リオ五輪前、ロシアが国ぐるみで“ドーピング隠ぺい”を行なっていたことが発覚したが、国内では「これはアメリカの陰謀だ!」と受け止められているという…

大国・ロシアにとって、これほど後味の悪いオリンピックはなかったかもしれない―

リオ五輪開幕直前の7月、世界反ドーピング機関(WADA)が報告したロシアの“ドーピング問題”。ソチ五輪(2014年)で陽性反応の疑いがあった自国選手の尿検体を別人の検体にすり替えたり、陽性検体を陰性と虚偽報告したり…。違反を取り締まるはずのロシア連邦保安局も加担した、“国家ぐるみの隠ぺい工作”を伝える衝撃の内容だった。

これを受け、約390人の選手団を編成していたロシアは競泳7選手、陸上67選手ら、約120人がリオ五輪に出場できず、パラリンピックからは全選手が締め出された。リオ五輪に出場できたロシア選手も、各会場でブーイングの嵐…。

国ぐるみで違反薬物に手を染めていたのだから、『それも当然!』というのが大方の反応だろうが、ロシア国内ではこのドーピング問題をどう報じていたか…? モスクワ在住の国際関係アナリスト・北野幸伯(よしのり)氏がこう話す。

「WADA報告が発表されてから一貫して、『アメリカの陰謀だ!』『アメリカによる“ロシアいじめ”だ!』といった報道が連日流されています」

陰謀? いじめ? 全く理解できないが…(苦笑)、北野氏が続ける。

「まず、WADA報告はモスクワ反ドーピング研究所のロドチェンコフ元所長が情報源でした。『ソチ五輪でロシア選手は集団でドーピングを行ない、諜報機関がそれを隠ぺいした』と告発する彼のインタビュー記事が『ニューヨーク・タイムズ』に載り、WADAが調査を開始したという経緯があります。

これに対し、ロシア側は検察当局もメディアも『ロドチェンコフ氏は禁止薬物を選手たちに売り、彼自身がドーピング検査を行なって“シロ”と判定することで違法な金儲けをしていた』『その上でアメリカ当局と取引きし、『国家ぐるみによる隠ぺい工作』ということに仕立て上げた』などと主張しています」

その真相はいまだ藪(やぶ)の中だが、連日報道される“アメリカ陰謀論”をロシア国民はどう受け止めていたのだろうか。

「私の知る限り、一連のドーピング問題で『ロシアが悪い』と思っている人はひとりもいません。ほとんどのロシア国民が“アメリカ陰謀論”を信じ込んでいます」(北野氏)

『ポケモンGO』もアメリカの陰謀?

その背景にあるのは2014年3月の『クリミア併合』と、それに続く欧米の経済制裁だという。そもそも、クリミア併合の経緯をおさらいしてみると…。

「2014年2月、隣国・ウクライナで革命が起こり、親ロシアのヤヌコビッチ政権が倒れ、親米政権が樹立されました。その後、新政権は『クリミア半島からロシア海軍の基地を追い出し、そこにNATO軍を入れる』方針を発表。つまり、クリミアという超重要な軍事拠点をロシアから奪い、それをアメリカ率いるNATO軍に渡そうとしたわけです。

プーチンは『これは大いなる脅威!』と軍隊をクリミア半島に派遣して住民投票を強行した結果、クリミアのウクライナからの分離独立とロシア編入を実現させました」

アメリカとEUは、一連のロシアによるクリミア併合を国際法違反とみなし、『ビザなし交流の禁止』『商取引の停止』などの経済制裁に踏み切ったわけだが…

「ロシアからすると、ウクライナがクリミアの軍事拠点を奪うこと自体が国際ルール違反で、『我々は何も悪くない』という認識でした。それにも関わらず、経済制裁で食料品価格は2倍に高騰、失業者も街にあふれ、ロシア国内は経済危機に追い込まれてしまったのです」

アメリカを始めとする国際社会から“いじめられている”というロシアの被害者意識は、こうして増幅されていくことになった。その結果、経済、軍事、スポーツなど、あらゆる分野で自国に悪いことが起きると『アメリカの陰謀』『クリミアの逆襲』と受け止められるようになったというわけだ。

「例えば毎年、ロシア人が“五輪並み”に注目しているユーロビジョンという欧州最大の歌謡コンテストでもそうでした。今年5月に40数ヵ国が出場して開催されたのですが、ロシアがTV視聴者の投票数で1位だったのに審査員票で順位を下げ、結果は3位。優勝は敵対するウクライナでした…。これも、ロシアでは“クリミアの逆襲”として受け止められています」(北野氏)

その後、ロシア国内では結果の見直しを求める大規模な署名運動へと発展したそうだ。

一方、世界的に大ヒットしているスマホゲーム『ポケモンGO』も、ロシアでは「アメリカの特殊機関がスパイ活動のために開発した」という陰謀論が広がり、国内配信の禁止を求める動きが活発になっているという。国際ルールを無視した外交(クリミア併合)で経済危機を招き、国ぐるみのドーピングがバレたとあれば、日本では国家の責任が問われ、政権が吹っ飛びそうなものだが…。

「ロシアは逆。『負けるなプーチン、もっと頑張れ!』という意見が大半で“ドーピングスキャンダル”発覚後、支持率は上昇し続けています」(北野氏)

今年12月にはプーチン大統領が来日する予定だ。日本からすれば、北方領土問題を少しでも進展させたいところだろうが…欧米との睨(にら)み合いの中、強大な力を持つ“いじめられっ子”とどう渡り合うのか――。安倍政権にとっては気が重い日ロ交渉となりそうだ。

(取材・文/週プレNEWS編集部)