今年は速いストレートを鮮やかに弾き返しているイチロー。近年、力負けしているように見えた理由はタイミングの取り方に問題があったとしか考えられない(写真/日刊スポーツ/AFLO)

メジャー3000本安打に突き進む世界一のヒットマンが週刊プレイボーイ本誌に語ってきた「イチロー語録」をあらためて繙(ひもと)く!

■今年、なぜこんなに調子がいいのか?

ここ3~4年ほど、イチローの出場機会が減り、ヒットの数が減り、それが歳のせいだとあちこちで囁(ささや)かれていた頃、よく耳にするフレーズがあった。「最近のイチローって速いまっすぐに押されてるよね」ーーつまりは、30代半ばまでは負けていなかったメジャーのピッチャーのボールにイチローが力負けしている、というのである。

そもそも、イチローが相見(あいまみ)えてきたメジャーのトップクラスで投げるピッチャーは何が優れているのか…イチローが口にしていたのは、メジャーのピッチャーのボールは「強い」ということだった。

それは、強いという表現が実際にバッターボックスの中で味わわされた感覚にもっとも近いからだろう。川﨑宗則がメジャーに来たばかりの頃、イチローが彼にこう話していたことがある。

「タイミングを合わせて足をあげる。その始動は早い方が修正がきく。こっちではゲームのとき、押されるようなボールの強さを感じるから…もちろん、今でもそうだよ」

速いだけなら打てるし、動くボールでも遅ければ対応できる。しかし、速いボールが動くとどうなるか。当然、正確に捉(とら)えることは難しくなるだろう。要は、強いボールというのは、速かったり、動いたりすることによって、バッターに完璧なタイミングと理想的なスイングでのジャストミートを許さないボール、ということになるのではないか。裏を返せば、どんなに強いボールでも、バットの芯で完璧に捉えれば間違いなく強い打球が飛んでいくのだ。

イチローイズムの検証ーーたとえば15年前、イチローは週プレのインタビューの中でこんな発言をしている。

「だんだん勢いが出てくる打球というのが理想です。要するに、ゴロでもだんだん勢いがなくなって死んでいく打球と、勢いの出てくる打球というのがあるわけですよ。そういう勢いの出てくる打球を打つと、(球足が)だんだん速くなるように感じるはずですから、それだけ野手も捕りづらいはずです。そういう打球が、僕の理想の打球ですね」

サンディエゴで見た信じられない光景

強い打球が打てるのは、バッターにパワーがあるからではない。速くて回転のいいボールを正確に捉えれば、強い打球は打てる。そのために必要なことを、イチローはこう表現したことがある。

「結局、僕のバッティングってタイミングなんですよ。それが崩れると、全部が崩れる。ジョージ・シスラーが遺(のこ)した手紙の中に『バッティングの本質はタイミング、バランス、バットコントロールです』という一節があるんですけど、あの手紙でシスラーは、タイミング、バランス、バットコントロールの3つが揃(そろ)って初めてパワーが生まれると言いたかったはずなんです」

動き出しのタイミングが正確で、かつグリップが後ろに残り、バランスよくバットをコントロールしながら自分のスイングでボールの芯をきちんと射抜くことができれば、ボールはとんでもなく遠くへ飛んでいく。それはホームランを連発するイチローのバッティング練習を見ていればよくわかる。力任せに振っているバッターと違い、軽ーく振っているように見えるのに、打球はスタンドへ次々と飛び込んでいく。だからこそ、去年の夏、サンディエゴで見た光景はショックだった。

■サンディエゴで見た信じられない光景

ピート・ローズの記録を破った同じサンディエゴで、そのちょうど1年前、イチローのバッティング練習を見たことがあった。そのとき、イチローにあまりにもミスショットが多くて驚かされたのだ。こと練習に限って言うなら、イチローというバッターはほとんど打ち損なうことがない。そのイチローがバッティング練習で、ガキッという音を立てて、ケージの枠にボールをぶつけたり、ボテボテのゴロを打ったりしていた。

去年、イチローは.229という想像を絶する低い打率を残し、「自分の目を疑うものだった」とコメントした。2011年以降、イチローのヒット数は184、178、136、102、91と右肩下がりだ。となれば、世の中はこの急降下を歳のせいにする。若い頃、ヒットが出なくなればそれは技術のせいになるのに、40歳を越えるとヒットが出ないのは歳のせいになるのだ。

しかし今年のように、年齢を一つ重ねたのにヒット数がV字回復すると、世の中は混乱する。やれ若返っただの、フォアボールが増えたからだの、ルーティンを続けているからだのと、いろんな憶測の声が飛び交うが、そんな理由のはずがない。

ならば、今シーズンのイチローはなぜこんなに打てるのかーーそのヒントになりそうなことを、ピート・ローズの記録を越えた直後の記者会見で彼自身がこう話している。

「(今年、バッティングが変わるという感覚は)キャンプ中はなかったですね。キャンプが終わってから、マイアミに戻ってヤンキースと試合しましたよね(開幕前の最後のオープン戦)。あそこがポイントでした。その先は…ご容赦願いたいと思います」

イチローはなぜこんなに打てるのか

何がどう、ポイントだったのかは現時点でイチローが話をしていない以上、推測の域を出ない。しかし、間違いなく言えるのは、イチロー自身はヒットが出なかった理由を歳のせいにせず、技術のせいにしていた、ということである。歳のせいなら如何(いかん)ともし難いが、技術のせいなら修正できる可能性はある。

走ることにも投げることにも一切の衰えを感じさせない今のイチローなら、バランスとバットコントロールに狂いが生じているとは考えにくい。となれば、まっすぐに負けているように見えた理由は、去年が目を疑うような打率だった理由は「それが崩れると全部が崩れる」というタイミングの取り方に問題があったとしか考えられない。

たとえば5月3日(現地時間)のダイヤモンドバックス戦で、イチローは代打に出て、センター前へ逆転の2点タイムリーヒットを放った。そのとき、イチローが捉えたのは155キロの高めへのストレート…イチローが「力負けする」と囁かれていたボールだった。これを正確に射抜くことができたのは、イチローのタイミングの取り方が完璧だったことの何よりの証だった。この日だけでなく、今年は速いストレートを鮮やかに弾き返すシーンを何度も見た。

つまり、開幕前のヤンキース戦で何かをつかみ、タイミングの取り方がいいときに戻ったことが「今年、なぜこんなに調子がいいのか」という多くの人が抱く疑問への、今の段階の答えとなる。

開幕前にイチローがつかんだ何かについてはまだ取材が足りていないので、今しばらくご容赦願いたいーー(笑)。

◆発売中の『週刊プレイボーイ』32号では、「イチローイズム再検証 vo.5」を連載。是非こちらもお読みください!

(文/石田雄太)