稲田朋美防衛相の会見で、歴史認識に関する過去の発言について追及した李ミャオ氏

8月3日に発足した「第3次安倍再改造内閣」。自民党きっての極右タカ派と言われる稲田朋美氏の防衛大臣就任は、海外メディアからも注目を集めている。

「週プレ外国人記者クラブ」第44回は、香港フェニックステレビ東京支局長・李(リ・)ミャオ氏に、これからの日中関係について話を聞いた――。

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─李さんは以前から、現在の日中関係を「1972年の国交正常化以来、最悪の状況」と評しています。この状況に改善の兆しは見られるのか、今回は2016年前半を振り返りつつ、今後の展望を考えたいと思います。

 8月3日に「第3次安倍再改造内閣」が発足しました。認証式に続いて首相官邸で開かれた記者会見は、私も取材に行ったのですが、質疑応答で手を挙げたものの、ここでは質問の機会を与えてもらえませんでした。

─質問したかったのは、ズバリ、稲田朋美衆院議員の防衛大臣への登用ですか?

 やはり、今回の内閣改造で中国国民の注目を集めていたのは、稲田氏のポストでした。組閣が正式発表される数日前には、中国で「外務大臣になるのでは!?」という報道もありました。

その報道に接し、私個人としては「それは日中関係を考える上で最悪の選択」と思っていたのですが、防衛大臣ですか…。この組閣人事に対し、中国政府は「日本の内政問題である」として正式のコメントはしていませんが、一般国民の感情としては当然、良い反応はありません。

─中国メディアの一部は稲田防衛大臣を「保守的信条の点で安倍首相に近い」と評しています。そして、その安倍首相は中国では「歴史修正主義者」と認識されている。

 稲田大臣本人も、南京大虐殺について「嘘の新聞記事によって捏造(ねつぞう)されたもの」という認識を持っています。毎年、靖国神社に参拝しているし、村山談話・河野談話についても「撤回すべき」という考えを持っていて、そのことは中国でも知られています。

8月5日の閣議後に稲田大臣の記者会見があり、私は7問質問しました。「南京大虐殺があったのか、なかったのか? (陸軍将校が行なったとされる)百人斬り競争はあったのか、なかったのか?」という質問に対して、稲田大臣は「(南京大虐殺や百人斬り競争は虚構だとの主張は)弁護士時代の活動であり、防衛大臣として述べる立場にない」と繰り返しました。

しかし最後に、稲田氏が産経新聞で執筆した文章を私が読み上げ、「ご自身の発言を修正する予定があるのか? 中国や韓国では、非常に保守的な政治家、右翼の政治家が防衛大臣に就任したと懸念の声がある」と問いただすと、「弁護士時代に関わってきたことなどをまったく否定する気はありません」と答えました。

問題は、安全保障面で特に深い見識を持っているとは思えない彼女を防衛大臣に登用した点にあると思います。今回の組閣人事に関する日本の報道を見ると、稲田氏を防衛大臣に登用した意図は、おそらく彼女の今後への期待を込めて「重要閣僚を経験させたい」というところにあったのでしょう。しかし、彼女はまだ当選4回で、それほどベテランの政治家とは思えません。

中国人ジャーナリストの間で囁(ささや)かれていること

─2016年は、安全保障関連法が施行された年でもあります。稲田氏は、この新たな枠組みに沿って自衛隊等を運用する初めての防衛大臣になる可能性が高いと言えます。

 そう。中国人にとっては、この安全保障関連法の施行が今年の対日関係における最大の関心事なのです。また、7月の参院選で政府与党は憲法改正の発議に必要な2/3議席を確保しました。憲法改正については自民党内にも慎重派が存在するし、それほど簡単に実行に移せるとは思いませんが、この点も中国は注意深く見守っています。

また、8月2日に公表された今年(平成28年版)の『防衛白書』では、中国に対して「わが国周辺海域における行動を一方的にエスカレートさせており、強く懸念される」と指摘し、初めて“強く”という言葉が用いられています。まさに「日中国交正常化以来、最悪の状況」と言っていいし、両国の関係は重大な転換点にさしかかっているという見方もできるでしょう。

このタイミングで防衛大臣を任せる人物として、果たして稲田氏が適当なのか。今後、国会で防衛大臣として日本の安全保障に関する答弁をする機会が当然あるでしょう。日本の防衛大臣として適切な対応ができるか、リーダーシップを発揮できるのか、注目したいと思います。

─最近の日中関係を見ていると、外交ルートが限られていて、そのルートもあまり機能していない印象を受けます。かつての日中外交は、表向きのルート以外にも複数存在していて、意見の対立や衝突があった場合は“裏口ルート”が機能して修復を図っていましたが。

 確かに、1972年に日中国交正常化が実現した当時は、複数のルートが機能していたと思います。現在も、表向きのルート以外の外交チャンネルが存在しないわけではない。例えば、鳩山由紀夫元首相や小沢一郎氏は、中国に対して独自の外交チャンネルを持っています。社民党もかつては中国との強いパイプを持っていましたが、野党の弱体化に伴い、そういったチャンネルがかつてほどのウエイトを占めなくなっているのでしょう。

日中友好協会も、本来は両国の外交チャンネルのひとつとして機能することが期待されるはずですが、現在の会長は丹羽宇一郎氏。元伊藤忠商事の社長という民間人で、民主党政権時代に中国大使を務めました。現在の自民党・安倍政権が、この日中友好協会を通じた対話にウエイトを置かなくなっていても不思議はないと思います。

そういえば最近、中国人ジャーナリストの間ではこんなことが言われています。「中国問題を扱ったTV番組に出演するコメンテーターが、政府・自民党寄りの人たちばかりだ」と。かつては、政府の意向に沿った発言をするコメンテーターだけでなく、それとは違った見方をする日本人の識者も、バランスよくメディアに登場していたのではないでしょうか。

中国が積極的に関係改善に働きかけることは期待できない

─自民党の「一党独裁」と言われる状況で、外交チャンネルも一元化している。そして今回の組閣人事。過去最悪ともいえる日中関係の打開の糸口はどこにあるのでしょう?

 中国としては、外交面での最重要課題は、やはりアメリカとの関係です。日本との外交は、はっきり言ってプライオリティが低いのは現実です。中国側から特に積極的に、関係改善に向けた働きかけをすることは、あまり期待できないかもしれません。

おそらく8月下旬には、中国の王毅外相が就任以来、初めて来日して、日中外相会談が実現すると見られています。中国の外相が2013年に就任して3年以上も来日していなかったこと自体、両国の関係の悪さを物語っていると思いますが、対話の機会を持つことは歓迎すべきでしょう。

ご存じのように王毅外相は2004年から07年まで駐日大使を務めた人物で、日本語も非常に堪能な知日派ですが、4月に日本の岸田外相が訪中した際の外相会談では、関係の改善・緊張緩和に向けた大きな進展は見られませんでした。

今回の外相会談は、実現すれば、日本側としては年内の習近平主席の来日、日中首脳会談の実現を目標に調整を図ることになるでしょう。そこで、どのような進展が見られるのか。今回の組閣人事を見る限り、あまり楽観的な予測はできないと思います。

●李(リ・)ミャオ中国吉林省出身。1997年に来日し、慶應大学大学院に入学。故小島朋之教授のもとで国際関係論を学ぶ。2007年にフェニックステレビの東京支局を立ち上げ支局長に就任。日本の情報、特に外交・安全保障の問題を中心に精力的な報道を続ける

(取材・文/田中茂朗)