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吉田茂、ベ平連…週プレは1960年代の「政治の季節」をどのように描いていたのか?

[2016年10月18日]

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「偉大なワンマン 吉田茂の八十九年」と題する追悼記事【クリックして拡大】

『週刊プレイボーイ』50周年を記念して、創刊当時の喧騒を振り返る連続「タイムスリップ・ノンフィクション」ーー。

1966年10月28日に産声を上げた『週プレ』は「国際感覚あふれる週刊誌」を目指して始まった。

世界中の最新ニュースに加え、知識人たちのインタビューや連載、そしてエロ。仕事にも遊びにも精通している男を「プレイボーイ」として位置づけ、当時の若者たちに新時代の教養を伝授しようとしていたのだ。

それこそが、世界各地で若者が政治に目覚め、さまざまな運動を起こしていた時代だったからこそ求められた、古い世代に代わる新しい価値観だった。

一体、当時の『週プレ』がどのような記事を掲載していたか? 振り返ってみよう。

* * *

『週プレ』創刊から1年がたとうとしていた1967年10月20日、戦後日本の骨格を築いた吉田茂元首相が神奈川・大磯の自宅で静かに息をひきとった。享年89歳。時の首相・佐藤栄作の政界での恩師にあたる吉田の死をメディアは大々的に報じた。『週プレ』も例外ではない。

ちょうど「創刊1周年特大号」を企画していたときに、元首相の訃報が飛び込んできたのである。結果として創刊1周年特大号は時代の区切りを活版に焼きつけた、文字どおり画期的な仕上がりとなった。

巻頭記事は「ヒッピー族になったマッカーサー元帥の令息アーサー君の抵抗」で、続いて「偉大なワンマン 吉田茂の八十九年」と題する追悼記事が並ぶ。敗戦後の日本を徹底的につくり直した日米の両巨頭が並び立つ、絶妙なコンポジションだ。『週プレ』は創刊1周年の節目を、図らずも両雄との訣別の記事で迎えたのだ。

翌週号では巻頭記事に「吉田茂氏 国葬演出者の汗と涙」を置き、佐藤首相の号令一下、戦後初の国葬を大急ぎで準備せねばならなくなった関係者の苦労を追った。淡々と書かれてはいるものの、これはもう立派なコメディに仕上がっている。

2年目に入ってまだ間もない島地勝彦は、この事件の取材に奔走していた。有名人が亡くなると仕事が増える。相手が誰であれ、いちいち感傷的になっていたら週刊誌記者は務まらない。

こうしてにわかに鍛えられた『週プレ』の心臓は、大事件が怒濤のように起こる1968年を生き抜くのに必要なタフさを備えるに至った。『週プレ』は若者を相手にする雑誌だ。若者の味方と言ってよかろう。では、その若者が主役の事件が相次いだとき、どう対応したらよいのか?


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