「『ホテルローヤル』で直木賞に選ばれた時、編集部宛に“元・清水ひとみ”と書かれた手紙をいただいて。『腰力、粘り腰の勝利ですね』と、たった5行のお便りでしたけど嬉しかったですよ…。私、ストリップで長編を書いてもいいかもしれない、と決心できたお便りでした」。元・清水ひとみはどこかでこの『裸の華』も読んでいるだろうか?

釧路市で生まれ育ち、現在も北海道在住の作家・桜木紫乃の待望の新作『裸の華』が刊行された。

2013年に直木賞を受賞した短編連作集『ホテルローヤル』では父親が経営し自身も10代から手伝ったというラブホテルを舞台にした人間模様を描き話題となった。

そして今回の題材も生々しくセンセーショナルーー作家デビュー前からストリップ観劇を続け、“いつか踊り子の長編を書きたい”と魅せられ続けてきた思いが結実した、ある意味、集大成といえる作品である。

舞台上のケガで引退を決意した元ストリッパー、ノリカ。故郷・北海道に戻ると、クラブでショーを売りにしたダンスシアターの経営を始め、若く有能なふたりのダンサーを見出す。不動産屋から転身した謎のバーテンダー等、様々な人生が交錯し、誰もがこの場所で再生を願うが…。

なぜストリップだったのか? そこまで惹かれた魅力とは? 灯が消えつつある風俗産業を題材に、裏の世界を女性目線で描いた理由を聞いた。

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―女性でありながらストリップ観劇が趣味だったという、キッカケはなんだったのですか?

桜木 北海道新聞の人物インタビュー欄で当時、ススキノにあった札幌道頓堀劇場(以下、道劇。2010年より休業)の大スターだった清水ひとみさんが紹介されていて。記事から芯の強い方という印象を受けたのですが、最後の一文に「時々、泣きます」と書かれているのがとても印象的でした。この人の踊りを見てみたい!と思ったのがキッカケですね。

―では、最初に観劇されたのも清水ひとみさん?

桜木 いえ、清水さんご本人はその時すでに引退されていました。けれど、お弟子さんで二代目オ●ニークイーンと呼ばれていた藤繭ゑ(ふじまゆえ)さんや、その他のお弟子さんで今ではどこで乗っても(乗る=出演するの意味。“板に乗る”とも表現する)トリになるようなスゴい方々を最初から見てしまって、一度で虜(とりこ)になってしまいました。

―当時のお住まいは留萌(るもい)ですかね? ススキノは相当、遠いのでは。

桜木 そうなんですよ! バスや電車に揺られ、往復6時間。まだ新人賞をもらって間もない頃でしたが、幼稚園に通う子供らの迎えはとーちゃんに任せて、「じゃ、行ってくる!」と(笑)。理解あるとーちゃんで感謝しています。今回、無事に書き上げ、鰻を食べさせてあげられたのでよかった…!

宮沢賢治の世界を裸で表現したんです

―なんという情熱! でもストリップの何にそこまで惹かれたのですか?

桜木 踊り子さんの裸はお風呂屋さんの裸と違って、ムダ毛のない鍛えられ手入れされた美しい体なんです。そして一番美しく見えるようにスポットライトを当て、ひとつの世界を作り上げる表現者なのだ、というところに惹かれました。

それも、ただエロティックを感じさせる題材で踊って見せるだけじゃない。例えば、私の大好きな踊り子さんのひとり、相田樹音(じゅね)さんなんて宮沢賢治の世界を裸で表現したんですよ。裸と宮沢賢治ですよ? こんな組み合わせが見られる世界はストリップ以外にはないですよ。

―『裸の華』でも、最後に主人公ノリカが股を広げ卑猥(ひわい)な動きを見せつつも気品を感じさせる踊りを表現していますよね。

桜木 そうなんですよ。踊り子さんそれぞれの演目にテーマがあり、20分間という時間の中で出会いや別れ、哀愁を体現してステージを去っていく。まるで短編小説みたいだと思いました。踊り子は体を磨き、私は文章を磨く。表現する舞台は違えど、これは小説だと感じたんです。

―そのように数々の舞台を見ながら、テーマや構成が温められていったのですね…。

桜木 そうですね。特に印象的な舞台といえば、やはり初めて浅草ロック座に行った時に見た、トップスター・雅麗華(みやびれいか)さんの舞台です。『ボラーレ』の楽曲に合わせ、舞台後ろからバーッと出てきた時は本当に衝撃的で。こんな出方があるのかと。

―雅さんが出られていた頃だったら、結構前なのでは?

桜木 はい。私がまだ30代の頃だから10年以上前ですね。あの時はストリップが大好きで、なんとか書きたい一心でした。雅さんの舞台を涙ダーダー流しながら見てたら、隣に座ってたオジさんが「ねーちゃん、そんなに好きか。後で良い所に連れてってやるよ」と伝説のストリッパー、浅草駒太夫(こまたゆう)さんのお店に連れていってくれて。

―いきなりスゴい所に連れていかれましたね!

桜木 そうそう、自称・川崎在住のオジさんに(笑)。それで駒太夫さんに「あんた、ストリップのこと書きたいの?」と聞かれるんですが、まだ新人賞をもらっただけで恥ずかしくて自信もなくて。小さな声で「ハイ…」と言ったら「今のままじゃ無理ね」って。けど「ストリップ見たいなら“大和ミュージック劇場”いきな」と言ってくださって。

生きてきた時間を見せる場なんだ…

―それで大和ミュージック劇場にも行かれたのですか?

桜木 はい。大和では都心の劇場とは全く異なる、いぶし銀のような芸を見ました。踊り子さんの年齢層もグッと高く、ストリップの舞台はその方の人生を、生きてきた時間を見せる場なんだなあと…。

―いぶし銀の芸、ですか。他にも印象的な劇場はありますか。

桜木 青森の八戸マノン劇場にも行きましたよ。お客さんは私と編集者と他にもうひとりオジさんがいて、3人だけ。最初に出てきた方が結構年齢のいったドイツ人の方でね…。彼女を見た瞬間、いろんな物語が頭の中をよぎりました。ドイツから日本に渡って八戸に辿り着き、裸になるまでの物語を。彼女が背を向けて踊っている時、お尻の下の太股に細かい皺がすーっとよっているのを見た時、涙が止まらなかったです。

―まさにノリカが師匠・静佳の踊るシーンを見る時の様子が目に浮かぶような…。

桜木 そうですね。しかも彼女がまた優しいの。「come from?」って聞いたら「エー? ドイツ!」って(笑)。涙ダラダラ流して見てた私に「オネーサン、優シイネ」って言ってくれてねぇ。

―ほんとドラマがありますねぇ。そこまで各所を回りつつ、踊り子がアソコにローションを仕込み、股を開いた時に亀裂から光らせる…といった、舞台裏の描写も取材されて。

桜木 そうですね。あれはオ●ニーベッド(ベッドの中心でアソコをいじり、イクまでの過程を見せるショー)をやる前に袖でローションを仕込んでいた踊り子さんがいて。なぜ仕込むのかと聞いたら「こうしないとアソコが壊れちゃうから」だと。踊り子さんの舞台裏では、ケガをしないように柔軟したり股割したりと、本当にアスリートの世界だなあと思いましたよ。

―ノリカが自分の癒やしに性感マッサージ店に行く様子まで生々しく描かれていますが、女性向け性風俗産業も取材されたのですか?

桜木 いやー。実はあの店のシーンは取材はしてなくて。想像で書いているんです! 普段、私が行ってるリンパマッサージのお店で腰から背中をズァーーッと強く押し揉まれながら「これ、男の人にされたら、たまらなくイイだろうなぁ」って妄想を膨らませながら…(笑)!

20代の頃だったら自分も目指していた

―妄想だったんですか! すごい生々しいからてっきり…。

桜木 どんな種類のお店があるのか、ネットでいろいろと調べましたが実際に体験はしていません。そう言ってもらえるなら大丈夫だったんですねぇ(笑)。ただ、調べててすっごいバカにしてるなーって思ったのが、全部じゃないのかもしれないけれど、「まずは女性がホテルの予約をして最低限90分からでカウンセリング付き」って店がとっても多いんですよね。男性向けは一発15分の“ちょんの間”があるのに!

―実は私の女友達で電話カウンセリングの予約時に断られたコがいましたよ。「変なことを要求したわけじゃないのに!」と憤慨してました。

桜木 なんでじゃ~!? ちょんの間では男性客お断りなんて、よほど不潔じゃない限りないでしょう? まあ、男性よりも身体的パワーの弱い女性がカウンセリングを受けて安心してから利用できるという点では必要なのかもだけど…。お客を恥ずかしがらせるようではプロとは言えませんよ!

―プロはお客を恥ずかしがらせない、というのもストリップに通じる。

桜木 そうですよ。踊り子さん達も、お客さんが恥ずかしくないように全部恥を引き受けてオ●ンコを広げているんです。私もそれができているかわからないけど、読む人が恥ずかしくないように努力はしているので。作家は紙の上でパンツを下げているようなものですからね。でも、買うのが恥ずかしい本になってたらどうしよう(笑)。

―とんでもございません! ひとりの踊り子の挫折と再生を描いた、潔(いさぎよ)さと爽やかさすら感じる読後感でした!

桜木 物語の目新しさは何ひとつ入れてないんですけどね。未来ある人達が一瞬だけ交差点で出会ってそれぞれの居場所を見つけ、散っていくような。

舞台の下で見ていた人間が舞台の上に立つ人間を書くということは大変緊張することでした。でも、今だからこそ書けたんだとも思います。もしかしたらまだ自分も舞台に乗れるかもしれないという年代の頃では書けなかったんじゃないかしら。

―舞台に乗りたいと思うほど、お好きだったんですね!

桜木 20代の頃にストリップに出会っていたら目指しちゃったかもしれないと思うほどですよ。まぁ今、私が乗っちゃったら、別のニュースになっちゃいますから(笑)。

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元ストリッパーの話と聞くと、暗いようなイメージがあるかもしれない。けれど、多少の傷や影がありながらも前向きに生きる女達の物語に静かな希望が持て、潔い女の生き方に元気すらもらえる。

ストリップという題材から興味本意で入ってもらってもいいが、きっと惹かれる何かを見い出せる1冊となるはずだ。

(取材・文/河合桃子 撮影/五十嵐和博)