マンガ『疾風の勇人』 “所得倍増計画”をぶち上げ、日本を経済大国に導いた池田勇人(はやと)内閣総理大臣の物語

先の参院選挙に続き、都知事選真っ只中ーー選挙権は18歳に引き下げられ、憲法改正論議に沖縄問題、原発再稼働の是非、そして若者らによるデモ…。

今また政治に注目が集まっている中、漫画『疾風の勇人』(モーニング連載中)が話題になっている!

戦後の日本復興から政治に関わり、GNP(国民総生産)を13兆円から26兆円まで倍増させる経済政策〝所得倍増計画〟をぶち上げ、中小企業や農業の近代化、地方の国土開発などを実施し、日本を経済大国に導いた池田勇人(はやと)内閣総理大臣の物語だ。

なぜこの時代にその人物を題材として選んだのか? 「池田勇人を主人公にした戦後政治モノをやりたい」と自ら担当編集者に提案したという作者・大和田秀樹先生に発想の動機や池田勇人の魅力を聞いた!

―ちょうど田中角栄ブームもきてますが、彼を描こうとは思わなかったんですか?

大和田 迷いましたよ(笑)。小学校までしか卒業していないのに総理大臣になる人生はめちゃくちゃ漫画になりやすいですからね。企画が立ち上がった頃は田中角栄語録ブームの前でしたけど。

ただ、角栄さんって総理になる前と辞めた後の闇将軍時代が輝いていて、総理大臣時代はたいしたことを手がけていない。語録的なものには向いていると思いますが、これは少年漫画っぽくないなぁと候補から外しました。

―池田勇人なら、少年漫画っぽくなれると?

大和田 ええ、〝おっさん向け〟の少年漫画という感じの構図がすぐ浮かびましたね。大学入試では東大を落ちて、病気(落葉状天疱瘡)で大蔵省を退職してエリートコースからも落ちこぼれて、最初の奥さんを病気で亡くした…そんな男が総理大臣になる。資料を読み進めるほど、池田勇人の人生が面白いと思ったんですよ。

それに、他には特別に有名になった映像や漫画の作品もなく、名前を知っているけど具体的には何をしたのか、いつ頃の政治家だったのか人の記憶に曖昧(あいまい)な存在だったのも良いかなと思いまして(笑)。

田中角栄さんは感情移入がしにくい!

―単行本1巻の帯に書いてある名前は、戦後の混乱期の日本復興の礎(いしずえ)を築いた吉田茂、非核三原則の提唱や沖縄返還を成し遂げた佐藤栄作、敗戦後GHQとの折衝にあたった白洲次郎、答弁の際に前置きする「あー」「うー」が流行語になった内閣総理大臣の大平正芳、そして名言集も話題の田中角栄…その中で主人公が最も知名度が低そうですからね(笑)。それでも、人物像を掘り下げていけばその成り上がり感が面白く、また田中角栄と違って清々しいと。

大和田 ドラマティックな人生の物語は読んでいる人も気持ち良くなれますから。角栄さんは王様になった後、ロッキード事件(米・ロッキード社からの旅客機導入における汚職事件)などをやらかしていますから感情移入もしにくいですよ。

―この時代でいえば、他に吉田茂も歴史に残る迷言があったり小説や映画にもなってますが、池田勇人のドラマティックさには敵(かな)わない?

大和田 スンナリ入ってこなかったですね。元々が貴族的な雰囲気なので、あまり共感できないというか。ただ、この時代を取り上げるキッカケにはなりましたよ。「バカヤロー解散」(※)なんて、言葉の響きが面白いですよね。資料を読みながら、オッと思ったんです。(※)1953年3月の衆議院解散の俗称。同年2月の衆議院予算委員会の質疑応答中に「バカヤロー」と発言したことがキッカケになった。

―そもそも、なぜその時代の資料を読んでいたんですか?

大和田 前作の『ムダツモ無き改革』(近代麻雀コミックス)のためです。

―小泉ジュンイチロー首相やタイゾー、パパ・ブッシュや金将軍、さらにアドルフ・ヒトラーが月面に〝新たなるドイツ〟を建国する等々、実在の人物によく似た政治家キャラが時代を問わずに登場するギャグ麻雀漫画ですね!

大和田 これを描いていた時に第2次大戦を調べたんですが、そうすると必然的に戦後について知ることになる。

―確かに第2次大戦の頃の政治家も多く登場していましたよね。

大和田 そこで、戦後をあまり知らなかったことに気付いたんです。僕らの時代は日本史の授業ではサラッとだけしかやらなかったですからね。改めて本を読んでみたら、その面白さに興味を持ったんです。

今時はイケメンにしないと(笑)

―『疾風の勇人』を描くにあたっては、どのような資料を読んだんですか?

大和田 宮澤喜一(大蔵官僚、大蔵大臣などを経て総理大臣に。タレントの宮澤エマの祖父)や大平正芳らの元秘書や番記者の書いた本ですね。辞任後、すぐに亡くなったので池田本人が書いた回顧録は出版されていないんですが、周辺者が書いた本が意外と残っていて。

―漫画の中の池田勇人像はその資料から作り上げたんですね。

大和田 資料を読んだらなんとなく人物像は浮かんで、そのまま描いた感じですね。キャラ作りに苦労をしたわけでも、僕なりの付け加えもほとんどしていません。顔つきをイケメンにしたくらいです。

―実際のお写真よりシュッとして、若い印象はありますね(笑)。

大田和 やっぱり今時はイケメンにしないといけませんから(笑)。そういう意味で影響を受けたのは、渡辺謙さんがドラマで演じた吉田茂です。ムチャクチャ、イケメンだったじゃないですか。似顔絵的なことを考えていたんですが、ドラマを見てこれでいいんだと。他にもスティーブン・スピルバーグ監督の映画『リンカーン』のダニエル・デイ=ルイスも実物よりイケメンでしょ?

―確かにそうですね!

大田和 他にも登場人物のほとんどは当時50歳くらいだけど、スーツをシングルで描くことで若々しい雰囲気を出す工夫をしていますね。

―ストーリーでは独自の解釈を盛り込んだり、推理的なことは入れているんですか?

大和田 オリジナリティは意外と入れてないんです。誇張はしていますけど、基本は〝池田勇人を中心として戦後史をなぞる〟展開をしています。史実通りになぞるだけでも、意外と知らない人が多いというか。

知らないから、戦後史はまだ陰謀論や〝実は○○だった〟などエンターテインメントの創作をしていいところまで到達していないというのはありますね。例えば、戦国時代であれば〝家康が影武者だった〟幕末であれば〝実は沖田総司が女だった〟などエンターテインメントとして成立しますよね。

今の人よりエネルギッシュでしょう

―史実通りに進んでも面白いのは、戦後の復興から日本が成長している時代だからでしょうか?

大和田 あと景気がいいですよね、この時代は。

―42ヵ月間続いた好景気の岩戸景気(1958年7月~1961年12月)もありますしね。前作の『ムダツモ無き改革』で現代を描いている先生なら、調べて描き比べて過去の景気の良さや勢いが肌感覚でわかるかと思いますが…。

大和田 そうですね。だって、舛添(要一)さんってトータル数百万円の世界ですよね。『ホテル三日月』に泊まった、泊まらないって…角栄さんと比べると、みみっちいなぁと(笑)。

―最近の政治家と比べると、この時代の政治家は総じて魅力的ですかね?

大和田 皆が亡くなって随分と経ったことを考慮しても、今の人よりエネルギッシュでしょうね。国会で「バカヤロー」と言う人も今はいないでしょう。

―そんな元気な時代だから、読むことで読者の活力にもなるように思えますが、先生自身も?

大和田 僕は描いていて、全部が面白いです。池田勇人の失言「中小企業経営者の5人や10人、自殺してもかまわぬ」(※1)や昭和電工事件(※2)など名前だけ知っていた歴史上の事件を〝コレはこういう事件だった〟と描くと満足感がありますね。

※1)朝鮮戦争の特需が後退して中小企業の倒産が続いていたころ、通産大臣だった池田の衆院本会議(1952年)での発言「正常な経済原則によらぬことをやっている方がおられた場合において、それが倒産して、また倒産から思い余って自殺するようなことがあっても、お気の毒でございますが、止むを得ないということははっきり申し上げます」を、新聞が言葉尻を捉えて報道した。

※2)1948年に起きた贈収賄汚職事件。復興金融金庫から融資を引き出すために、昭和電工の日野原節三社長が政府高官や政府金融機関幹部に対して収賄し、GHQ高官らも失脚した。

―そんな史実のホントも含めて、今後の展開も気になるところですが…。

大和田 まだまだ歴史上のスーパースターや、戦後の日本復興と高度成長期に関わる(アメリカ大統領の)ケネディ、アイゼンハワー、ニクソンなども登場して、おなじみの歴史上の話も出てきます。

―連載中のエピソードでは池田勇人はまだ通産大臣ですが、池田内閣も発足して…続きますね!

大和田 それはもう読者様の反応次第で…僕はどこまでも描きたいんですけど、厳しい世界でシビアに切られる時もありますから(笑)。

(取材・文/渡邉裕美 撮影/松井秀樹)

大和田秀樹(おおわだ・ひでき)マンガ家。98年、『たのしい甲子園』(角川書店)でデビュー。代表作は『ムダツモ無き改革』(竹書房)、『機動戦士ガンダムさん』(角川書店、連載中)。『週刊モーニング』で連載中の『疾風の勇人』(講談社)、第2巻は8月23日発売予定。