「バルサン」開発担当の“虫博士”にゴキブリの知られざる生態を直撃!

来るー、きっと来る…というわけで、記録的な猛暑の予感漂う今年の夏。巷(ちまた)ではこの暑さに乗じて、カサカサ動き回る「G」ことゴキブリが大量発生するのではないかと、あの黒い影に怯える人々が後を絶たないとか。

果たして、噂は本当なのだろうか? 事の真偽を確かめるべく専門家への徹底取材を敢行。根掘り葉掘りの質問攻めで明らかになった、ヤツらの恐るべき生態とはーー。

■毒エサを避ける知識が伝承される?

おはようからおやすみまで我々の暮らしを見つめてきたライオン。その研究開発本部でゴキブリ対策の研究に日夜取り組む、通称“虫博士”こと亀崎宏樹にその真相を聞いた。

「ゴキブリは世界で約4千種、日本国内でも60種類ほどがいまして、日本の家庭や飲食店でよく見る種のひとつはチャバネゴキブリですね。これは熱帯原産で、完全な屋内適応型。一方、クロゴキブリは日本の四季に美しく適応した種で、屋外での生活時間が長いのですが、『家屋っていいなあ』と屋内にもしばしば侵入します。また、沖縄などで多いワモンゴキブリも、最近は温暖化の影響なのか大阪や東京などの都市部に定着しています」

なるほど。それで、大発生は?

難しい質問ですねェ…。生物が大発生する一番の要因は大きく生息環境の変化があったり、生態系のバランスが崩れたときなのですが、一般論でいえばゴキブリの繁殖に最適な温度は20~30℃の間。気温が高くなれば産卵数が増え、発育期間も短くなる。一方で、30℃を超えると高温障害が出て、35℃以上となると繁殖には向きません」

しかし、いくら昼間の屋外が暑くとも、しのげる快適な場所があればゴキブリも増えるはず…では?

「実はですね、ゴキブリというのは、まだよくわかっていない部分も多いんです

な! 衝撃の事実!!

「ただ、その適応力は本当に見事なもので、3億年の昔から姿形をほとんど変えぬまま全世界へ広がり、環境に適応してきたといわれています。暑い盛りでも室内でしのぎ、野外でも木陰を見ると結構な数が涼んでいたり(笑)。ですから、生活環境が整えば局地的に増えることはもちろんあります。

何より、ゴキブリは総じて夜行性ですから、『おやすみなさいと電気が消えた瞬間に、ヨーイドンでブワーッと動きだします。夜中、トイレに行くときにバッタリ出会うのもそういうことです」

おやすみからおはようまでわれわれの暮らしを見つめ続けるゴキブリ。考えてみれば、重要なのは実際に大発生するかどうかより、人とどれだけ鉢合わせするかだ。ネットカフェに集まるサボリーマンのごとく、猛暑を避けて屋内に避難してくるなら、遭遇確率はやはり上がるのかもしれない。

1匹いたら100匹いてもおかしくない!

ところで、「1匹見たら30匹はいる」って本当ですか?

「アシダカグモなど天敵に襲われる場合もあるのでなんともいえませんが、クロは卵が20個から30個ぐらい詰まった卵鞘(らんしょう)を産み、1ヵ月ほどで孵化(ふか)する。幼虫を見たら兄弟が30匹いると見ても間違いではないでしょう。

それでもクロは親になるのに1年以上かかりますが、これがチャバネになると、わずか2ヵ月で親になるので、条件さえ合えば増え方も激しい。1匹いれば、前後の兄弟も含めて100匹いてもおかしくない。そして、サイクルが早いということは薬剤抵抗力もつきやすいんです

考えてみれば、昭和の時代から、人類の兵器たる薬剤とゴキブリは効く、効かないのイタチごっこを繰り返してきたのだ。もはや殺虫剤が一切効かないスーパーゴキブリの誕生は目前、との都市伝説もあるが…。

「まあ、こちら側もその都度、薬剤を進化させたりローテーションしていますから、今のところ薬剤の効果は認められています。それより興味深いのがですね、どうもヤツらは、毒エサを避ける技術を伝承しているとしか思えないんです。例えば、あるゴキブリが毒エサを食べて死にかけながら、なんとか生き延びた。するとそのゴキブリの一族は、同じタイプの毒エサをあまり食べなくなるんです

え? その毒に対する耐性がつくんじゃなく、食べなくなる? その知識が伝わっていく?

「イメージとしては、毒エサの糖分はホントは甘いのに、食べたときに『苦い』という信号を受け取り、ペッと吐き出すような感じですね。なぜか、そういう感覚が一族に受け継がれる。そういう場合は別の糖分を使った毒エサをローテーションしてやれば食べるんですが、いや、本当にナゾの多い生き物で…。文献によれば、例えば首を切り落としても1週間くらいは動いているらしいですし」

1週間ですか。ゴキブリにとって「死」ってなんなんでしょうか

「哲学ですねェ…」

ゴキブリは意外とグルメ

■ゴキブリのニオイは“フェロモン系”

圧倒的な適応力と生命力、そして毒エサを避けるほどの知恵。これ以上進化してしまったら、世界はもうテラフォーマーズ。いつの日か、あの黒い集団が人類を食い尽くしてしまうのでは…。

「まあ、人間は食わないですよね。ただ、実際に食性はかなり幅広くて、それこそウ●コも食べますし、飢えたら共食いもしますし。あと、本で読んだのですが、動物園のゾウガメの体調が悪くなり、何かと思えば甲羅の中にゴキブリが巣食って…」

そういえば、床に落ちた髪の毛を食べているという噂もありますが。

難しい質問ですねェ…。飢えた状態になったらわかりませんけど。メインの食べ物は生ゴミ、そしてペットフードは栄養バランスが取れていてすごくいい。研究で食べ物の嗜好(しこう)を見ても、意外とグルメですよ。しかも、同じものばかり食べていると意外と食べ飽きる(笑)。たまに違うものをあげると、ガッと寄ってきたり」

それはナマイキですね。ところで結局、わが家でゴキブリを大量発生させないためにはどうすれば?

「チャバネなら3mmの隙間があれば侵入し、排水管を伝って垂直移動もするので、マンションの高層階も苦にしません。対策はとにかく清潔にしておくことです。台所や風呂などの水回りとか、段ボールとか、観葉植物の周りとか。しかも、彼らは仲間のニオイに集まってくる習性もありますからね」

ゴキブリのニオイって、どんなニオイ?

「なんていうか、イヤだけどちょっと気になる、フェロモン系の感じで…。ゴキブリ密度が高い倉庫などに入ると『あ、いるな』と、なんとなくわかります、ええ。

さらに、ずっと同じ場所で大量のゴキブリが暮らしているとフンや死骸がたまる。それらも食べ物になりますが、度が過ぎるとゴキブリでさえ不快な環境になり、生息範囲を広げようとします。ここまできたら大変なことです。そうなる前にバルサンですよ。隅々まで効きますから」

『週刊プレイボーイ』30号(7月11日発売)「記録的猛暑でゴキブリ&蚊が大発生!ってマジですか!?」では、不快な音とともにまとわりついてくる“蚊”についても解説。是非こちらもお読みください!

●「バルサン」開発担当“虫博士” 亀崎宏樹(KAMEZAKI HIROKI)通称“虫博士”。ライオン株式会社薬品第2研究所で殺虫剤ブランド「バルサン」の商品開発を担当。学生時代に応用昆虫学を専攻して以来、約30年間にわたりゴキブリやダニなど害虫の生態の研究に携わり、学会報告や大学での特別講演も行なっている

(取材・文/村瀬秀信 撮影/髙橋定敬)