オリンピック初出場となる長迫吉拓と世界を一緒に戦ってきたBMX

連日、メダル獲得の報道や期待選手の動向が流されるリオ五輪。

しかし、ほとんど注目されないにも関わらず、金メダル獲得を目標に掲げるオリンピアンがいる。それがBMX競技に出場する長迫吉拓(ながさこ・よしたく・22歳)だ。

BMXとは自転車競技のひとつで、バイクのモトクロスレースと同じようにジャンプ台やコーナーが用意された400m程のダートコースを走るもの。最高時速は60kmにもなるという。トリック(技)を決めたりするフリースタイルのエクストリームスポーツとは別モノだ。

長迫がBMXと出会ったのは4歳の時だ。父親が脱サラし、バラ園の経営を始めるにあたって、引っ越した目の前にBMXのコースがあった。

「『忙しいから遊んでこい』みたいな感じで行かされて、ホームセンターで売ってるようなキャラクター自転車でやってましたね。平日なんかは誰もいなかったんですけど、ただただ楽しかったです」

BMXに夢中になった少年はわずか9歳で年齢別日本代表に選ばれる。まさにエリート街道を進むかのように思われたが…。

「2004年に世界選手権に行った時に『もう行きたくないな。俺はそこじゃないな』って思ったんですよ。全然勝てなくて、どうせ決勝残れないし恥ずかしかったんですよね」

それからは国内大会には出るものの、中学時代は1度も勝てなかった。

「僕の年齢の中にふたり、ライバルがいて、僕はいつも3位か4位だったんです、ずっと。勝った記憶がない。僕自身もその頃は絶対勝つって感じではなく、レースや周りのBMX仲間と会うのが楽しいのでやっていました」

勝ち負けではなく、ただの趣味。しかし、08年を機に意識は変化する。

「北京オリンピックでBMXが正式種目になって、それを見たというのと、その年の世界選手権で10人以上の日本人(年齢別クラス含む)が決勝に残ったんですよ。そのひとりがライバルとして、いつも僕の前を走っていた吉村樹希敢(じゅきあ)だったんです。僕は予選落ちしたんですけど、それがめっちゃ悔しくて、来年は16歳でジュニアの最後の年だからやってやろうと思ったんです」

世界で奮闘するライバルに触発され、「勝つ」という意識に。そして翌09年の世界選手権で念願の決勝進出。結果を出したことで「頑張ればいけるんじゃないか」と自信もついてきた。

オリンピック選考中に“手術”という決断

そんな中、10年にユースオリンピックへ出場したことで、さらにオリンピックに対する意欲は強くなった。ケガにより、ロンドンオリンピックの出場権は逃したものの「この4年は計画を100%立てて、すぐに活動していかなきゃいけない」と本格的にスイスの「ワールドサイクリングセンター」を拠点とすることに。15人程度のトップ選手のみが入れる世界唯一のBMX訓練施設だ。

しかし、そこで資金難という壁が立ちはだかった。バイトで遠征代を稼ぎつつ、親からも援助を受けていたが、バラ園の経営難により、その援助が切れたのだ。「親にはそれまで支えてくれて、本当に感謝しています。本当に家族があってこその今があります」という長迫は、本格的にスポンサー探しを始めた。

「17歳くらいだったので何もわからず、企画書やプロフィール資料を作るにも周りの大人に聞いて、いろいろと工夫したり。400社くらいお願いしたんですが、門前払いだったり、話を聞いてくれてもBMXという競技も知らないので、その説明からしなきゃいけないんですよ。正直、僕があたったところで見つかったところはないです。本当に苦しい時期でした」

同級生は高校に通い青春を送る中、週6でバイトをしながら、右も左もわからず営業回り――その成果も出ない。結局、知り合いから知り合いへツテを辿(たど)りスポンサーを獲得できたが、自身のブログでも「2011-2013年の生活は、今考えるだけでもしたくない。」と振り返っている。

ともかく資金も集まり、活動拠点もスイスに移し、14年は結果を出していたものの、その後、肩の脱臼を5度繰り返すという苦闘も。さらに15年1月には2度の脱臼、ついに手術に踏み切ることに。当然、オリンピックの選考期間中だ。

「それまで見えていなかったベースの部分をリハビリで鍛え直せたので、今となってみれば、良かったのかもと思います」と長迫は思い返すが、世界のライバルたちに入院していることを気付かれないよう、撮り溜めたスイスの写真をSNSにUPしたり、「1日でも早く治したい焦り」もあったという。

こうした苦境を経験して今年、念願だったオリンピック出場を決めた長迫が「メダルは自信あります」と断言する。世界ランク38位、過去最高成績は2013年の世界選手権7位入賞という経歴で、しかもオリンピック初出場…なぜそんな自信が持てるのか?

「過去のオリンピックを見てると、緊張でガチガチになって『そこでこけた?』みたいなミスが目立つんですよ。あとは気負いすぎて駆け引きする時に引けず、接触も多い。その点、僕はひとつの大会だと捉えていて、いつも戦っている選手なので、普通に戦えると思うんですよね。特にめっちゃ意気込みが強いわけでもなく普通の状態です。なので、自分は強いと思う」

オリンピックに賭ける理由とは

オリンピックだからといって、特別なものだと思っていないという長迫。それでもその舞台に、そしてメダルにこだわっているのは、自身もスポンサー集めで痛感したようにBMXがマイナー競技だからだ。

「オリンピックが一番、人が見てくれる。世界選手権優勝するより、オリンピック出場のほうが世間的に騒がれるんですよ。実際、自分の周りでもすごい盛り上がりで見てもらえる機会が多いんですよね。それでメダルを取れば、メディアに乗り、このスポーツが広がって、資金だったりとかも集まりやすくなったりと認知度の面で重要なものになってくる」

ヨーロッパでは人気のBMXも日本での認知度はほぼ皆無。見たことがある人も少ないはずだ。それを一気に覆すチャンスだという自覚…。そこで、最後にBMXの魅力について聞いた。

「8人が一斉にスタートするんですけど、そのスタートのビリビリ感というか緊張が伝わってくると思うんですよね。その中を時速60kmくらいのスピードでジャンプだったりとかコーナリングの駆け引きがあるので、そういう点は見ていて楽しいと思います」

リオオリンピックでは日本時間の18日午前2時34分(現地17日深夜26時34分)より男子のBMX競技が始まる予定だ。何度も厳しい経験をしながらも17年間、BMXを愛して、それだけに生きてきた長迫の雄姿を見てほしい。

(取材・文/鯨井隆正 撮影/下城英悟)