都内のスーパーで売られていた1玉59円の北海道産玉ねぎ。今は品数が豊富でも、今後は産地からの出荷量が激減…さらなる価格高騰が予想される

“農業王国”北海道を襲った3つの台風――各産地では、出荷どころか収穫すらままならない甚大な被害を受け、野菜の価格が高騰し始めている。

まずは玉ねぎ。道内・北見市を含むオホーツク地方は日本一の玉ねぎ産地だが、台風による被害が集中。その余波はすでに道外に及んでいた。東京都内の青果卸会社の担当者がこう話す。

「直近の卸価格は、平年比で50%高い20kg・3800円程度。1玉当たりでは平年価格27~28円から40円~50円に値上がりしています」

続いては人参。生産量にして全国の3割のシェアを持つ北海道の中でも主産地である富良野、十勝地方が台風による豪雨や洪水の被害を受けた。

「夏から秋に出回る人参のほとんどが北海道産ですが、卸値は台風以降、10kg・3300円程度と、平年の倍以上に高騰しているのが現状です」(前出・青果卸)

全国の生産量の約8割を占める北海道産ジャガイモも一大産地である十勝地方を中心に出荷量が激減しており、「平年の倍近い卸値がついている」という。他にも、北海道産が全国の9割を占めるインゲン(平年比46%高)、同じく6割を占めるかぼちゃ(同60%高)など、野菜が軒並み値上がっている。

ここに挙げた品目のほとんどは、9月が収穫の最盛期。「まさにこれから収穫というタイミングで台風被害に遭い、出荷量が激減したことで値段が高騰しています」(前出・青果卸)。

では、小売業界への影響はどうだろう。

コープみらい都内A「台風以降、野菜は軒並み原価が上がっています。大幅に値上げせざるを得ない状況ではありませんが、特売の頻度がかなり少なくなると思います」

ヤオコー都内B店「玉ねぎが心配です。現在、1玉・59円ですが、近日中に80円台に値上げすることになります。1ヵ月後には今年最高値の100円台になるかもしれません…」

前出の青果卸会社の担当者がこう話す。

「玉ねぎやじゃがいも、人参などの野菜は倉庫での保存がきく備蓄商品です。今はこの備蓄分をはき出している状態ですね。それでも出荷量は例年に比べて大きく減少しているので、価格は上がっています。さらに今後も各産地では台風被害で収穫できない状態が続くでしょうから、備蓄分はどんどん減って、いずれ底をつきます。台風による値上げの影響が本格的に出てくるのはこれからです」

ココイチのカレーも北海道産野菜に依存

では、外食業界はどうか。

ハンバーグ専門チェーン・びっくりドンキーでは、材料に使う玉ねぎの6割程度を台風被害が報告されている北見市、滝川市など北海道内の農家から仕入れている。

運営会社アレフ・広報担当「道外の産地に仕入れ先を切り替えるなどして対応しています。今のところ、値上げの予定はありません」

玉ねぎの大半を北見市から仕入れているカレー専門チェーン・ココ壱番屋も「産地を切り替えるなどして食材確保はできている」(広報担当)というが、北海道内の産地や物流網の復旧が遅れれば遅れるほど、各社の食材調達力にも限界がくる。

道産野菜の多くは鉄道輸送で札幌を経由し、青函トンネルを抜けて都府県各地へと運ばれる。しかし、野菜の主産地がある富良野、北見、十勝地方から札幌をつなぐ鉄道路線は崖崩れや鉄橋の崩落で不通区間が点在。「道内各地の駅では、玉ねぎやジャガイモを積んだコンテナが2~3千基ほど滞留している」(前出・青果卸)という。

「JR北海道によると、完全復旧は早くても12月になるとのこと。といっても、各地の被害状況はいまだ調査中の段階。道路も寸断されているために徒歩による調査を強いられており、被害の全容すらつかめていないのが現状です」(前出・青果卸)

そこで今、トラックによる代行輸送が急務となっている。各産地から札幌や旭川までの鉄道不通区間、あるいは船便で輸送するために釧路や苫小牧、小樽といった港までの区間でトラックをフル稼働させているのだが…、

「道央道や道東道といった有料道路は一部通行止めで、迂回ルートは車が集中して大渋滞。それ以上にトラック運転士が足りないという問題が出ています」(道内・運送会社)

トラックドライバーが足りない?

「相次ぐ高速バス事故を受けて昨年1月から国が運転手の労働時間超過の罰則を厳しくしたことで、1日13間以上、ぶっ続けで運転させていることがばれたら会社丸ごと30日間の事業停止となってしまう。そのため、長時間走らせてくれる運送会社がなくなり、『稼げなくなった』とやめていく運転手が続出してしまったんです」(前出・運送会社)

北海道産野菜が長期出荷停止に…?

今、そのしわ寄せがきているというわけだ。鉄道網の復旧のメドが立たず、トラックによる代行輸送も滞りがち。道産野菜を積んだコンテナは今も滞留し続けている。

さらに、物流より深刻なのが農地の復旧だ。各農産品の主産地では河川の洪水や豪雨により浸水している畑が少なくない。浸水被害がなくとも、多量の水分を含んでいるせいで土壌がぬかるんでいる。

「そのため収穫機を畑に入れられない状況が続いており、土の中で過剰な水分にさらされた野菜の腐敗が進んでいます。このままだと大半の品が製品化できなくなる恐れも…」(東京農業大学・菊地哲夫教授)

さらに、水浸しになった農地の復旧には相当な時間がかかるという。

「水が完全に掃けるのを待ってから入れ土をし、適度な養分を入れるなど、野菜の栽培に適した土づくりを一からやり直さなければなりません。また、今回の台風による想定外の大雨で、水分量を調節するための排水管も水に埋没して使い物にならなくなっているでしょうから、これも入れ替えなきゃならない。

被害状況によっても違いますが、農地の復旧作業に数年掛かるケースも出てくるでしょう。そうなると、道産野菜の“長期出荷停止”が懸念されます」(菊地氏)

農地の復旧が急務となっている中、北見市のある玉ねぎ農家がこううな垂れる。

「11月に入ると雪が降って土壌凍結が始まるので、それまでになんとか復旧作業を完了させたいと思っていましたが、連日の雨で手がつけられず、畑は今も“泥の湖”。元の状態に戻すまでに一体、何ヵ月かかるのか…」

産地の復旧が遅れ、“長期出荷停止”という最悪の事態を招くと、道産野菜の価格は「前例がないので想像できない」(前出・青果卸)レベルまで高騰していき、その状態が長期で続くことになる。玉ねぎ、じゃがいも、人参が、庶民には手の届かない高級食材になる日が近づいているのかもしれない。

(取材・文/週プレNews編集部)