日韓関係という荒海で稲田防衛相はどう舵を切るのか、その方向性が見えてこないと語る『朝鮮日報』の金秀恵氏

8月15日の終戦記念日。安倍首相、新たに防衛大臣に就任した稲田朋美氏は靖国神社参拝を見送った。

しかし、3月に安全保障関連法が施行され、7月の参院選では改憲勢力が2/3議席を獲得する等、日韓関係改善に明るい兆しは見出し難い状況が続いている。

日本の動きを今、韓国の人々はどう捉(とら)えているのか? 『週プレ外国人記者クラブ』第45回は、韓国『朝鮮日報』東京支局長・金秀恵(キム・スヘ)氏に話を聞いた――。

―まず7月の参院選の結果をどう見ていますか?

 参院選は憲法改正が主な争点だったと思います。9条を改正すべきか否かという議論が活発になってきたのは、韓国人にも理解できます。世界におけるパワーバランスがシフトしてきていますから。ただ、いざ選挙キャンペーンが始まると、その改憲についてほとんど議論されなかったのは少し異常だと思いました。

英語の表現に「the elephant in the room(部屋の中に象がいるのに皆、気づかないフリをしてその事柄に触れないこと)」があります。改憲は、ただの象ではなく“巨大な象”です。日本のメディア各社が改憲を話題にしている一方で、安倍総理は選挙中、そのことを争点にしないと言ったため、皆それを話題にしないよう避けていたという現実がありました。

―改憲は自衛隊の海外派兵等も関係してくるので、韓国や他の国々も影響を受けますね。

 これは私の個人的な意見ですが、日本と安全保障上、協力するためには信頼が担保されなければならないと思います。その信頼とは、例えば北朝鮮で問題が起こった場合、日本が韓国の利益に反する軍事的行為に至らないことです。ですが、昨年10月に訪韓した中谷前防衛相の発言からしても、この部分には不確定要素があります。

日韓防衛相会談で、北朝鮮の核保有や弾道ミサイルについて「もし北朝鮮に容認できない動きを確認したら、日本は実力行使する以前に韓国の同意を得るつもりか」という問いに対して、中谷さんは直前に成立した日本の安全保障関連法について説明し、北朝鮮は韓国の領域外だという認識を示したのです。それに韓国の防衛大臣は「朝鮮半島での集団的自衛権行使は韓国が同意しなければ容認できない」と反論し物議を醸(かも)しました。

これは原則的に言うと、憲法上そして国民的感情としても、北朝鮮も韓国の一部として統一すべきだという公式見解があるからです。この時の中谷さんの発言に対して、韓国民は強い怒りを感じました。苦い歴史がある両国間で、領土に関してこのように敏感に反応するのは当然のことと思います。

韓日とも、北朝鮮と中国という隣国との問題を抱えています。日本の憲法改正は確実に韓国にも影響しますが、その結果、両国間の関係がどう変わるかはわかりません。戦争や紛争時に韓日関係においてどんな連携が可能かを考える時、信頼が根底にあるべきではないでしょうか。

また、中国が次第に勢力を増している中で、日本には軍隊が必要かもしれません。しかし、こと中国の脅威に関しては、日本政府は少し誇張しているように思います。

自身の歴史認識が外交に与える影響をわかっていない?

―参院選の結果を受けて、韓国の人たちはなんと言っていますか?

 戦前日本のように戻りつつあるのかと心配する人たちもいる一方で、それは韓国のほうが誇張しているだけだと主張する人もいます。また、日本が韓国との協力関係を強化するのは北朝鮮に対しての抵抗勢力が強化されるということだから韓国にとっても有益だという意見もあります。プラスでもマイナスでも、とにかく関心は高いです。

―8月3日に発表された内閣改造で稲田朋美さんが防衛大臣に任命されました。韓国にとっても関係が深いこのポストへの起用をどう思いますか?

 安倍さんが稲田さんを高く評価しているのは知っていたので、重要ポストに任命すること自体はそれほど驚きませんでした。ただ、東アジアの安全保障に不可欠な韓日協力がすでに困難に直面している状況で、あえて防衛大臣というポストに任命したことには驚きました。厚生労働大臣や他の大臣であれば、とやかく言う権利もないと思っていますし、その必要もありません。しかし、防衛大臣という立場は他国、特に隣国との外交に大きな役割を果たします。

韓日関係での歴史認識は、大海原にある「岩」だと考えます。韓国と日本は常にこの岩にぶつかっていますね。どんな対話であっても、必ずと言っていいほどこの岩に繰り返し衝突し、対話が中断。その後、協力が停滞するのです。韓国の人は、日本には以前のような侵略への野心があるとは思っていません。しかし、心の中では不安と反発を覚えるのです。

―稲田さんの防衛大臣任命も、まさにこの「岩」に通じると思われるわけですか。

 荒海に浮く日本という船の舵(かじ)を握るのが稲田船長なわけですが、東アジアの安全保障についての彼女の航海先が見えてきません。ご自身の歴史認識が、今後の防衛外交や政策に影響するということをわかっていないのでは、とさえ思えてしまいます。稲田さんが現状をどのように変えていくのか、または変えないのか、注視していかなければなりません。

―稲田さんは右翼団体との関係が報じられたりもしました。日本の核保有の可能性について言及したり、改憲についても精力的に推進しています。

 右翼思想は戦争と深く関連しています。稲田さんは8月4日付の日本経済新聞のインタビューで、日中戦争などについて「侵略か侵略でないかは評価の問題だ。一概に言えない」と述べていましたが、日中戦争が侵略ではないと思う人が中国と安保協力ができるでしょうか。侵略を正当化するというのはナショナルアイデンティティー(国家意識)ですから、協力は難しくなるでしょう。こうした理由から防衛大臣任命に驚いたし、不安も感じました。

「個人として参拝した」というのは言い訳

―8月15日の終戦記念日には、稲田さんはジブチ訪問中で靖国参拝を見送り、安倍首相は玉串料を奉納しただけでした。

 中国が注目する理由とは少し違いますが、日本の総理大臣の靖国参拝は韓国で高い関心があります。靖国神社には韓国兵士も東條英機らA級戦犯と合祀されています。韓国兵士らが大日本帝国のために喜んで戦ったとは言い難いのに、当事者の意向は確認されずに合祀に至りました。個人的にはこれは人権の問題だし、当事者に失礼だと思います。

日本の国民が国のために戦い、犠牲になった祖先を慰霊するのは理解できますが、総理大臣となると話は別です。韓国人の視点から考えると、これは侮辱です。自国の兵士らがA級戦犯と合祀されているからこそ、韓国人は閣僚の靖国参拝には敏感に反応するんです。

ただ、今年は安倍さんも稲田さんも参拝しなかった。このことは根本的な解決にはならないという見方はありますが、日本側も歴史認識を重要な外交の要素と位置付けているという安堵(あんど)感が韓国側には広がっています。歴史認識について合意は不可能かもしれませんが、日本側からの協力姿勢が窺えたということですね。

もし帰国後に稲田さんが参拝したとなれば、韓国人の怒りは再燃するでしょう。そのような行為は日本の政治主導者らが靖国を自らの政治的課題を実現するためのツールとして利用していることになると思います。

―小泉元首相などは「個人として参拝した」と言っていましたが。

 例えば、私が安倍首相に対してひどいことを書いたとします。「総理はバカだ」と一個人として書きました、と主張したとしたら、そんな言い訳は通用しませんよね。もし安倍さんが靖国を参拝したいのなら、堂々と行けばいいんです。きっと批判されるでしょうが、それは受け止めればいい。「個人として参拝した」というのは、韓国人にとっては言い訳にしか聞こえません。

●金秀恵(キム・スヘ)1973年韓国ソウル生まれ。『朝鮮日報』東京支局長。2012年寬勲(クァンフン)クラブジャーナリズム賞、2001年、2008年サムソンジャーナリズム賞受賞。朝鮮日報で初の女性“機動取材チーム長(警察キャップ)”となり、2015年3月に東京支局就任。

(取材・文/松元千枝)