週プレNEWS TOP ニュース スポーツ 日本を愛するルチャのレジェンドが凱旋!「皆さんのおかげで“スペル・エストレージャ”になれたよ」

ニュース

日本を愛するルチャのレジェンドが凱旋!「皆さんのおかげで“スペル・エストレージャ”になれたよ」

[2016年09月04日]

ファンの皆さんのおかげで“スペル・エストレージャ”になれたと語るカリスティコ

8月21日、新日本プロレスの『SUPER JCUP』に、あの「カリスティコ」がついに再来日を果たした。

2004年に「ミスティコ」としてメキシコ最大の団体CMLLに登場以来、幾度かリングネームを変えながら世界を股にかけて活躍し、ルチャリブレ界を牽引してきた伝説の男。

来日は2011年1月の第1回『ファンタスティカマニア』(新日本プロレス)以来、実に5年7ヵ月ぶりで「日本は第2の故郷」と公言している割に遅すぎる再来日。

ここまでの単独取材はおそらく日本初?な前回記事(「ルチャリブレ界のスーパースターがCMLLと新日本の未来を語る」)に続き、超貴重なロングインタビューで直撃!

* * *

―新日に来る前にも、実は日本には来ていたそうですね。

カリスティコ うん、ミチノク(みちのくプロレス)でね。東北のモリオカにあって、すごく寒くていつも雪が降ってた! 僕は何も怖くないけど、モリオカだけは怖いね(笑)。

―みちのくプロレスに来た経緯としては、誰かに呼ばれたんですか?

カリスティコ グレート・サスケに呼んでもらったんだ。彼はすごいルチャドールだった。以前はCMLLにもよく来ていたし、いつも見てたんだよ。2011年か2012年ぐらいにも政治活動をしていたよね? しかもマスクのままで(笑)。

―よくご存知ですね!

カリスティコ ミチノクには「こまち」というマスクマンとして呼んでもらったんだ。初代のこまちはボラドール・ジュニアだったんだよ。2代目はマイク・セグーラというナウカルパン(メキシコの地域)のルチャドールで、僕が3代目。パートナーの「はやて」とタッグで活動してたんだけど、その後でもうひとり、メキシコ人がやってきて「やまびこ」になった。全員、新幹線の名前なんだ(笑)。

僕はミチノクの道場に住んでたけど、あそこの生活が本当に好きだったよ。メキシコと違っていて新鮮だったし、いろんな選手がいろんな国から来るから日々学ぶことが多かった。試合をして、時にはホテルに泊まり、時には道場に泊まり…。本当に素敵な経験だったし、僕のキャリアにもすごく役に立ってる。

―その持ち前の好奇心で団体を渡り歩くうちに幾度かマスクとリングネームを変え、そのたびにステップアップして。覆面レスラーというのはそういうもの?

カリスティコ 普通は名前やマスクを変えると人気がなくなったり表舞台から消えてしまう人も多い。でも僕の場合はいつもスペル・エストレージャ(スーパースター)でいられたんだ。僕には「ミスティコ」「シン・カラ」「ミステシス」「カリスティコ」っていう4つの名前があるけど、それぞれに歴史があるし、すべてに違うストーリーがあるんだ。

―「ミスティコ」は、孤児院を運営する“暴風神父”フライ・トルメンタに育てられた“神の子”という話でしたね。

カリスティコ CMLLでの「ミスティコ」はすごく有名なスペル・エストレージャになったよね。その後も、名前とマスクが違うだけで、僕はいつでもビッグなスペル・エストレージャでいられた。だって、その4つの名前は、僕という同じ人間なんだよ。つまり、みんなはその「本人」を求めてるんだ。

ルチャドールとしてと言うより人間性を好きになってくれているんだよ。ファンの人たちは、名前が変わろうが違うルチャドールになろうが、その「人物」を好きでいてくれるってことなんだと思う。だからこそCMLLに戻ってきたんだ。

―日本にもそういうファンは多いですよ!

カリスティコ 嬉しいね(笑)。


キン肉マン超人総選挙2017告知

連載コラム

Column

連載コラムを見る

Back Number

  • No.27 Jul 3rd 2017
  • No.26 Jun 26th 2017
  • No.25 Jun 19th 2017
  • No.24 Jun 12th 2017

 

Gravure Gallery

もっと見る

MOVIE Channel

【動画】浅田舞、進化した“美BODY”を魅せつける!

もっと見る

新刊のお知らせ

  • 週プレ グラビアスペシャル増刊 GW2017
  • 綾瀬はるか写真集『BREATH』
  • 『週プレ クルマ増刊』
  • 馬場ふみか写真集『ぜっぴん』
  • 『乃木坂46×週刊プレイボーイ2016』

 

プレイボーイコミックス

メルマガ会員&アンケート 2017年No.27