「別に失敗してもクビになるわけじゃない。だから、『置きにいく理由はない』と自然に考えるようになりました」と語る藤井健太郎氏

お笑いやテレビ好きで藤井健太郎の名を知らぬ者はいないだろう。今、最も“攻めている番組”『水曜日のダウンタウン』のプロデューサーだ。

彼は『クイズ☆正解は一年後』『芸人キャノンボール』など、悪意をまぶした笑いを武器に、革新的な番組を作り続けている。

『悪意とこだわりの演出術』はその番組作りの神髄を解き明かしたものだ。10月には、伝説的下世話番組『クイズ☆タレント名鑑』が『クイズ☆スター名鑑』としてまさかの復活を果たす。現在の心境について伺った。

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―復活、驚きました!

藤井 『タレント名鑑』が終わってしばらくは「またやりたい」ってよく言っていたんですけど、最近はあまり僕からは言ってなかったんです。でもある時期から、編成に「ちょっと考えてるぞ」って言ってもらえて。

―松本人志さんも語ってましたが、TBS攻めてますよね。

藤井 でも全部が攻めてるわけじゃないですから。オフェンスとディフェンスを担う番組が両立していて、今は局としてそのバランスがいい感じですよね。大前提として視聴率が軸になりつつ、でも面白いことをやらなきゃっていう意識を感じます。

―そういう風通しの良さはどんなところから感じますか?

藤井 編成が「面白さ」の評価をちゃんとしてくれているとは思います。面白いかどうかっていうのはどうしても人それぞれの主観でしかないので、絶対的評価にはなりづらい。だから、中身のクオリティで評価してくれることって実は少ないんです。

―本書にも書かれていますけど、藤井さんは編集はもちろん、ナレーションや音楽の選曲までご自分でやられています。この本のブックデザインも自分でやられたそうですね。

藤井 やっていいって言われたんでやりまーすって(笑)。やるとなれば、ちゃんと自分でやりたいタチなんです。最初、本文は構成の人を入れて語り下ろしでやろうという話もあったんですけど…結局、イチからすべて自分で書きました。やったことがない作業だったので大変でしたね。どれくらい時間がかかるかも読めなくて。

―引用なども至るところに出てきますね。

藤井 そういうやり口が自分の好きなスタイルになっちゃってるので、この本でも引用は多いですね。わからないものもいっぱいあると思いますけど、わかる人にはより面白いと思ってもらえる仕掛けを入れてあります。

「テレビマンはダサい人が多い」

―今回、本を出したのは「編集者に強く薦められて渋々」みたいに書かれていましたが…。

藤井 本当に書きたいことなんて何もないですからね(笑)。今も内容に関しては全然ピンときていない。もちろん意識してなるべく面白くしようと書いたんですけど、果たして本当にこれで大丈夫なのかって。そもそも世間は、僕が作る番組はともかく、僕自身には興味がないだろうって思っちゃうんですよね。

―「本を出すなら現役のうちに」ともおっしゃってますね。

藤井 ロートルの人が本を出してたら「なんだよ、現役じゃないのに」って思うじゃないですか(笑)。そう思われるのがいやだったんです。

―ロートル(笑)。「テレビマンはダサい人が多い」っていう言葉も刺激的でした。藤井さんの中で「ダサい」とは?

藤井 ひとつは、画面や本人のビジュアルです。ある事務所の“豪腕”で有名だったマネジャーさんも言っていたんですけど、「作り手で服装がダサい人は私、嫌いなの。そんな人にイイものを作れるわけがない」って。それはある意味で芯を食っていると思うんですよね。その方はとても厳しくてプロ意識が高く、作り手に対するリスペクトがすごくある。番組の中身のことに関しては何も口出しせずに、僕を立ててくれました。マネジャーとしてというより、プロデューサーとしてすごく優秀だと感じました。

―この本がほかのテレビマンの本と大きく違うのは、クリエイティブな現場だと一見マイナスに見られがちな「サラリーマン」という立場を押し出して語っていることだと思うんです。

藤井 不思議な業界ですよね。音楽や映画でも社員が務めるのはプロデューサーがギリで、監督はやらない。サラリーマンがクリエイティブの主体になるのは、テレビくらいですよね。

―とかくサラリーマンは保守的な思考になりがちですけど、藤井さんは逆に「置きにいく理由がどこにあるのか」「サラリーマンだからこそフルスイングすべき」と書いています。

藤井 別に失敗してもクビになるわけじゃない(笑)。せいぜい社内での立場がなくなるくらい。やっぱり評価や出世につながるので、どうしても数字に向かう人が多い。でも、テレビをやりたくて入ったんなら、もっと自分が面白くて楽しいことをするべきだと思うんですよ。少なくとも僕はそう。だから、「置きにいく理由はない」と自然に考えるようになりましたね。

でも勘違いしてほしくないのは、組織に対して反発してきたわけじゃない。まっとうにやってきた上でのことなんです。僕とかに変に憧れて、型どおりのことをやらなくていいって勘違いしてる若手がいるとも聞くんですけど、それは全然違う。ちゃんと与えられた仕事で結果を出してからの話ですから。

「ピークは長くてもあと5年」

―藤井さんからは挫折のにおいがしないんですよね(笑)。

藤井 そうですかね(笑)。でもADとか、任される範囲が少ないセカンドディレクターの時期がけっこう長くて、その頃は鬱屈(うっくつ)した感じがありました。早く打席に立ちたい。今できることより、無理めなことをやっていかないと次のステップに上がれないぞっていう危機感があって。

その頃、『リンカーン』で出川(哲朗)さんの企画をやったとき、僕はあまり権限が与えられてなかったんですけど、出川さんはいち早く「あの人、優秀だねぇ」っていろんなところで言ってくれたんですよ。うれしかったですね。さすがだなって(笑)。

―ご自身で「ピークは長くてもあと5年」と書かれています。

藤井 過去の例を見てもそんな感じしません? たぶん世間とズレていく。自分がズレていくというよりは、僕自身が面白いと思うものは変わらないけど、それが世間の温度とズレていくんだろうと思うんです。

だから、求められているうちは頑張りますって感じですね。『水曜日のダウンタウン』と『クイズ☆スター名鑑』を並行してやるので当面プライベートはなくなりますけど(笑)。

●藤井健太郎(ふじい・けんたろう)1980年生まれ、東京都出身。立教大学卒業後、2003年にTBSに入社。『リンカーン』『ひみつの嵐ちゃん!』などの人気番組のディレクターを経て、『クイズ☆タレント名鑑』『テベ・コンヒーロ』などを演出・プロデュース。現在は『水曜日のダウンタウン』の演出を務める。趣味は音楽と格闘技

■『悪意とこだわりの演出術』 双葉社 1300円+税数々のバラエティ番組を手がけ、お笑い好きたちをうならせてきたTBSプロデューサーの藤井健太郎による初の著書。「ナレーション原稿まですべて自分で書く」ほど、演出に強いこだわりを持つ彼が手の内を余すところなく大公開し、藤井ワールドの特徴でもある“悪意”の正体が明らかに! 現在、3万部を突破。

(取材・文/てれびのスキマ 撮影/山上徳幸)