「ボケとツッコミは禁止。『YES,AND』で展開して会話を膨らませていくわけ」と、即興芝居のノウハウを語る高平哲郎氏

お昼休みにタモリをテレビで見なくなって、2年がたった。ご存じのように『笑っていいとも!』は2014年3月に放送回数8054回をもって幕を閉じ、ギネス世界記録に認定された。

今回ご登場の高平哲郎(たかひら・てつお)氏は『笑っていいとも!』を番組スタートから終了まで陰から支えた放送作家である。

ちなみに『笑っていいとも!』の後の時間帯に放送の小堺一機MC『ごきげんよう』でも、スタートから今年3月の終了まで31年間、スーパーバイザーという肩書で番組作りに携わっていた。

まさにテレビ業界の陰の巨匠といえるが、一方で彼は激務の中、40冊以上の著作がある。そして現在、これまでの本を再編集し、『高平哲郎スラップスティック選集』全6巻として刊行中だ。

その第4巻『スタンダップ・コメディの復習』には、日本に新たな笑いを生み出すノウハウを紹介している。この本を読んだ芸人たちが、お笑い界に革命を起こしてくれる?

―ずっと不思議に思っていたのですが、『笑っていいとも!』や『ごきげんよう』のスタッフクレジットに「スーパーバイザー高平哲郎」とありましたけど、具体的には何をされていたんですか?

高平 毎日、番組を見て、会議に出る三十数年。ほんと、終わってホッとしました(笑)。

スーパーバイザーなんて肩書はおこがましくてね。ぼくはずっと編集者の発想でテレビを作ってきたんだよね。面白いもんを並べて、いろいろな人の力を借りてさぁ、面白くするために話を膨らませる。ぼくは「とにかく面白くやってくれ」とお願いし、もっと面白くするために意見を言わせてもらうわけ。それは雑誌の編集長の作業と一緒なんだよ。

昔の話になるけど、ぼくは『今夜は最高!』も『オレたちひょうきん族』も『笑っていいとも!』も全部そういうふうに参加していた。アメリカの『サタデー・ナイト・ライブ』の番組作りも同じ。ぼくの発想は雑誌の編集長なんだよね。

―高平さんは放送作家の仕事をする前は、伝説のカルチャー雑誌『ワンダーランド』『宝島』の編集長だったんですよね。

そして今回の『スタンダップ・コメディの復習』のもとは、20年前に記された『スタンダップ・コメディの勉強』という本で、1980年代、90年代のニューヨークで盛り上がっていたスタンダップ・コメディ業界を取材したものでした。たったひとりのコメディアンがマイク一本でジョークをしゃべって、何千人のお客さんを笑わせるというのがスタンダップ・コメディのすごさですが。

高平 それまで日本はスタンダップ・コメディを「漫談」と翻訳していたけど、どうもしっくりこなかった。それで、その頃に立川談志さんが初めて「スタンダップ・コメディ」という言葉をそのまま使いだして。じゃあ、本場ニューヨークを見てみようって何度も足を運んで、それでできた本なんだよ。

これからのコメディアンは「即興」も必要

―今回の全集版では、100ページもの書き下ろしがあります。

高平 20年前の本をそのまま全集にしても読者がわかんないと思ってさぁ。それで2年前にアメリカへ行ったんだけど、今、スタンダップ・コメディが盛り上がっていないんだよ(笑)。

昔は小さな劇場からとてつもなく面白いコメディアンが出てきて、テレビに出て、ハリウッド映画の主演までしちゃうベルーシやロビン・ウィリアムズみたいなコメディアンがたくさんいたんだけど。今は、アメリカのテレビ局のディレクターも新しいコメディアンを探すとき、ライブを見ないでYouTubeを見ている時代なんだよね。

―新たに書き下ろした部分で特に面白かったのが、これからのコメディアンはネタだけじゃなくて、即興芝居もできるようになったほうがいい、そして、その「即興」には勉強方法がある、というところでした。

高平 シカゴに50年以上の歴史がある「セカンド・シティ」というコメディ劇団があって、インプロビゼーションーー即興を教えているんだ。インプロというテクニックは芝居の世界ではあるんだけど、コメディアンにも必要なテクニックと考えているのが面白いと思った。

まず、最初に「YES,AND」という発想を教える。これが今の日本の笑いにはないよね。日本の笑いって、ボケてツッコんで笑いにしていくんだけど、インプロはボケ禁止。間違ってもいいから予想外のことをしゃべって、さらに「YES,AND」で会話を展開させていく。わかりやすく言うと、お互いの発想を否定しないで、会話を膨らませていくわけ。

もちろんコメディだから話の広がりが面白くならないとだめなんだけど、日本の才能のある若手にも「YES,AND」の発想は役に立つはず。ボケとツッコミの笑いとは別の才能が開花する可能性があると思った。

今の笑いって、もっと面白くしてやろうとすると、ツッコミしかないんだ。もっとも、昔の日本のコメディにはアドリブがつきものだったんだよ。でも、それはコメディアン個人の才能ということだった。だけど、即興の才能を開花させるノウハウがあったなんて、ひょっとしたら新しいコメディアンが日本でも誕生するかもしれないよね。

お笑い芸人にとっての「才能」とは?

―「YES,AND」って、「NO」にあふれ返った今の日本全体にとってもすごく大事な発想にも思えますが、今日はお笑いの話に限定するとして、驚いたのが、実はその「YES,AND」のノウハウをもつ「セカンド・シティ」と吉本興業が提携していたということでした。

そして2年前から、よしもとの芸人たちが「ジ・エンプティ ステージ」というライブで、ひとりしゃべりで笑いを取るスタンダップ・コメディと、芸人たちがグループに分かれて台本のない即興コントショーを始めているんですよね。こうしてお笑い芸人に「即興」が身につけば、日本の笑いが本当に変わるかもしれません。

最後に高平さんは、お笑い芸人にとっての「才能」ってなんだと思いますか?

高平 自分が出会ったことをどれだけ自分のものに利用できるかということじゃないかな。だからお笑い芸人だからってお笑いだけしかやらないのはダメ。もっといろんなジャンルに首を突っ込んで、いろいろなことに出会えることが才能だと思う。もっとも、これは芸人に限らないけどね。

●高平哲郎(たかひら・てつお)1947年生まれ、東京都出身。演出家、編集者。一橋大学社会学部卒業。博報堂、雑誌『ワンダーランド』『宝島』編集部を経て独立。ステージショーや芝居の演出、テレビ番組の構成、レコードプロデュース、インタビュー、翻訳、エッセー、書籍や雑誌の編集など多彩な仕事を手がけている

■『高平哲郎スラップスティック選集(4)スタンダップ・コメディの復習――アメリカは笑いっ放し』 ヨシモトブックス 2222円+税80年代90年代のニューヨークを席巻したお笑いのスタイル「スタンダップ・コメディ」の可能性をレポートした伝説の書(94年刊)に、大幅な書き下ろしが加えられた一冊。本書を含む「高平哲郎スラップスティック選集」より、最新の第6巻・上巻『ぼくのインタヴュー術 入門篇』も7月15日に発売されたばかり

★台本ナシ、道具ナシ! よしもとが新たなお笑いスタイルを開拓する『THE EMPTY STAGE 2016 SUMMER』は8月1日(月)から14日(日)、「BENOA銀座店」にて開催(全19公演)。http://the-empty-stage.jp/

(取材・文/三ヶ尻智昭 撮影/本田雄士)