「無人島にたどり着いた漂流者は、あらゆるものをどんどんそぎ落としていく。よけいなものをためこまない現代の若者にも同じことが言えると思います」と語る高橋大輔氏

東京から600km南にある絶海の孤島、鳥島(とりしま)。江戸時代には、あのジョン万次郎をはじめ、多くの日本人が漂着した不思議な島だ。

漂流民が残した伝言を頼りに現地調査を重ね、『漂流の島 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』を上梓した探検家・高橋大輔が“漂流”を語る。

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―高橋さんは脱サラを経て足かけ13年目の2005年、ロビンソン・クルーソーのモデル(スコットランドの航海長アレクサンダー・セルカーク)の住居跡をチリ沖の島で発見しました。その後も日本の「漂流の島」である鳥島の調査を続けています。なぜそこまで漂流にこだわるんですか?

高橋 最初は単なる好奇心でした。セルカークについて調べ始めて驚いたんですが、作者デフォーの故郷イギリスに行っても、クルーソーに実在のモデルがいた事実をほとんどの人が知らない。セルカークがどんな場所で漂流生活を送っていたのかもまったく知られていませんでした。それを突き止めれば世界中の人々をあっと言わせる大発見になると思ったんです。

―若者らしい功名心ですね。

高橋 ええ、この世に自分が生きた痕跡を残したかったんです。それでセルカークの住居跡を探し始めました。

―地下2mから、航海士の使うディバイダー(測図に使う2本針のコンパス)の欠片(かけら)が発掘されたのが決め手となり、その場所が特定されます。

高橋 あのときは極点に立った気分でしたね。とうとうやった、と。でも、そのときにふと思ったんですよ。ジョン万次郎に代表される日本の漂流者たちのことを。小説の中でクルーソーは28年間無人島で暮らしますが、実際にセルカークが島で過ごした歳月はわずか4年4ヵ月。ところが、日本の「漂流の島」として知られている鳥島に漂着した土佐や遠州の漂流者たちのなかには、19年以上、無人島生活を送って生還した者がいるんです。セルカークに断然勝っている。

―世界最強の漂流者は日本人だった。それも舞台は東京都の離島。聞いているだけでゾクゾクしてくる話ですね。

高橋 漂流者たちがどんな風景の中で19年以上もの歳月を生き抜いたのか、自分の目で確かめたかったんです。鳥島はアホウドリの保護区として立ち入りが禁止されていましたが、伝手(つて)を頼ってなんとか上陸しました。そして、漂流者たちが住居にしていた可能性の高い洞窟をふたつ発見することができたんです。

現代の若者にも漂流民特有の精神が見て取れます

―何がそこまで高橋さんを駆り立てるんですか?

高橋 鳥島の漂流民を研究することで、日本人の強さの秘密を解き明かせるのでは、と思うからです。例えば東日本大震災のとき、日本人は極限の状態でも奪い合うことをしない、と世界中で驚かれました。そういう日本人のメンタリティは、実は鳥島の漂流民たちとまったく同じなんです。

彼らはいずれまた漂着する者のために生活具や生き延びるヒントとなる伝言を洞窟に残します。自分だけ助かればそれでいいとは思わなかった。日本人の助け合いの精神は現代にも脈々と引き継がれている気がするんです。

―農耕民族のムラ社会のルールと説明する人もいますよね。

高橋 集団作業が重視される農耕文化が影響しているのは確かですが、農耕民族は世界に多数います。極限状態にあっても、日本人のように自然に秩序を維持できる集団は珍しい。

やはり、日本という国が島国であることが大きいと思います。この島には有史以前からさまざまな人々が漂着してきた。時には大陸の戦火を逃れた人々が難民となって逃げてきた。先住民も漂着民も、助け合わねば生きていけないことを骨身に染みてわかっている。渡来人は、日本の文化や初期の国家形成に大きな影響を与えました。彼らの精神性が、今の日本人にも残っていると思うんです。

―島国だからこそ、残ったのかもしれませんね。

高橋 ちなみに、バブル崩壊後の「失われた20年」の間に生まれた若者世代にも漂流民特有の精神が見て取れます。

―無気力、草食系、弱々しい、外に目を向けない、などと批判される現代の若者がですか!?

高橋 バブルがはじけた後、日本は目標を失い、何をすればいいのか、どうしたらいいのか明確な答えを出せないまま、ここまできてしまった。実態は漂流と同じです。その状況のなかで現代の若者たちは、セルカークや鳥島の漂流民のように、サバイブするために環境に自らを適応させてきた。ある意味、進化と考えていいと思います。

バブル世代から上の方たちのほうが心配

―無気力、草食系が進化?

高橋 無人島にたどり着いた漂流者は、生きるためにあらゆるものをどんどんそぎ落としていきます。最後に残るのは人間として最低限必要な「衣食住」だけ。人間として極限の状況を生き抜くためには、煩悩のような欲求を捨てなければいけない。

今の若い世代も基本的に同じだと思います。生存のために無駄なものをそぎ落としているから、彼らは必要なものは100円ショップでそろえるし、よけいなものをため込まない。無気力、草食系に見えるのも、今の環境に適応しているからです。

―彼らはすでにどこかに漂着しているということですか?

高橋 ええ、新しい形の日本に、です。若い世代は順応性が高いから、いち早く環境に適応したのです。そのことを我々のようなバブル世代や、その前のアメリカに追いつけ追い越せと頑張っていた世代には理解できない。ただ軟弱になったとしか見えない。しかし、世の中の大きな流れのなかでは、若い世代が一歩も二歩も先んじている。

―今の若者たちは好奇心が足りないように見えますが…。

高橋 そんなことはありません。生活の範囲内では、好奇心を持っている。人間、誰だって無駄なことにエネルギーを使わない。海外に興味を持たないと批判されますが、グローバル社会といわれ均一化されつつある世界に魅力を感じないのは当然かもしれない。しかも、私たちが若い頃よりも海外が危険になっている、ということも情報収集してわかっている。海外に行く必要はない、と自らきちんと判断しているんです。

―若者世代が頼もしく思えてきました。

高橋 心配ないと思います。クルーソー・スタイルの若者世代がこれから日本で何をし始めるか楽しみです。若者たちより、いまだに漂流中、というか自分が漂流していることにさえ気づいていない、バブル世代から上の方たちのほうが心配ですね。

●高橋大輔(たかはし・だいすけ)1966年生まれ、秋田県出身。探検家、作家。「物語を旅する」をテーマに、世界各地に伝わる神話や伝説の背景を探るべく、旅を重ねる。2005年、米国のナショナル ジオグラフィック協会から支援を受け、実在したロビンソン・クルーソーの住居跡を発見。探検家クラブ(米・ニューヨーク本部)、王立地理学協会(英・ロンドン本部)のフェロー会員。著書に『12月25日の怪物』(草思社)、『ロビンソン・クルーソーを探して』(新潮文庫)、『浦島太郎はどこへ行ったのか』(新潮社)など

■『漂流の島 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う』草思社 1800円+税東京から600km南に位置する、直径2.7kmほどの無人島、鳥島。アホウドリの生息地として知られるこの島は、実は17世紀末から幕末にかけての百数十年の間に、累計約100人もの男たちが漂着した「漂流の島」だった! 漂流者はなぜ、超長期生存を果たして奇跡の生還を遂げられたのか? 稀代の探検家が謎に挑む

(取材・文・撮影/小峯隆生)