クリスピー」だが、なぜここまで日本でヒットしたのか? その魅力を元『日経トレンディ』編集長で商品ジャーナリストの北村森さんは売れた理由とともにこう話す。

「並んでいる人に試食として一個渡すといったサービスや、作っている過程がわかる見せ方、アメリカでは大衆ドーナツ店なのに日本ではレア感を出した演出の上手さなどもヒットした理由でしょうね。いろんな合わせ技で上手なプロモーションを打っていったということがすごい。それぞれひとつだけだったらそこまでじゃなかったと思います」

それだけではない。日本のスイーツ界に大きなものを残したというが…。

「“ふわとろ”という食感の定着です。口溶けの良いスイーツはこれまでもありましたが、“ふわとろ”の認知度をここまで決定的に広げたのは『クリスピー』です。これで一気に日本人を魅了しました」

さらにそれに加えて、マーケティングの世界でも今も語り草となる大きな衝撃を与えたと北村さんが続ける。

「これは未だにマーケティングの現場で語られていますが、テイクアウト用の包材を宣伝に使うマーケティング技術です。『クリスピー』の箱を持っていると、それを見た人は『あの人はクリスピーのドーナツが食べられるんだ』と羨(うらや)ましく思う。箱を持っている人が広告塔になったわけです」

1ヵ月に200種類以上のスイーツを食べ歩くスイーツジャーナリストの平岩理緒さんも、日本のスイーツ業界に与えた影響を次のように話す。

「『クリスピー』がヒットしたことによって、ドーナツやバームクーヘン、ベルギーワッフルといった、ひとつのアイテムしか販売しない、ワンアイテム専門店がいけるんだという印象が強まりました。大手ブランドの支店出店や異業種から菓子業界への新規参入時に、専門店業態にするケースも増えましたね。

また、『タリーズコーヒー』や『スターバックスコーヒー』といったコーヒーチェーンがドーナツを強化したり、ベーグル店でもベーグルとドーナツの特徴を併せ持つ新商品が登場したり、パティシエが手掛ける菓子店でも揚げない“焼きドーナツ”を販売したりと、関連スイーツが増えたという動きもありました。ドーナツ人気にあやかりつつ、自店の強みを活かし、組み合わせや製法をアレンジしたんですね」

こうした影響で、今まで家庭のお菓子というイメージだったドーナツの価値も上がり、お土産やプレゼントに持っていっても喜ばれるスイーツに進化したという。また先ほど、北村さんが挙げたようなサービスが広まって「その後の様々な専門店でも厨房を見せる演出が増えたり、オープニングや周年のサービスが太っ腹になったりした気がします」(平岩さん)

クリスピーの終焉は、まだ早い?

そんな流れが勢いを増し、2015年には「セブンイレブン」がレジ横でドーナツの販売を始めたのをきっかけにコンビニ各社も参入、さらにヒートアップするドーナツ業界。その一方で「クリスピー」が次々と閉店しているというニュースが反響を呼んでいるが「クリスピー」は今後、消え去っていくのか…。

同社社長・岡本光太郎氏は日経ビジネス(2016年5月2日号)のインタビューにおいて、流行りモノから『日本市場に本当に根付くドーナツ屋さん』になるために大量閉店し、『今までは行列ができる前提で運営してきました。(中略)しかし、ブランドが浸透した今、店舗運営の仕組みも一段と進化させる必要があります』と抜本的改革に着手しているためという考えを示している。

あくまで今後の成長を謳(うた)っているようだが、前出の北村さんも大量閉店の背景を分析した上で、「『クリスピー』の時代が終わったと見るのは早計」だと話す。

「この10年くらいからブランドイメージや価値が未来へも続くとは限らない時代。一方でオセロみたいに一気に逆転が可能な時代なんですね。ダメかもという時でも、いい商品があれば一気にシェアを広げられます。もう一度成功するには守るべきところ、変えていいところ、変えちゃいけないところを見極めなければいけない。『クリスピー』は今、それを見定めているんだと思います」

また、平岩さんは「ドーナツは身近で買えるコンビニ商品、お土産にもできる高級路線、体に優しい素材を使ったヘルシー系といった棲(す)み分けをしつつ、ある程度のリピートと人気を保っていくと思います」と今後のドーナツ市場を予測。

ドーナツ人気の土壌が定着する中で、またカムバックしてくる可能性も大いに考えられるということか。あれほど話題となり、スイーツ市場に影響を与えた「クリスピー」がどんな商品や店舗で、またプロモーションで動き出すのか楽しみにしたいものだ。

●平岩理緒スイーツジャーナリスト。スイーツ情報サイト「幸せのケーキ共和国」主宰。TVやラジオ、雑誌、ウェブなどでスイーツ情報を発信。セミナー講師やイベント司会、企業の商品開発コンサルティングまで幅広くこなす

●北村森商品ジャーナリスト。サイバー大学客員教授(ITマーケティング論)。株式会社ものめぐり代表取締役社長。『日経トレンディ』発行人兼編集長を経て、2008年に独立。原稿執筆、TV、ラジオ番組への出演を続けるとともに地域おこしのアドバイザー業務にも携わる。

(取材/坂田圭永・鯨井隆正 文・坂田圭永)