幾度となく起きてきた思想犯による殺人事件と、なされてこなかった検察による十分な原因究明について、佐藤優氏(左)と鈴木宗男氏が語る

鈴木宗男・新党大地代表と、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏による対談講演会「東京大地塾」

7月26日、相模原市の津久井やまゆり園で起きた、障害者施設での大量殺傷事件。計画的に行なわれた今回の犯行は、今後、日本社会にどのような波紋を広げていくのだろうか?

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鈴木 今日は7月15日に起こったトルコのクーデター未遂事件について、佐藤さんの分析をお願いしたいと思っております。

佐藤 トルコの話の前に、7月26日未明に発生した、神奈川県相模原(さがみはら)市の障害者施設の大量殺傷事件について話したいと思います。今回の事件は、計画的に実行された過激な思想犯によるものという点が重要なポイントです。

事件を起こした植松聖(さとし)容疑者は「障害者は、家族にとっても負担があるし、生きていても経済的に人を煩(わずら)わせて意味がない。だから、いないほうがいい」という思想で凝り固まっていました。

しかし、今回の事件を起こしたことによって、植松容疑者自身も「精神障害者」ということになってしまった。これは論理学でいう「ラッセルのパラドックス」です。「障害者はいないほうがいい、けれども自分も障害者だ」。

するとその究極の解決法は「障害のある人たちをたくさん殺して、それによって自分が死刑になる。自分も死ぬことによって自らの理想が実現される」と、こういう異常な思想に植松容疑者は取りつかれている、と私は思います。

今回のような思想犯による事件に対しては、警察、検察、裁判所による責任追及とは別に、航空機事故が発生したときにつくられるような中立の事件調査委員会を立ち上げて、原因究明をすべき。なぜなら、警察、検察による捜査では十分な原因究明がなされない可能性が高いんです。

殺人事件では、永山事件(1968年、犯行当時19歳だった永山則夫が2ヵ月の間に全国で4人を連続射殺した事件)以来、“永山基準”というものが定められ、3人以上殺していると確実に死刑になります。なので検察は裁判で4、5人までしか立証しない。

例えば、連合赤軍の「山岳ベース事件」(1971~72年)では12名、続く「あさま山荘事件」(1972年)では3名の人間が殺されたにもかかわらず、事件の真相はほとんど明らかにされていないんです。

現代日本に現れたナチスの優生思想

私が東京拘置所にいた頃、隣の独房には連合赤軍であさま山荘事件の坂口弘死刑囚がいたんですが、彼はずっと再審請求を訴えていました。自分が生き永らえるためじゃなく、関わった人を法廷に呼んで全体像を明らかにしようとしたんです。

彼はオウム真理教の事件で逃げていた信者にも、出てきて法の裁きを受けて、全部事実を話したほうがいいと呼びかけていた。「自分は共産主義を信じて、世の中を変えようとしていたら殺人事件を起こした。あなたたちもサリンで人を殺す宗教を信じていたわけではないでしょう」と。

今回の事件にも思想犯の要素があるから、刑事裁判による責任追及だけじゃなく、きちんと原因究明をやらないとまずい。なので国会あたりが音頭を取って、心理学者、犯罪学者、思想家、哲学者、歴史学者、精神医のような多方面の高度な専門家を入れたプロジェクトチームをつくり、植松容疑者がどんな本やネット画像を見ていたのかまで含めて様々な側面を調査し、事件を引き起こした要因はなんなのかを明らかにしなければいけない。でないと、この種の事件が再び起きる可能性があります。

それともうひとつ、衆議院議長に容疑者が送った手紙の中身が、そのまま全文掲載される報道がありました。こうした報道は、世の中の極端な人たちの何かを刺激して、一線を越えるきっかけを与えかねません。おそらく植松容疑者自身も裁判の場を使って、自分の思想を宣伝しようとするでしょう。

報道の仕方を考えないと、植松容疑者の過激な思想の宣伝に手を貸すことになるし、そうなるともっと恐ろしい事態につながる危険性がある。「障害者は安楽死させたほうがいい、精神が壊れた人間は消してしまっていい」という植松容疑者の思想は、戦争に使えない障害者や高齢者、肥満の人は社会に必要ないというナチスの優生思想にも通ずる考え方です。

第2次世界大戦後に根絶されたはずのこの思想が、今回の事件によって現代日本に現れた。この問題を軽視してはいけないと思います。

『週刊プレイボーイ』34&35合併号より。⇒後編 『トルコのクーデター未遂後、影響力を増すロシア…米大統領選も大騒乱となる背景』

●鈴木宗男(すずき・むねお)1948年生まれ、北海道出身。新党大地代表。2002年に国策捜査で逮捕・起訴、2010年に収監される。現在は2017年4月公民権停止満了後の立候補、議員復活に向け、全国行脚中!

●佐藤優(さとう・まさる)1960年生まれ、東京都出身。外務省時代に鈴木宗男氏と知り合い、鈴木氏同様、国策捜査で逮捕・起訴される。外務省退職後は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞するなど、作家・評論家として活躍

■「東京大地塾」とは?毎月1回、衆議院第二議員会館の会議室を使って行なわれる新党大地主催の国政・国際情勢などの分析・講演会。鈴木・佐藤両氏の鋭い解説が無料で聞けるとあって、毎回100人ほどの人が集まる大盛況ぶりを見せる。詳しくは新党大地のホームページへ

(取材・文/小峯隆生 撮影/五十嵐和博)